第3話 『人形のような瞳』

「この辺りにいるはずだ、捜せ」


 大柄の男が、部下に指示を出した。

 番犬の魔物達がこの周囲で騒がしく吠えている――途中、足跡もこの方向で道から外れていた。

 すぐ近くには、古びた小屋が目に入る。

 男は逃げ出した奴隷の少女――リーシェを追ってここまで来ていた。


「ったく、深夜だってのに手間取らせやがって……」

「捕まえたらどうするんで?」

「決まってる。ガキだろうが、逃げ出す奴には『現実』ってやつを教えてやらねぇとな。最悪、逃げた途中で死んだことにしちまうさ」


 部下の問いに、男はそう答えた。

 最近は逃げ出す者はおらず、丁度いい機会であると男は考えた。


「やっぱり、捕まえた方がいいな。ガキだろうが俺達は容赦しねえっていう、いい見せしめになるからよ」

「分かりやした。では、そのように――」


 瞬間、周囲に轟音が響き渡り、一斉に視線が注がれる。

 古びた木造の家から、一人の少女が跳び出してきたのだ。

 一糸纏わぬ姿の少女は、そのまま地面へと降り立つ。


「おいおい。裸の女がいきなり跳び出してきやがった! こいつぁ何の冗談だっ!」


 男がそう言うと、部下達は笑い声を上げる。

 一度、驚きはしたものの、その姿を見れば何のことはない――ただの少女だ。

 しかも、よく見ればきれいな肌に整った顔立ちをした、可愛らしい少女なのだ。


「ガキ一人捜してたら、いい『拾い物』を見つけたな。こいつは奴隷でもなんでもねえから――お前ら、好きにしていいぜ」


 男は笑みを浮かべて、部下達に言う。

 少女を取り囲むように、数体の魔物が立った。

 いずれも少女に飛び掛かろうとするところを、鎖でなんとか繋がれている状態だ。


「おい、せっかく許可が下りたんだ! 下手に傷つけるような真似をするんじゃねぇ!」

「へへ、嬢ちゃん、こんなところで何をしてたんだい? まあ、裸でこんなところにいる時点で真っ当なことしてねえんだろうけど――」

「『地針』」


 少女は男達の言葉を無視して、地面に手を触れた。

 瞬間、少女の周囲にいた魔物達は全て地面から突然生えた岩の針に喉を貫かれ、絶命した。

 男達は呆気に取られ、何が起こったのかすぐに理解できていなかったようだ。

 唯一、部下を纏める男だけは、少女が何をしたのか瞬時に理解する。


「てめえ――」

「あなたが彼らをまとめるリーダー、という認識でよろしいですね」


 気付いた時には、少女はすでにその場にいなかった。

 男の前に立ち、拳を握り締めている。


「う、お……!?」

「人間に関しては『殺すな』とは命令されておりますが、『怪我をさせるな』とは言われておりませんので、お覚悟を」


 少女はそう言うと、男の腹部に思いきり拳を叩きこむ。

 華奢な身体から繰り出されるとは思えない一撃。

 深くめり込んで、男の身体が宙に浮かび上がった。

 その勢いのまま吹き飛ばされ、身体が木へ叩きつけられる。


「がっ、あぁ!?」


 そのまま男は、地面に倒れ伏した。

 たったの一撃で、男は指一本動かせないほどの衝撃を受けた。口から血を吐き出し、内臓と骨がいくつかやられてしまったということは、容易に想像ができる。

 部下達は、男の姿を見てただ怯えて動くことができなかった。

 ――男がこの中で一番強く、そんな彼がたったの一撃で倒され、頼りの魔物も瞬殺されてしまったのだから、仕方ないだろう。

 少女は男の前に立つと、まるで『人形のような瞳』で見下ろし、言い放つ。


「ここを去り、二度とマスターに近づかないと誓いなさい」

「マ、マスター……? だ、誰のこと、だ?」

「あなた達の目的である少女です。あなた達が話している声は、私の方でも聞いていましたから。本来、マスターに危害を加える者は、始末するのが私の役目なのですが」


 少女がそう言って拳を握るのを見て、男は身震いをした。

 殺さないように加減して、こうなのだと――男は理解させられてしまったからだ。

 少女は再び、男に向かって問いかける。


「さあ、ご返答を願います。私はマスターから命令を受けておりますが――従っていただけないようであれば、その命令も絶対ではありませんよ」


 ただ淡々と、少女は告げる。

 このわずかな期間で、少女はこの場を支配したのだった。

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