風遣い
言の葉
第1話
「うわっ」
それが彼、
無地のTシャツに薄手のジャケット、ジーンズに履き潰しのスニーカー。印象と抱かせるとしたら多少動きやすそうくらいなものだろう。
「おーおー、居るな沢山。うじゃうじゃとまぁ……虫かよ」
ケラケラと青嵐の笑い声が辺りに響く。
彼の正面にあるのは出ると噂の墓地。何が出るかはそこにあるものを想像すればすぐに察しがつくだろう。
幽霊、霊魂、ゴースト。一般人ならそう呼ぶ。だが、青嵐は一般人とは違い、この世のものではないそれらを祓う力を宿していた。
術者。火、水、土、雷、風と存在する五属性の中の一つ、風の術者なのが重國青嵐という男だ。本来ならば術者はその国の術者を管理する組織に与するものだが、彼は例外。
フリーの風術士————誰の援護も受けず、自身の力のみで邪霊を祓う力を持つと認められた超一流の術者である。
「さーて、そろそろ働きますか」
締まりのない顔で欠伸を噛み殺す姿からやる気は微塵も見出せない。その場から一歩も動く気配もない。ただそこに立ち、ジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま不敵に笑っているだけだ。それでも一流の術者が見れば驚愕するだろう。
青嵐の周囲で渦巻く空気の密度に。最早、小規模の嵐と言い換えてもいい風圧が一瞬のうちに発生していた。空気であるため目では捉えられないが、同じ術者ならば全てを肌で感じ取れる。強者ほど青嵐の風術がどれだけ異常で、どれほど洗練されているか嫌というほど理解させられるだろう。
「さっさと終わらせる」
半径2m程度の間合いを維持し、巻き起こっていた竜巻は青嵐の足元へと圧縮されていく。規模そのものは縮小していっているが、その分密度は増しているのでいざ解放されたことで生じるエネルギーは想像を絶するだろう。あれだけ周囲のものを触れたそばから破壊し尽くしそうな勢いがあった暴風は、彼の意思に従属して風術による現実への干渉を手助けする。
ふわり、と。蝶が花から飛び立つような軽やかさでその体は一気に飛翔した。
(ここまで来れば間合いの外だ。墓地に踏み込んだ者に強制的に邪霊を取り憑かせる邪霊……邪霊の格としては大したことないが、物量で押されれば面倒臭ぇ)
青嵐は何もただぼけっと邪霊が跋扈する現場である墓地を眺めていたわけではない。
霊視。そこに存在する邪霊の異様な数を視て、真っ向から立ち向かうのは得策ではないと判断したのだ。故に彼は邪霊の
全て計算づくである。
「そりゃ俺に依頼が来るわけだ……その辺の風術士の探査範囲を軽々超えてるもんなー」
文字通り空に立つ青嵐は懐から煙草とライターを取り出し、火をつける。本来なら辺りを流れる風に邪魔され、煙草を吸うどころか火をつけられるはずもない。
だが、青嵐は風術士。それも人格は省き、その技量と才能は一流の術者達から一目置かれるほど。周囲の風の流れを掌握することなど彼には造作もない。青嵐の周りだけ無風であり、前髪もジャケットの襟も微動だにしなかった。
数十秒程度の一服。満足した青嵐は煙草を指で弾く。まだ火は消えておらず、彼の頭上を舞っていた。丁度、自身の視界にまで落下してきた煙草を見据える。指すらも動いていない。
だが、無数に放たれた薄い空気の刃が跡形もなく切り刻んだ。そして、空気の流れを操ることで自身の周囲に漂っていた煙草の香りすら消し飛ばす。人間の何百倍も優れた嗅覚を持つ犬ですらもう青嵐が煙草を吸ったかどうか判別できないだろう。
「手っ取り早く片付けてやるぜ」
青嵐は右手を掲げる。意識は全て右手に……否、右掌の中央にのみ集中する。刹那ほどの時間経過で神経が研ぎ澄まされていき、青嵐の意思に忠実に空気が集う。顕現したのは都市一つを容易く消し飛ばせるほどの風圧。バレーボールほどのサイズにまで圧縮され、規模を拡大させまいと彼の強靭な意志によって留めきられていた。
命令すれば、喜んでその暴威を振るうだろう。その瞬間、辺りの雲を吹き飛ばし、墓地があった場所を更地へと帰してしまうに違いない。人の心が砂粒程度にも残っていれば躊躇うだろう。
「消えろ」
だが、彼にそんなものを求める方が間違っている。
重國青嵐。風術という他四つ存在する術の中で
しかし、その破壊の権化は地上そのものではなく、墓地にいた邪霊のみに対象を絞って肉片一つ残さず消滅させた。墓地にあった墓石に傷はひとつもなく、生い茂っていた木の葉すら先の一撃で一枚たりとも飛ばしていない。
青嵐が規格外と言われるのはこの風術の完全なる精密性。僅かでも風の操作が狂えば甚大な被害を及ぼす。本来ならば墓地の面影が少しでも残ればいいくらいの望みしかなかったが、彼の技量は都市一つ破壊する一撃を振るったとしてもその現実を呆気なく覆してしまう。
まさしく最強だろう。
「よし、さっさと報酬貰いに行くかー……この俺をコキ使ったんだ。それなりの額は貰わねぇとな」
ケケケと悪魔のように嗤う青嵐。邪霊よりも邪悪な笑みを浮かべつつ、空気に溶けるようにして彼は姿を消した。
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