第5話・この世界の仕組み

「フェリーチェさん、待ってください。タオシャンさんです」


 自分の左斜め後方から呼びかけられた声で、フェリーチェはエレベーター内に設置されたパネルのボタン操作を変更した。ドアの開放を司るボタンを押したまま、フェリーチェは視線を上げる。


 ミチビキが口にした通り、そこにはタオシャンが変身したピンク色のカナリアが、自分たちが乗り込んだエレベーターに向かって飛行している。エレベーターの出入り口からほど近い、直弟子の共同寮の前でカナリアに変身したのだろう。夕日に変わりかけている日光を浴びて、わずかに黄味を帯びた一羽の小鳥が、一心不乱に羽ばたいている。


「タオシャンさん、あんなに急いで、可愛らしいですね」


 フェリーチェは振り返った。エレベーター内の手すりに「二つの鋼鉄の左手」をかけたミチビキが、前髪の下で優しく微笑んでいる。


 額がほぼあらわである短髪のフェリーチェとは対照的に、ミチビキの髪は長い。もっとも、自分のそれは生物として生まれ持った体毛の一部であるが、ミチビキのそれはアンドロイドとして与えられた人工毛髪だ。彼の白金色の髪は、人間の力程度では千切れず、どんな汚れでも染まらず、結んでも癖がつかず、放っておいても勝手に伸びる事はない。普段の彼は16時からの自由時間から後ろ頭で折り畳んで結んだそれを解く事が多いが、今日はそのままだ。


「ミチビキ、体のどこかの機能が不調か?」

「そんな事ありませんよ? 自己診断プログラムは何も検知していません。同調も正常です。どうしてそう思ったんですか?」

「……俺の誤認だったのようだ」


 笑みがかすかに薄れ、傾げた顔に浮かべた表情とともに疑問を投げかけるミチビキに対して、フェリーチェは嘘をついた。ミチビキの様子は、普段よりも明らかに上擦っている。しかし、自分にはその理由が分からず、ミチビキが否定した以上、フェリーチェは詮索を打ち切る事を決めた。


 自分自身で考えるに、フェリーチェは決して察しが鈍い人間ではない。今朝、ミチビキがフェリーチェに対して、共同寝室ルームの壁に誰かがつけた傷へ魔法による修復を頼んできた。フェリーチェはその理由を深く尋ねず魔法を行使し、「証拠」を隠滅した。


 当番はグアンダオストームだった。そこから推察するに、おそらくはミチビキが巨鳥の師匠たちとの手合わせを希望している件について、小さな悶着があったのだろう。しかし、ミチビキとグアンダオストームが、少なくとも表面上は良好な関係を続けている以上、フェリーチェはそれに倣う事にした。加えて、ミチビキのこの希望は、現時点ではフリッシュとその弟子以外の五賢師と直弟子しか知らない。口が軽いグアンダオストームが漏らしていなければ、だが。


 ピンク色のカナリアがエレベーターの中に進入すると、その空中に生み出した閃光に包まれた。次の瞬間にはフェリーチェと同じく藍色のローブを纏った人間の姿に戻り、手すりに掴まって着地と停止を行なった。すぐさま彼は、満面の笑みを浮かべてフェリーチェへと振り返った。


「フェリーチェー! ありがとー! もう閉めて大丈夫だよー!」

「了解した」


 タオシャンの言葉を受けて、フェリーチェはパネルのボタンを触っていた指に力を込めた。ゆっくりとドアが閉まり、そしてエレベーターは下降を始めた。累卵楼の壁は曲線を描いている為、エレベーターは上から吊っているのではなく、左右のレールに挟まれた形で壁に沿って移動する。平行を保ったまま上下するこれは、MRCの再現科学技術から生まれた電子制御装置だ。


 フェリーチェは、ミチビキとタオシャンのさらに奥、特殊樹脂張りのエレベーターの壁と累卵楼の壁の向こうで傾いていく夕日を眺めた。一見すると、今日は普段と変わらない穏やかな日だ。先ほどまで、フェリーチェは自身の師匠であるダイヤモンドクレールから課された仕事に直弟子の共同寮で従事していたほどに。しかし、第一層はすでに多大な熱気に包まれているだろう。


 クレールによって、フリッシュを除く累卵楼とその周辺の巨鳥たちが召集され、小会議が行なわれた。クレールと巨鳥たちは直弟子たちにその議題が何であったのかを曖昧にしたが、「フリッシュとその弟子への対応の最適解」であった事は間違いない。会議が終わったあとに、共同寮へ戻ってきたミリオンラブが直弟子たちに興奮気味に語ったところによると、「彼」の腕試し相手は大ハチドリのゴールデンサウンドが務めるらしい。「姉さんが戦うところ見れるとか、久々すぎてヤバいな!」と言い残して、ミリオンラブは飛び立った。今頃は、第一層で「彼」の腕試しを心待ちにしている観客の一員としてそこに加わっているだろう。


「ねー、フェリーチェー。フェリーチェに抱きついていいー? 最近カナリアになるといつもすっごく幸せな気分になるから、それのおすそ分けー!」


 フェリーチェはタオシャンに視線を戻した。彼は笑みを浮かべたまま、フェリーチェに向かって両腕を広げている。


「今はそのような事を行なっている場合ではない」

「えー!? 嫌なのー!? しようよー!」


 不満を表情に浮かべたタオシャンが、その姿勢のまま、フェリーチェに一歩近づいた。


「フェリーチェさん。適度なスキンシップは緊張をほぐし、柔軟な思考を続ける手助けになります。つまり、こういう時だからこそ、です。この効果は科学的に証明されています」


 自身より背が低いタオシャンに向けていた視線をわずかに上げたフェリーチェと、横を見るタオシャンが見つめる先には、「二つの鋼鉄の右手」を「鋼鉄の胸」の高さにもたげたミチビキがいた。皿の形にした彼のそれぞれの右手の上に、立体映像ホログラムが投影される。その文章やグラフ、数式は、彼の言葉を裏付ける根拠なのだろう。


 タオシャンは、ミチビキに向けていた顔を再度フェリーチェに戻した。


「だってよー? ミチビキがそう言ってるし、しようよー?」

「…………了解した」

「やったー!」


 フェリーチェはわずかに腰を屈めた。今年で18歳になるフェリーチェと13歳のタオシャンでは、身長差が大きすぎる為だ。


 フェリーチェがそれを行なうやいなや、笑みに戻ったタオシャンが胸に半ば飛び込んできた。フェリーチェはタオシャンの体を受け止め、その背中に手を回した。交差した顔と顔、フェリーチェの斜め後方から、タオシャンの若干荒い息遣いが聞こえ、すぐにそれは落ち着いた。


「フェリーチェ、全然笑わないし、言う事が難しいけど、僕はフェリーチェが好きだよー」

「…………記憶に留めておく」


 直弟子のローブをはじめとした衣服に身を包んだタオシャンの身体は、年齢相応に華奢であった。フェリーチェは、右手で彼の背中を優しく二回叩く。それからふたりは離れた。フェリーチェから数歩ほど下がったタオシャンは、やはり笑顔のままであった。


「ありがとー、フェリーチェー! どうー? 僕から幸せな気持ちをおすそ分けされたー?」

「気分の高揚、あるいは平静は感じられない」

「でも僕は幸せだから、きっとフェリーチェも幸せだよー!」


 そう断言するタオシャンは、今度はミチビキに顔と体を向けた。


「今度はミチビキにしていいー? 機械でも幸せって感じるでしょー?」

「もちろんですよ、タオシャンさん。ぜひお願いします」

「やったー!」


 タオシャンにそう返答しながら、ミチビキは頭以外の全てを純白の鋼鉄に包んだ体で腰を屈めた。その返答を聞くやいなや、タオシャンはミチビキの胸に自分のそれを重ね、ミチビキの「下の脇」に自分の腕を回した。


 そこに、先ほどフェリーチェに抱きついたほどの勢いはなかった。理由は、ミチビキの首から下を見れば当然である。多くの部位は曲線を描いているが、それは可能な限り攻撃を受け流す事を期待して設計されたものであり、材質である超々硬特殊合金は人体を構成するいかなる物質より硬く、厚さ数センチの鉄製のドアを拳で簡単に貫くほど強い。


 鋼の鎧に包んだ一対の腕と、鋼の鎧そのものによって追加されたもう一対の腕を、ミチビキはタオシャンの背中に回した。一対の両手をタオシャンの脇の下に入れ、もう一対の腕で腰を固定すると、ミチビキは屈めていた腰を伸ばした。それによってタオシャンの足がエレベーターの床から浮く。フェリーチェに背を向けたタオシャンが、ピンク色の波うつショートボブの髪を揺らしながら歓声を上げた。


「すごいー! やっぱりハルクエンジンって力持ちなんだねー!」

「そうですよ、これくらい朝飯前です。どうですか? さらに幸せが増えましたか?」

「もちろんだよー!」


 ミチビキが現在着装しているものはハルクエンジンだ。MRCが発見した発掘科学技術をもとに魔法科学混合技術で再現した、「着る決戦兵器」の異名を持つ重厚な鎧。着装者のあらゆる能力を引き上げ、前世界から続くという真偽不明の伝承では「優れた着装者ひとりで要塞一つに匹敵する」とまで謳われた兵装だ。その反面、製造費は特注モデルではないひとり分の基本装備一式で、20万アイリス(1アイリス=約1000ドル)もの大金が必要となる。


 ミチビキが纏うそれは、彼の意向により頭部のフレームと装甲やそれらに付随する機構が存在しないとはいえ、ハルクエンジンそのものに与えられた脇の下の追加腕部を含めた四つ腕や、装甲の下に取り付けられた魔力生成装置を特徴として持つ。機械としてハルクエンジンと物理的にも電子的にも接続可能なミチビキの、文字通りの手足として。


 ミチビキのハルクエンジンは、その外見や機能と違わず特注品だ。その製造費は、通常品の何倍にも膨れ上がっただろう。しかし、彼が最も好む純白に塗られたそれは、再現科学や魔法科学を生業とするMRCから、五賢師であり生物を模した機械であるサタンズクローへ、「同志に対する贈呈」という形で新造されたという。


 ミチビキがこれを着た理由は至極単純だ。「フリッシュとその弟子が引き起こす、最悪の事態に備える為」である。これはクレールのめいであり、大ツルのプリズンロックが曖昧な言葉で伝えたものだ。しかし、あの「死を招く黒い鳥」といえど、自身を除く五賢師四羽を筆頭とした累卵楼の全ての巨鳥を敵に回す愚は犯さないだろう。だが、「可能性に対してその対策を練っておく」という意味では、フェリーチェは自身の師匠と同感だ。


「…………」


 ミチビキとタオシャンから視線を逸らして、フェリーチェはもうすぐ自分たちの視線の高さに追いつきつつある累卵楼城下町を見渡した。累卵楼がそうであるように、城下町の街並みは前世界の廃墟を修繕し、再利用している。


 本来は現在よりも長身であったであろう、剥き出しの床を屋上とするビル群。修繕者の違いによって、その外観に差異が生じている家屋。人々が行き交っている、前世界のそれの面影を失った比較的新しいアスファルトの通り。新築された現世界様式の店舗や家屋。それらは統一性のない、混沌が具現化したかのような街並みだ。


 しかし、累卵楼城下町は周辺地域や港も含めると、人口約40万人を抱えた、旧アメリカ合衆国西海岸では屈指の都市だ。前世界において大量破壊兵器が投下され、現在でも瓦礫と焼け野原だけが広がる大地だと耳にした旧ヨーロッパ大陸と比較すると、旧北アメリカ大陸西海岸一帯は前世界崩壊の影響が少ないと言えるだろう。


「…………」


 フェリーチェはわずかに顔をしかめた。自分を含めた翼正会一門の弟子や、城下町の人々も、前世界崩壊の原因は「行き過ぎた民主主義と貨幣至上主義の結果」と教えられて育った。翼正会の頭目であるクレールから、巨鳥の序列において最も低い地位のナルコスカルまで、その嘴から同じものを語る。「前世界の国家と企業の暴走は、熾烈な市場競争の末に世界大戦を引き起こし、自己崩壊を招いた」というのが、現世界における世界史の一節だ。


 それによって国家や企業という枠組みが消滅した現世界において、台頭する各勢力は、失敗に終わった前世界の覇者たちの反省点を踏まえて設立されたと聞く。民衆に政治や技術を任せるのではなく、一部の為政者いせいしゃがそれらを独占する。一度歯止めを失ったら止める術を持たない民主主義ではなく、少数の為政者の意思が大多数の民衆を導く。営利を追求する企業を廃し、技術は各勢力の為政者が管理する。民衆は為政者により許可された技術のみを用いて日々の営みを行ない、民衆から新技術や技術を悪用した暴走が生まれる事は決してない。


 自己崩壊で終焉を迎えた前世界を反面教師とするならば、理にかなった政治と言えるだろう。それについてはフェリーチェも同感だ。並べられた字面だけで評価するならば。


 実際には、翼正会を含めた各勢力の統治は、前世界の真似事だ。旧アメリカ西海岸を主に牛耳る翼正会は、交易に関税をかけ多額の利益を得ている。そもそも、翼正会は交易を禁止していない。特に累卵港では、敵対的でなければ他勢力の者の入港を歓迎する。クレールを筆頭とした巨鳥たちは民衆に幾分かの制約や禁止を言い渡しているが、それと同時に経済や貨幣が形作る「民の意思」も汲んでいる。


 これは翼正会に限ったものではない。同じく魔法協会に加盟するMRCや騎士団ナイツオブヒューマンプライドでも似たような状況と聞く。そもそも、魔法協会は各魔法流派から選出された手先で構成された、「形だけの首輪」であり、そこに抑止や自浄は存在しない。魔法協会は各流派に「前世界の二の舞を回避する為の禁止事項」を言い渡しているが、その抜け道はいくらでも用意されている。魔法協会に加盟せず、独立した統括組織である「医療兵団」や「司法教会」も同様であり、現世界の主要な金融組織である「金庫」を誰も咎めようとはしない。


 この世界には秘密主義が蔓延っている。その証左として、現世界でも歴史の空白期間が多く、前世界崩壊前後から現在までの経緯は断片的だ。翼正会においては、五賢師第四翼のサタンズクローが籍を置く前の「四賢師時代」が示唆されているが、それが具体的に語られる事はない。弟子の間で、それを師匠に問うのは実質的な禁忌として扱われている。


 「巨鳥の直弟子」にしても同様だ。フェリーチェの直接的な師匠であり、現在の翼正会の頭目であるダイヤモンドクレールの統治は、少なくとも三桁の歳月に渡る。あるいは千の位に達しているのかもしれない。翼正会のしきたりにおいて、「巨鳥の師匠はひとりの直弟子を選ぶ」とされているが、ダイヤモンドクレールが数百年、あるいは千年単位で自分以外の弟子を取らなかったと考えるのは極めて不自然だ。勢力の維持には頭数を必要とする。有能な指揮者と、それを支える大多数が。旧アメリカ西海岸一帯を支配下に置く一門なら尚更だ。


 自身の師匠が語るところによると、フェリーチェは3歳でクレールの弟子になったという。現在18歳のフェリーチェの直弟子仲間は、ミチビキのような人間以外の存在を除けば、上は18歳の自身やンシア、下は13歳のタオシャンやジェイドと、極めて年齢層が狭い。そこから推測するに、「翼正会の巨鳥は何らかの理由により、一時的に直弟子を取る事を中断し、十数年前からそれを再開した」と考えるのが妥当だろう。


 しかし、それもまた師匠に尋ねる事はできない。クレールをはじめとした巨鳥たちは、それに対しても決して触れないからだ。師が明言しないものを弟子が問う事は許されない。それが「翼正会の第一翼である、冷酷なる黒剣」の異名を持つダイヤモンドクレールなら尚の事だ。


 そして、フェリーチェが見聞きしている範囲では、翼正会はつつがなく運営されている。その安寧を壊す真似はできない。それでは、師が忌み嫌うあのフリッシュの同類になる。


「…………」


 しかし、フェリーチェには、なんとしても知りたい「答え」が一つある。それは、己の親についてだ。クレールが語るところによると、自身は捨て子の身から彼の直弟子として選ばれたらしい。それは、間違いなく嘘だ。自賛気味になるが、高い魔力を有する人間は先天的にそうである事が多く、魔術師となり得る人材はこの世界のあらゆる場所で重宝される。簡単な判定魔法で個人の先天的な魔力保有量を調べられるのにもかかわらず、その赤子が捨て子になるのは違和感が拭えない。


 クレールが何らかの理由により人間女性との間に子をもうけたという可能性は、極めて低い。捨て子だったと作り話を仕立て上げる理由が、フェリーチェが考えられる範囲で皆無だからだ。加えて、クレールよりも長く翼正会に籍を置く現在の最古参であるというアイゼンフォーゲルもまた、フェリーチェとクレールの血縁関係を否定している。


 自身の出生についての謎が多いが、一つだけ可能性が高い事がある。先天的な魔力保有量は、親から子へ遺伝されやすい。突然変異的に凡庸な家系から優れた魔術師が輩出される事例があるが、自身の産みの親は高名な魔術師と考えるのが自然だ。この説ならば、「何らかの理由により、産みの親からクレールへと自身が託された」と推察できる。師の自らへの扱いは別として。


 己の過去を知る機会が生まれた時、自分はそれに手を伸ばすのだろうか。フェリーチェには分からない。例えそれが師への反逆だとしても、自制できるだろうか。その時、ミチビキはどうするのだろうか。翼正会の一員として、自分と真っ向から対立するのだろうか。あるいは、自分の横で寄り添ってくれるか、自分の背中を守ってくれるのだろうか。


 待て、フェリーチェ。なぜミチビキの事を考えている?


「フェリーチェさん? 着きましたよ?」

「フェリーチェ、どうしたのー?」


 ふたりの呼びかけで、フェリーチェの意識は眼前の光景に向けられた。ミチビキとタオシャンが自身を見つめて、顔に疑問を浮かべている。ふたりの体はいつの間にか離れていた。ミチビキは二対の手を縦に並べて指を組んでいる。機械人形としてそう意図されたかいなかは不明だが、指を組むのは彼の癖だ。


 横目で窺うと、エレベーターの扉が開いている。すでに第一層に到着していた。フェリーチェは反射的に、早急でも緩慢でもない速度でボタンを押し、エレベーターが勝手に動く事を封じた。


「もしかして……フェリーチェさん……」


 ミチビキのその言葉で、フェリーチェはふたりを見つめ返す眼差しをわずかに鋭くさせた。しかし、それに続く言葉は、彼の予想に反するものだった。


「もしかして……タオシャンさんに妬いてます?」

「フェリーチェだってミチビキに抱きついていいんだよー? ねー、ミチビキー?」

「はい! フェリーチェさんならいつでも大歓迎ですよ! 僕のここ、空いてますよ!」


 タオシャンに肯定したミチビキは、満面の笑みを浮かべて四つ腕を広げ胸元を曝け出した。かつて鍛錬の一環として行なわれた城下町の清掃活動において一同の前で前世界時代に作られた多脚戦車の残骸を持ち上げた鋼の腕と、クレールに披露する事を目的としてサタンズクローが遠隔操作する大口径対物ライフルの銃弾を受けても傷一つなく一切よろけもしなかった鋼の胸を。


「…………」


 フェリーチェはふたりを尻目に、ボタンから指を離しエレベーターから出た。彼のうしろで、小さなせわしない靴の足音と、ハルクエンジンの常在消音魔法によって魔力を持ち合わせない者には聞こえない金属の足音が奏でられた。


「あー! 逃げたー!」

「安心してください、フェリーチェさん! パワー出力制御を含めたハルクエンジンの全システムとは完全に同調していますし、生体保護機能も正常です! 優しくしてあげますから! あっ! 変な意味じゃないですよ!」


 自らの背中に投げかけられた言葉を受けて、フェリーチェは小さくため息をついた。





※「アイリス」という通貨単位は、現世界で金融を司る「金庫」の前身である「金庫破り」が、取引に貴金属を用いた事に由来する。それは、プラチナと同列で扱われるイリジウムの語源である、虹の女神「アイリス」からである。また、「『アイリス』がギリシャ神話に由来する事」と「『ゴールド』や『シルバー』、『カッパー』などの日常的単語を通貨単位として用いる事を回避する為」という二つの理由から、補助通貨単位は「ミューズ」と定められた。1ミューズは約5セントである。

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