第6話 幼馴染、参上
いつも通り学校帰りに蓮が家に来て、課題を放ってベッドでキスを始めた途端だった。
『良一、梨沙ちゃん来たわよ』
「はあっ?!」
驚いた声を上げたのは俺だったが、それ以上に驚いたのは蓮だった。
「今のなにっ?!」
しがみつかれてつい嬉しい気持ちがしつつ、説明を怠って驚かせてしまったことを申し訳なく思った。
「ウチさ、部屋にスピーカー付いてんだよね、下で呼ばれても聞こえないから」
天井のスピーカーを指し、ベッドを下りて姿見で服の乱れをチェックした。
「スピーカー……」
ベッドでぽかんとしている蓮はー、そんなに乱れていないな、よし。
「用事なにか聞いてくるわ」
「うん」
玄関先で対応するつもりで部屋のドアを開けると、そこに制服姿の梨沙が立っていた。
「うわっ!」
「お邪魔しまーす」
梨沙は飛び上がった俺をうっとうしそうに一瞥して、簡単に部屋に入ってきた。
「ちょっ入ってくんなよ! 友達来てんだけど!」
「見たら分かる。こんにちはー梨沙でーす。蓮くんだよね?」
「あ、はい! こんにちは!」
見ると蓮はすでに直立していた。
「何で知ってんだよ!」
「おばさんがうちのママに話さないわけないじゃん。新しいお友達が毎日来てるって。はいこれおやつ」
俺は胸の中で特大の舌打ちをかました。
「お喋りおばさんどもめ」
「え、あの、迷惑だって言ってました?」
おやつの袋を受け取った蓮が、恐る恐る梨沙を窺う。
「全然。礼儀正しくてよく食べるいい子なのっておばさんめちゃくちゃ嬉しそうだったよ」
そう明るく梨沙に言われても、蓮の表情は晴れていなかった。恐らく、「よく食べる」という部分に新しい不安を抱いているんだろう。
「それで、なにしに来たんだよ」
「だって会いたいじゃん? あんたが毎日連れ込むのは彼女くらいだったし」
「……」
俺は閉めようとしたドアを開けたままにした。早く帰ってくれアピールだ。
「ねえ、蓮くんはなんでこいつと友達なの?」
梨沙は言いながら蓮に着席を促して、自分もさっさと床に座る。
「なんでって言われても……」
蓮の瞳がチラッと俺を見上げてくる。
「だってこいつ無趣味じゃん? ゲームもしないし。あ、読書仲間?」
「いえ、読書はあんまり」
蓮は首を傾げながら、受け取った袋からお菓子を出してテーブルに並べた。
「ほっとけよ! 俺たちは気が合うの!」
「ええ? あんたとぉ?」
失礼にもほどがあるだろというくらい驚いた梨沙が、「本当?」と蓮に顔を向けた。
「うん、楽しいよ!」
どうだ参ったか梨沙。
「えーそうなんだぁ。あ、笑窪だ可愛い」
梨沙も蓮の笑窪に食いついて、へこんだ頬をちょいと突いた。
「触んなよ俺の蓮に!」
蓮はギョッとしたが、俺はむっとして、二人の間に割り込んで座った。
「俺のってなによ、傲慢な奴ね」
「大事にしてるし!」
目を細めた梨沙に、精一杯座高を伸ばして見下ろす。
「あんたがぁ? 彼女ですらほとんど放置だったじゃん」
「放置なんかしてないだろ! いやいいんだよ過去は!」
彼女の話とか出すなよ! 気まずくなるだろ!! 早く帰れよ!!!
俺の心の叫びは届かなかったらしく、梨沙はお菓子の袋を開けてつまみ始めた。
まさか長居する気かこいつ。
「蓮くん、こいつほんと自己中なんだよ? 自分の好きなことしかしないんだから」
「そんなことないわっ! なんでも言うこと聞く優しい彼氏だわっ!」
背中にちょいっと蓮が触れたが、俺は無視して梨沙を睨み続けた。
「そうそう、向こうにばっかり提案させて、あんたが誘うのはセックスだけ」
「梨沙この野郎!!」
俺が腰を浮かせると、再び蓮の手が背中に触れ、「まあまあ」と俺をなだめた。そしてそのまま立ち上がった蓮は、おばちゃんみたいにちょこちょことした小走りで部屋のドアを閉め、またちょこちょこと元の場所に座った。
「えーと、二人は付き合ってたの?」
「付き合うわけないだろ! 利久の妹だよ! 幼馴染!」
「あ、あの先輩の!」
蓮が眉を上げて、なるほどというように頷いた。
「さっきのは良一の元カノに聞いた話。その子と同じクラスだったからさ」
「はーなるほど」
梨沙の説明に、蓮が深く頷いた。
「説明すんなよ!」
「ピアノ繋がりの彼女?」
蓮がそっと梨沙に訊ねる。
「ああ、そうそう!」
「だから説明は要らないって言ってるだろ! 蓮も聞くなよ!」
「ごめん、つい」
「うるさいやつー」
煩わしそうな視線を寄越す梨沙に、早く帰れという気持ちを込めてお菓子をばくばく食べてやったが、梨沙は後ろからクッションを取って尻に敷いた。
「いいじゃない、友達ならあんたの本性を知っておくべきだよ」
「本性とかそういうことじゃなくて! 元カノの話はやめてください!」
目の前にいるのが今カレなので!
「蓮君は彼女いるのー?」
「えっと、恋人は、います」
「そっ——」
俺は、恋人が目の前でそうとは知らない相手に自分のことを話すという、極めて珍しい状況に、言葉を挟むのをためらってしまった。
「そうなんだ、どんな子?」
梨沙はグミの袋を開けて蓮に勧めた。
赤くてまるいグミを口に入れた蓮は、ちょっと考えるように視線を上にやる。
「一緒にいると楽しいし、ドキドキする」
「えー! なにそれ可愛い」
えー! なにそれ嬉しい!
俺は感動で胸を押さえた。蓮の口からリンゴの甘酸っぱい匂いが漂ってくる。
「顔は? 可愛い系? 美人系?」
「かっ、こいい系」
「えーなにそれ新しい! 写真とかないの?」
前のめりになる梨沙の横で、俺はニヤつきが止まらない唇を噛み締めた。
えーなにそれ初耳なんだけど。
俺、蓮から見てかっこいいの? ちょっめちゃくちゃ嬉しいんだけど! 好みだってこと? やばー!!
「写真はまだ撮ったことなくて」
写真? いっぱいある。蓮の体育祭のやつだけ。
そういや二人で撮るの忘れてたな。
「ツーショ無いとかある? 付き合ったのって最近?」
「ひと月とちょっと」
「んー、まあ結構付き合いたてかぁ」
「そう、かな、うん」
「——梨沙」
「あん? あーそういやあんたもいるんだっけ。相手の親友への嫉妬は収まった?」
俺は梨沙の言葉を無視して、スマホのカメラを起動して梨沙に渡した。
「なによ」
「全然写真撮ってなかったわそういや」
「良?」
俺を呼ぶ蓮の肩を抱き寄せて、梨沙に顎でしゃくった。
「は?」
梨沙の顔がますます歪んで、俺は苛立って怒鳴った。
「一緒にいて楽しくてドキドキするかっこいい系の彼氏と写真撮れって言ってんだよ!!!」
梨沙は無言でシャッターを何度か押した後、「はあっ?!」とでかい声でキレた。
「本気で言ってるの?」
「しつけえな! 毎日来るのは彼女くらいってお前が言ったんだろ! 彼氏も同じだよ悪かったな!」
隣で蓮が膝を抱えて延々とグミを噛んでいる。可愛い。
「蓮ごめん、勝手に言って」
「いや、全然いいけど」
蓮は顔を赤くしてまたグミを口に入れた。可愛い。
「ええ? そうなるとますます疑問なんだけど」
梨沙が眉根を寄せた。
「何がだよ」
「こいつのどこがいいの?」
「話聞いてなかったのかよ!!!」
「聞いてたけどピンと来なくてさぁ」
「お前はピンと来なくていいの! 俺と蓮がそれぞれピンと来ていればいいの!」
「あーはいはい」
梨沙はふんっと鼻から息を吐いて、スマホを取り出していじり始めた。
「いきなり興味なくし過ぎだろ」
「いや、真理ちゃんに合ってたって報告」
「え?」
姉の名前を聞いた途端、しゅっと気が抜けた。
「やっぱり姉ちゃんにはバレてたか。てかお前初めからそれ確認しに来たのかよ」
梨沙はスマホを見たまま首を竦めた。
「そ、まさかと思ってさぁ。初めて真理ちゃんが外す日が来た! って思ったんだもん」
「なんだよそれ」
「ねえ、あの、どういうこと?」
ちょいちょいと俺の服を引っ張る蓮が、首を傾けている。当然だ。
俺は蓮に向き合って、膝に乗った蓮の手に手を重ねた。
「真理ってのは俺の姉さん。多分、蓮が初めてうちに来た日には俺たちのことバレてた」
「どうして?」
蓮は理解できない表情で首をさらに傾げた。
「真理ちゃんはね、エスパーなの」
テーブルに肘を突いた梨沙が、ニヤッと笑って見せた。
「エスパー」
蓮のまつ毛がぱちぱちする。可愛い。
「なーんかね、不思議な人なんだよ、自分の姉だけど」
「色々言い当てたりするの。小さい頃からそう。この先はいっちゃだめ、このバスは乗らない方がいい、あの人は悪いことしてる。で、実際に地すべりがあったり、事故起きたり、傷害罪で掴まったり」
「えっ!」
「うちの親父の会社もさ、姉さんのお陰ででかくなったんだ。つっても凄いことするわけじゃなくて、従業員の中から悩んでる人とか疲れてる人を見つけて、相談先を紹介したり休ませたりすんの。新しく人を採用するときも姉さんが別室でチェックする。お陰で凄く上手く回ってるみたい」
ゆっくりと蓮の目がまんまるになった。
「……凄い」
「うん凄いよ! 今回も蓮くんが恋人だって当てた。あ、おばさんも知ってるわよ」
「えっ?!」
「うそっ!」
蓮が俺と同時に息を呑んだ。
「安心しておおっぴらにいちゃついてー」
母さんが知ってるなら当然……。
「こりゃ父さんも知ってるな」
俺は後ろにひっくり返った。
「そそそそうなの?」
蓮の声が上ずりまくっている。あー可愛い。
「この家で隠し事は無理なのよ。私にもね!」
梨沙が得意げに言って、ぼりぼりと菓子を食む音が部屋に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます