第2話

翌日の夕食後、シズクはまた地下への階段を降りていた。

ロウソクを持って牢屋の前に来ると少年は、驚いた表情で話しかけてきた。

「おいおい、昨日あんなにビビらせたのになんで来たんだよ」

シズクは少年と同じように座り、瓶を差し出した。

「お肉を持ってきてと言われたので」

「お前なんでそんなに世話焼きなんだ?で、この瓶の中身が肉か」

疑問よりも食欲が勝ったのか、瓶を受け取り蓋を開けた。

中には、肉ではなく魚の匂いがする液体が入っていた。

「それは白身魚のスープです。いきなりのお肉は体に悪いので」

「は?昨日の腹いせにお前なんかに肉はやらねぇって嫌味言いに来ただけかよ」

そういって、初めて会った時のように黒い目で威嚇するようにシズクの方を見た。

「いえ、断食後にお肉はきっと体調を崩します。なので、お肉は明後日の夕食に差し上げます」

「オレに明後日はこねぇんだよ!」

少年は立ち上がり脅すように牢屋の鉄格子を殴った。

シズクは目を閉じ一瞬だけ怯えるような素振りを見せたが、目を開き大きく息を吸い込んで少年にむかった。

「明日に死んでしまうと決まったわけではないでしょう」

「あ?」

「そもそも魔物が襲ってくるとも限りません。それに、あなたはきっとお強いはずです。昨日も使用人達が僕を探している気配に気づいて怒鳴ったのでしょう?」

昨日の晩に急いで階段を上り、自室に戻ろうとする途中にシズクを探していた使用人に出会った。

勉強の時間になっても部屋に居なかったため、使用人たちで屋敷中を探し回っていたと言う。

あらかた探し回り後は地下を見るだけだったとも言われた。

もしも、地下にいるのが見つかり父親に報告されれば何を言われるか分からない。

「んなもん偶然だろ」

少年は目を逸らしながら言った。

「きっと大丈夫ですよ」

「どうだかな」

そういって瓶の中身を飲もうとした少年をシズクは手で止めた。

不服そうな顔をして何だと問いかけた。

「ここは気温が低いですし、温かくしてのみましょう。昨日ここに魔導書を置いていきましたよね、何処にあるか知っておられますか?」

少年は少し考えてから牢屋の奥の方から分厚い本を一冊持ってきた。

その本の表面は夜空の様な青色で、本が開かないように金色の留め具がしてあった。

「よかった……では温めますね」

シズクが触れると、本の留め具が自然に外れパラパラとページがめくれだした。

目的のページが開かれると、シズクは片手をそのページにのせ呪文を唱えた。

すると、先程まで冷たかったスープが人肌より少し熱いくらいの温度になった。

「お前、魔法使えんだな。でもなんで本がいるんだ?最近は杖もちゃ無詠唱でも使えるんだろ?」

温かくなったスープを飲みながら少年は問いかけた。

「僕は生まれつき魔力が弱くて、魔導書を経由しないと上手くコントロールできないんです」

恥ずかしそうに話すシズクを見て、少年は納得した様な顔をした。

「だから今まで外に連れてってもらえなかったのか。で、魔力より知識で勝つために医者の道にってとこか」

少年はスープを飲み終え袖で口を拭った後、昨日シズクがもってきた毛布にくるまって横になった。

「今の話だけでよく僕が医師志望だと気づきましたね」

「ただの勘だよ。飯の話とか医者みたいなこと言うやつだと思ってたからな」

大きな口を開け欠伸をすると階段の方に目を向けた。

それに気づいたシズクは魔導書と瓶をもって立ち上がった。

「それでは僕は行きますね。明日はよろしくお願いします」

少年の方をみてお辞儀をし歩き出した。

「もう1つ質問だが、お前はなんでオレに対しても商人みたいな言葉を使うんだよ」

二三歩進んだ時に少年に声をかけられた。

「商人の言葉……敬語のことですか?僕より凄くて尊敬してる方に使うんです」

「オレとか使用人とかのどこが尊敬できるんだ?」

「使用人さんは僕なんかより掃除や料理が上手くて、尊敬しています。貴方は僕よりも体格がよくて機転もきくでしょう?だからです」

「ふーん、そうか」

そういって少年は後ろを向いてしまった。

シズクはもう一度お辞儀をして、階段の方に歩き出した。

すると、今度はさっきよりも小さいくぐもった声が聞こえてきた。

「オレの名前はアベルだ。明後日絶対に肉よこせよ」

「僕はシズクです。1番美味しいお肉料理を持ってきますね」

シズクは来た時よりも軽い足取りで階段を上った。

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