第2話 魔導人形

 今度は白骨化した遺体などではなく、紛れもなく人間の少女である。

 ただ、緑色に薄く発光する液体に浸され、金属とガラスで作られたカプセルの中で静かに眠りについているような状態であった。


「なに、これ……」


 リーシェは息を飲んだ。

 中にいる少女は、果たして生きているのだろうか。

 おそらく家主であった者は、すでに白骨化してしまっている。

 その家の地下に閉じ込められた、一人の少女――リーシェにはまるで状況が理解できず、ただ呆然とその姿を見ることしかできなかった。


「これ、手の形……?」


 リーシェが視界に捉えたのは、カプセルの脇にある手形。

 そこから小さな線が広がり、カプセルの内部にまで繋がっているのが分かる。


「もしかして、これに手を合わせれば、開けられるの?」


 リーシェは確認するように呟くが、答えてくれる者は誰もいない。

 ただ、導かれるようにして、リーシェはその手形に自らの手を合わせた。

 リーシェの手は小さく、手形のサイズには合わなかったが――その瞬間、リーシェは全身の力が抜けるような感覚に陥る。


「……っ!?」


 リーシェは咄嗟に、手形から手を離した。

 だが、脱力感は消えずに、リーシェはその場にへたり込む。

 一体、何が起こったのだろう――リーシェは手形の方を見ると、カプセル内に伸びる線が、青白く光って少女の下へと伸びていくのが見えた。

 瞬間、少女の身体がびくりと震えた。

 そして、少女はゆっくりと目を開き、


「――」


 口を動かし始める。

 だが、カプセルの中にいるために、声は届かない。

 ――少女は生きていた。

 どういう原理か分からないが、手をかざしたことで、目を覚ます仕組みになっていたようだ。


「ま、待ってて。すぐに、ここから出してあげるから……!」


 リーシェは、周囲を確認する。

 カプセルのガラスを破壊して、少女を中から出してあげなければならない。

 ふらふらとした足取りで立ち上がり、リーシェがカプセルから離れた瞬間――ピシリッ、とガラスにヒビが入り、中から液体が噴き出した。


「わ、わ……!?」


 リーシェは慌てた様子で、少女の方を見る。

 カプセルの中から、一糸纏わぬ少女が姿を現した。

 年齢は十五、六歳くらいだろうか。

 少なくとも、リーシェよりは年上だろう。

 薄紫色の長い髪に、瞳の色も同じ。

 ゆっくりと視線が動き、リーシェと目が合った。


「あ、あの……大丈夫?」


 リーシェは恐る恐る、少女に声を掛ける。

 少女はリーシェの瞳を見つめたまま、


「魔力解析……完了。新規のマスターとして登録を開始します」

「え、なに、を……」

「あなたのお名前は?」

「リ、リーシェ」

「リリーシェ、でよろしいでしょうか?」

「ち、違うよ! わたしの名前はリーシェ! あなたは……?」

「リーシェ――体内魔力との同調を確認、登録を完了しました。私の名前はルゥ。『賢者』アルクイエ・ヴァーンズによって作られた『魔導人形』です」

「賢者……?」


 少女――ルゥが何を言っているのか、リーシェには理解できなかった。

 自らを魔導人形と口にしたが、リーシェからすれば、それが何なのかも分からない。


「あの、魔導人形って……?」

「魔導人形は魔力によって稼働する、人型魔道具のことです。私の前マスターであるアルクイエは、自らの登録を抹消し、次回登録者を新たなマスターとして登録するように私に指示しました。リーシェ、あなたが私に魔力を供給したため、あなたが新規のマスターとして登録されたのです」

「わ、わたし……?」

「はい」


 人型魔道具――つまり、目の前に立つ少女、ルゥは人間ではない。

 リーシェから見れば、どこをどう見ても『人間そのもの』で、リーシェは思わず彼女の肌に触れる。

 少し冷たいが、やはり質感は人間そのものだった。


「リーシェ、何をされているのですか?」

「あ、ご、ごめんなさいっ! ひ、人にしか見えないから……」

「私は『人に近い存在』として作られました。人にしか見えない、というのは正しい認識です」

「そ、そうなの……? でも、どうしてそんな風に……?」

「それは――」


 話の途中で不意に、ルゥは天井を見上げた。

 突然のことで、リーシェは動揺する。


「どうしたの……?」

「数体の魔物が接近しています。それと、人間の魔力反応もいくつか」

「――っ!」


 その言葉を聞いて、リーシェはすぐに追手がやってきたのだと理解した。

 自分の置かれている状況を思い出して、リーシェは身を震わせる。――突然、魔導人形の新しいマスターになった、と言われても、追われていると言う事実は変わらない。

 ルゥの姿は人間に限りなく近いどころか、人間そのものだ。

 一糸纏わぬ姿の少女が一人いたところで、今の状況を覆すことなどできないだろう。


「ど、どうしよう……っ」


 リーシェが慌てていると、ルゥが口を開く。


「では、私から提案させていただきます」

「て、提案……?」

「はい。リーシェの様子を見て、私は理解しました。今、ここに迫る者達はあなたの『敵』と認識しています。そして、敵戦力を解析する限り、私の方が戦力で上回っています」

「え、えっと……つまり……?」

「リーシェへの説明を簡易化します――つまり、私の方が強いので、相手を殺すことが可能、ということです」

「こ、殺……!?」


 ルゥははっきりと、そう言い切った。

 まだ相手の姿すら見ていないのに、ルゥは相手を殺すことができると言っているのだ。

 人型魔道具――魔導人形が、実際にどういうものなのか、リーシェにはまだ分かっていない。

 けれど、目の前に立つルゥは、彼らに勝つことができると明言した。

 初めて、リーシェに希望が見えた気がした。


「どうしますか?」

「え、えっと……人を殺す必要は、その、ないと思う……。けど、勝てるのなら、勝ってほしい」


 魔物に関しては、危険な存在であると以前から教えられてきた。

 実際、リーシェを追ってきている魔物は、逃げた人間を殺すように躾けられているモノ達だ。

 リーシェがそう答えると、ルゥは頷く。


「承知しました。では――勝ってきますので、ここでお待ちを」


 リーシェが答える前に、ルゥは床を蹴って跳び出した。

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