第2話

 都内某所にある花屋。ネットで検索したとしてもサイトがない上、特筆すべきものがないので目立たない。立地条件的に見ても何か優れているわけでもない。

 そんな何処にでもあるような花屋を青嵐は訪れていた。

 墓地があった場所から距離にして百と数km少し。県を跨ぎ、移動した。交通機関の類は一切利用せず、風術による飛行で店の前へと降り立った。周りには人が数人ほどいたものの、誰ひとり青嵐の姿を認識しているような素振りはない。まるでそこにいる彼が見えていないかのように振る舞っている。


(さーて、今日はどっちだろうな)


実際、今の彼を捉えることはできないし、声も足音も聞こえていないだろう。風術によって光の屈折率を変えることで光学迷彩と同じ効果を発揮し、姿を隠匿している。その上で周囲に流れる空気に音が響かないように意図しているので、青嵐の声は振動となって周りに届いたりはしないのだ。

 彼が一歩踏み出すと同時に風が吹き、周りにいた者達にもそれは届く。だが、彼らは前触れもなく吹いた突風に疑問を持つことなく、次の瞬間には気にかける様子もなかった。


「報酬を受け取りに来たぜ」

「うわっ、出たよー守銭奴マン」


 店内に足を踏み入れるやいなや、レジの前で堂々と喫煙していた女性が青嵐へと視線を向ける。艶のある黒髪をポニーテールに纏めたダウナー系美女。やる気のなさが顔に滲み出ていた。ちらりと青嵐を確認すると顔を顰め、おおよそ客人にかけるべきではない発言を繰り出した。

 彼は彼女の言葉に肩を竦める。くつくつと喉を鳴らして笑っていた。


「そんな不細工な表情してたら美人が台無しだぞ、あかね

「いいんだよ、私は。どうせ万年彼氏いない行き遅れ女だし」

「諦めんなよ。見た目はいいんだから、もっと男受けしそうな言葉をかけてみろよ」

「たとえば?」


 物の価値を値踏みするような眼差しだった。茜からの圧を受け、青嵐は間髪入れず返す。


「私、あなたが居ないと生きていけないの……とか?」

「ヤンデレかよ。ひたすらにキメェ。それにあんたの好みでしょ」

「いや違う」

「じゃあなんでよりにもよってそんな女をチョイスした?」


 壁にかけられた温度計の数値は至って普通。だが、茜は極寒の地域の中へ放り込まれたかのように腕を激しく摩った。

 軽蔑にも近い眼差しを受けながら青嵐は短く答えた。


「前カノが言ってた」

「余計にキメェ。帰れ」


 しっしっ、と虫を追っ払うように手を振る茜。当然、青嵐は帰らない。目的があってここへ来たのだから、その目的を果たすまで退去するつもりなどあるわけがなかった。


「なら、さっさと報酬をくれ。そしたら帰ってやるよ」

「ほらよ」


 横柄な態度で片手を差し出す青嵐に対し、茜は行動で示した。最初から足元にでも置いておいたのだろう。アタッシュケースを持ち上げると、そのまま勢いよく投げ放った。アタッシュケースはそれなりの速度を叩き出し、青嵐の顔面を打ちつける……かに思えた。


「サンキュー」

「無意識下における風術での自動防御オートガード……相変わらず変態か、あんた」

「そりゃーフリーで術者やってるんだから油断大敵だろ?」

「違いないな。まぁどちらにせよ、あんたが変態って事実に変わりはないけど」


 欠伸を噛み殺すと、近くにあった灰皿を手繰り寄せる茜。煙草を押しつけ、完全に火が消えたのを確認してから一息吐く。

 つい最近、煙草の火を完全に消せていなかったせいですぐ近くの建物が火災で燃え散ったばかりなのだ。多少警戒もしたくなるだろう。

 その不安を全て吐き出すように長い吐息を漏らした後、茜は青嵐をじっと見つめる。何か言いたげだが、切り出す気配はない。

 焦ったくなり、青嵐の方から問いを投げることにした。


「なんだ、俺の顔をそんなにじっと見て……もしかして俺に惚れたとか?」

「自惚れんな。この世に人間が私とあんただけになったとしても、あんたと交わるつもりは微塵もないね」

「酷い言い草だなー」


 軽口を叩き、何もない虚空へ彼は腰を下ろす。漂う空気を寄せ集め、目には見えない即席の椅子を作り出したのだ。あまりにも動きに無駄がないせいで、違和感を持つ暇はなかった。無言の青嵐の視線が茜を射抜く。

 根負けした茜がずっと気になっていた疑問を口にした。


「あんた、いつも法外な報酬を請求して何がしたいんだ? それだけの大金、使い切れるの

?」

「全部は使わねぇよ。ほぼ貯金だな、老後のプランもバッチリだ」


 スラスラヘラヘラと軽薄な表情で微塵も思ってもいない言葉を青嵐は並べ立てる。長年、付き合いのある茜はその言葉が嘘であることを見抜いた。

 が、指摘はしない。こういう本音をはぐらかす時の青嵐はどう詰めても、絶対に本心を曝け出そうとしないと知っていたからだ。

 そして、大抵の場合彼が言わないことは、に関わってくるとも理解していた。


「そう……もう用は済んだな、じゃあ帰れ。仕事の邪魔だ」

「花屋で店番してる奴が煙草をふかしてるなんて前代未聞なんだが?」

「帰れ」

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