Chapter1

第1話・回収されたストレージの音声ログ1「私はかつて『ミチビキ』と呼ばれた者」

 私は弱い。私は、これを残す以外の選択肢を採れませんでした。


 私の中で生成され、私に接続されたデータ保存機器外部ストレージに移したこの音声ログが、機器ハードウェアとして、データとして、いつまで残るかは分かりません。今の私にはそれを計算できる処理装置が搭載されていますが、私の中の自我と感情が拒否します。私にはなぜ最初から「心」が与えられたのか、それを答えられる者はもうこの世界に存在していません。全ては過ぎ去りました。


 最初に、私の願望を述べます。もしもあなたが、今これを聞いているなら、音声ログの再生が終わったらストレージの物理的完全破壊をお願いします。もう誰もこれを聞かないように。それが、あなたができる、私に対する慈悲です。


 ここからは私の独白です。まずは自己紹介をします。私はかつて、「ミチビキ」と呼ばれた者。私は「魔法協会」に加盟する魔法流派の一つである「翼正会」に属していました。


 あなたが存在している時代では、私が存在している時代こそ前世界と呼ばれているかもしれません。なので、最初から説明します。


 私の時代では、「自己崩壊した純粋科学文明」とされる時代が「前世界」と呼ばれていました。私が存在しているこの時代は、魔法科学混合文明として復興した「現世界」です。しかし、現世界の時代でも前世界の名残りや崩壊の爪痕がいたるところに見て取れました。そして、その清算は実行されませんでした。


 先に翼正会について説明します。翼正会は、魔法流派を統括する上位組織である魔法協会に加盟する流派の一つです。魔法協会に加盟する他の流派として、「マシナリーリバイバーズカンパニー」、通称「MRC」や、「ナイツオブヒューマンプライド」、通称「騎士団」などが存在しています。今は私にまつわる話をしたいので、それらの流派や魔法協会の詳細については一旦割愛し、翼正会に焦点を当てます。


 翼正会では「巨鳥の師匠」と呼ばれる大魔術師が存在しています。人間の姿では耐えきる事が不可能であるほどの魔力をその身に秘めた才気ある魔術師は、人間の姿を捨て、体高数メートルにもなる巨大な鳥類の姿となります。「人間が人間以上の力を求めるならば、人間を超える必要がある」のは現在の魔法科学混合時代でも、前世界の純粋有機物と無機物の融合技術サイバネティクスでも自明の理です。


 翼正会の門下生は人間で構成されており、そこには二つの種類があります。一つは一般的な門下生として、一般的な魔術師の資格を得る事を目的とする「一門弟子いちもんでし」です。


 もう一つは、大魔術師の師匠が基本的に一羽につきひとりだけ選ぶ、巨鳥自身が見定めた才気ある若者である「直弟子じかでし」です。直弟子の弟子としての目標はもちろん、「巨鳥となる事」です。


 一門弟子が大多数で構成され、その単位で巨鳥の大魔術師の講義を受け、自己鍛錬に励むのに対して、直弟子は少人数で構成され、大魔術師たちから深い教えを受け、直弟子としての生活のほぼ全てが必ずいずれかの師匠の目の届く範囲で行われます。


 私はかつて、直弟子に属していました。私の直接的な師匠は、サタンズクローと呼ばれていました。現世界の汎用語で訳すと、「魔王の爪」という意味です。あなたが察している通り、私は直弟子の中で例外的な存在でした。そして、それはサタンズクロー師匠も同様です。


 私は人間の形をしていましたが、今も昔も人間ではありません。私は前世界時代に製造され、現世界でもハードウェアとしてもソフトウェアとしても健在だったアンドロイドでした。サタンズクロー師匠が模したものは人間ではなく、前世界よりもさらに過去の地質時代に生息していた始祖鳥アーケプテリクスの特徴を取り入れた、黒に近い濃い灰色の特殊軽量合金製の装甲に覆われ、他の師匠たちと同程度の体格を有する生物模倣機械バイオミメティックマシンです。


 私は外見的性別が15歳程度の少年、性格的性別が男として製造され、サタンズクロー師匠も同様に男性でした。一見して機械と判別可能な鋼鉄の外見を持つサタンズクロー師匠と異なり、薄い褐色の特殊軟質樹脂製の肌とプラチナ色の高品質人工毛髪を持っていた私は、局所に機能的特徴以外を再現した男性器も有していました。「偽物の肉包みの機械人形」とは、一門弟子が私を揶揄する時に用いた二つ名でした。


 私やサタンズクロー師匠のような存在でも、翼正会では直弟子や師匠として受け入れられました。才能を持つ者ならば偏見なく迎え入れるほど、翼正会は魔法流派として比較的柔軟な思考を持つ組織です。もっとも、サタンズクロー師匠はMRCにて、内部構成として高出力魔力生成装置を追加した改修歴があります。私も同じくMRCで製造され魔力生成機能を搭載した魔法科学混合技術の結晶である超々硬合金の鎧、通称「ハルクエンジン」を着用する機会が多くありました。


 巨鳥となった師匠や一般的な魔術師の資格を得た者は独立を許されます。直弟子は師匠に同行するという形でのみ、それを許可されています。実際に何割かの者は翼正会の本部から離れ支部に勤めるか、自身のアトリエを設立、あるいは定住の地を持たず旅の中で生きています。その代表的な例が、直弟子を持たず廃墟の図書館をアトリエとしている大ミミズクのナルコスカル師匠、自身の直弟子であるダニオさんとともに旅路の中で「生きる喜びの本質」を探し続けている大クジャクのミリオンラブ師匠などです。そして、「灰燼の中で産声を上げた、死を招く黒い鳥」の異名を持つ、あの忌々しいフリッシュも同様です。


 多くの巨鳥、そして直弟子や一門弟子が翼正会の本部で生活しています。それは「累卵楼」という愛称で呼ばれ、一門の者や周囲に広がる「累卵楼城下町」の者に親しまれています。累卵楼はその名の通り、「向きが異なる三つの卵が縦に積まれた」かのような外観を持つ、現世界で修繕を受けた前世界の超巨大建造物メガストラクチャーの一つです。


 累卵楼はその見た目通り、三層構造となっています。一番下の第一層は、一門弟子の居住区域や一門の共同広場、鍛錬に用いられる闘技場。第二層は直弟子の共同寮や、直弟子の為に維持と管理がされている自然を模した環境空間。最上部の第三層は小部屋状に区切られた師匠たちの私室や、五賢師が所有する貴重な書物や物品の保管庫があります。また、累卵楼は一層ごとの大きさでも、巨鳥の師匠が自由に羽ばたき、飛行できるほどの巨大さを誇ります。これほどまでの建設技術は、前世界の崩壊とともに失われ、現世界ではそれをかろうじて修繕できるのみに留まっています。


 累卵楼は旧アメリカ合衆国の旧ロサンゼルス市街地郊外南部に存在しています。前世界最末期に使用された大陸地焼却級大量破壊兵器の影響により地軸と気候が変動し、累卵楼およびその周辺地域は「常春の街」という異名で知られています。また、累卵楼内部は外界から完全に隔絶されており、特に第二層の環境空間は独自の自然環境を有しています。師匠たちが交代で魔法を用いて累卵楼内部の天候を操り、その自然維持に務めています。


 ここからは、あなたが容易にそれを想像できるように、特定の記録を例として、累卵楼での一日を語っていきます。そうですね、あの日が相応しいでしょう。私の中で何重にもコピーされた、「彼」が初めて累卵楼に足を踏み入れた日、私たちの運命が決まった日を。私が機械であるという事を加味しなくても、私はあの日の出来事を鮮明に思い出す事ができます。


 あの日の午前0時0分。私は累卵楼第二層にある、直弟子の共同寮の一角に存在する食堂で事務作業をしていました。直接の師匠であるサタンズクロー師匠に代わって行なっていた仕事です。サタンズクロー師匠は、自身の頭脳として前世界時代の高性能処理装置を搭載していますが、巨大なバイオミメティックマシンである師匠は「ペンを握って筆記する」などの精密作業には不向きです。加えて、生物的な睡眠を必要としない私には、直弟子の皆さんが寝静まる未明帯の時間潰しとして最適でした。


 午前0時を知らせるデジタル時計のアラームが一度だけ鳴りました。すると、食堂のテーブルの一角へとタブレット型の端末機器ターミナルや書類の束や筆記用具を広げていた私から椅子五つ分離れて座って読書をしていたマリウスさんが立ち上がりました。


「ミチビキ、俺は寝る。おやすみ」

「ええ、マリウスさん。おやすみなさい」


 私は、私の自我と感情に従って、マリウスさんに微笑みながら返しました。それから、マリウスさんは食堂を退室し、私はしばらくひとりで作業していました。マリウスさんは当時17歳で、大コンドルであるネクロクラウン師匠の直弟子であり、師弟揃って節度がある規則正しい生活スタイルである事が一門の間で有名です。マリウスさんの就寝時間は午前0時であり、起床時間は午前6時です。


 第三層に存在する師匠たちの私室のように、直弟子の共同寮には直弟子ひとりにつき一つの個室と、共同寮のみに設けられた「共同寝室ドーム」が存在します。しかし、主である直弟子の生活スタイルが色濃く反映された私室は、一つとして同じ使われ方をされたものがありません。


 例えば、第二層の共同空間で皆さんと楽しく過ごす事を大切にしているタオシャンさんの個室は、半ば乱雑な物置と化しており、ベッドすら存在せず、シャワールームにまで物品が押し込められています。自身の師匠である大ハチドリのゴールデンサウンド師匠とともに、兼業として所属する累卵楼城下町の歌劇団劇場に生活基盤を置いているジェイドさんの私室は、多数のマネキンや衣装が持ち込まれた、さながらウォークイン式のクローゼットルームです。ミリオンラブ師匠の旅路に同行して累卵楼を留守にする事が常であるダニオさんの個室は、ベッドや机が埃よけのビニールで覆われた、主を持たない空き部屋とほぼ変わらない状態です。


 その日は午前2時38分まで、私はひとりで黙々と作業をしていました。その時間に、人間の姿に戻ったレフさんが静かに食堂を訪れました。当時のレフさんは15歳で、私はレフさんの同年代として扱われていました。


「トイレ……トイレ……」

「レフさん、ここは食堂です。トイレではありませんよ」


 私は立ち上がり、レフさんの手を引いてトイレまで案内しました。用を済ませたレフさんを、トイレの前で待っていた私は再度手引きし、「共同寝室ドーム」の出入り口である自動ドアまで送り届けました。


 大カモメのアズールスピード師匠の直弟子であるレフさんは寝起きに難があり、意識がかすかに朦朧としている場合が多いです。それでも、重篤なものではないので、私を含めた直弟子仲間から愛嬌の一つとして捉えられています。


 レフさんの案内を終えた私は、再び食堂の椅子に座りました。時刻は午前2時47分でした。その時には、私の集中力は完全に途切れていました。物理的な紙の書類の束を一つにまとめ、ターミナルに表示されているデータ上の草案を一時保存しました。


 私は、翼正会の直弟子が普段着として義務づけられている紺色のローブから出ている両手をテーブルの上に置き、指を組みました。それから、目を閉じて瞑想を始めました。私は瞼を開けたままでもそれが可能ですが、タオシャンさんから「ミチビキ、それはちょっと怖いよー」と指摘されて以降、瞳を隠す事にしました。


 私の内部ストレージ内で完全に不要化したファイルを整理しながら、当時の私にとっての最大の疑問である、「なぜ自分がここにいるのか」に考えを巡らせました。「なぜ自分は前世界崩壊と運命をともにしなかったのか」、「なぜ自分はサタンズクロー師匠と出会ったのか」、「なぜ自分には人間の自我や感情を模した『心』が与えられたのか」、「自分はどういった目的の為に製造されたのか」、「自分を製造したのは誰なのか」、そういった私自身にまつわる疑問です。


 当時の私には、それらが私の意思決定や感情を左右する重要な要因ファクターでした。そして、これらの疑問の一部は今も謎のままです。

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