6 遡って数週間前の黄昏

 それは、ヴィリアの葬儀が執り行われる数週間前に計画された。


 ルディアとフィディスにとっては、数日ぶりに訪問することになった王宮。

 四大公爵家の当主が国王や他の王族に会いに行くことを止めることは、よほどの理由がなければ認められない。

 その上、今回はヴィリアの殺害と今後の事についての話だと事前に連絡されているため、国王であるレンティム=オリス=プグナトル自身がアーストンたちの訪問を受け入れている。


 まるで自宅のように迷いのない足取りで廊下を歩くアーストン。

 その腕にはルディアが抱きかかえられており、その様子をフィディスがうらやましそうにチラチラと見ている。

 三人の背後にはウィンターク公爵家の騎士団で形成された護衛が何人もついてきており、有事の際はすぐさま対応できるようにと配慮されているのが伝わってくる。

 本来なら国家騎士団や近衛騎士が守っている王宮に私兵を連れてくるのはマナー違反だ。

 しかしながら先日の事件もあり、警戒していると言えばだれも咎めることは出来ない。


「アーストン」


 通常ならあり得ない行為だが、背後から名前を呼ばれて振り返れば、四大公爵家の一角であるウィンノエル公爵家の当主、クリプトル=ヴェヌ=ウィンノエルが手を上げてゆったりと近づいてくるのが見える。


「なんだ、随分とゆっくりしているな」


 怒っているわけでもなく、気安さから冗談めかしてアーストンが言えば、クリプトルは「傷心なんだ」とこれまた冗談めかして言った。


「それは殊勝なことだ」

「これでも繊細でね」


 すぐ傍まで来たクリプトルは、アーストンの腕の中にいるルディアに挨拶をした後、フィディスと目を合わせて挨拶をする。

 そつなく挨拶を返してくるウィンターク公爵家の幼い兄妹に、微笑ましいと思いながらも、フィディスの視線がいつになく自分に向けられている事に気づき、クリプトルはアーストンに視線を投げた。

 視線を受けて僅かに頷いたのを見ると、数度目を瞬かせたが、特に何か言うわけでもなく、たまに遭遇する時と同じようにアーストンと並んで歩き始めた。


「黄昏会議とは、愛娘が亡くなった直後とはいえ、大事だな」

「そうだな、ヴィアが殺害されて僕も傷心なんだ」


 真似をするな、とクリプトルは肩をすくめるが、それ以上咎めることはない。

 傷心は事実だろうし、王家の体裁を考えて愛娘の葬儀で妥協することになってしまったのだ。

 国王と四大公爵家の当主で執り行われる黄昏会議で何を話すのやら、と誰もが警戒心を抱くのは仕方がないだろう。


「しかし、黄昏会議に孫を連れてくるとは」

「むしろ重要要素だな」

「ほう?」


 国の要職に就く貴族と国王で執り行われる御前会議は、もちろん国を運営していく上で重要な話し合いを行っている。

 しかし、黄昏会議はそれとは別に国の在り方や方針。侯爵家以下の国民に知らせることのできない事象を話し合う。

 もちろん、今回の話し合いの主題はルディアの持つ記憶・・についてだ。


 ヴィリアの葬儀についての話し合いは、国王とアーストンの間で決着をすでに出している。

 今更変えることはないとはわかるし、重要要素が孫たちとなれば……、とクリプトルが表面上はどうでもいい会話をしながら考えると、アーストンが「ああ、多分予想できないから諦めろ」と、世間話でもするような軽さで言った。


「そうなのか? てっきりヴィリア殿の死因の一端である責任を取って、ウィンターク小公爵に王女を嫁がせろとでもいうのかと思ったよ」

「はぁ? そんなどうでもいいことを言うわけがないだろう」

「冗談だ」


 そこにちゃんとした恋愛感情があれば気にしないが、四大公爵家は王族との婚約に対してこだわりがない。

 アーストンとクリプトルが時折話しながら歩いていると、目的の場所に到着し、荘厳な彫り物で飾られた重厚で上品な扉がゆっくりと開けられる。


 中には既に国王と他の公爵家の当主が揃っており、のんびりとした空気が流れているように感じた。


「おお、来たかアーストン。それにクリプトルも」


 軽い調子で声をかけてきたレンティムに、アーストンとクリプトルは軽く頷くと、空いているソファーにそれぞれ向かい腰を掛けた。


「お爺様」

「ん? ああ、わかった」


 フィディスがじっとルディアを見ているため、アーストンは苦笑して膝の上に抱きなおしたルディアを下ろした。


「ルディ、こっちに座ろう」

「はい、おにい様」


 ルディアの手を引いて、フィディスはアーストンの近くに置かれている二人掛けのソファーに向かい、まずルディアを抱え上げて座らせると、そのすぐ傍にぴったりと寄り添うように自分も座る。

 そんな様子に、ほのぼのとした気持ちを感じながらも、レンティムは「それで——」とアーストンを見た。


「そちらのルディア嬢に関する重要な案件とは?」


 レンティムの言葉で視線が集まり、思わずよそ行きの笑みを浮かべて取り繕うルディアだが、緊張を紛らわせるためかフィディスの手をぎゅうっと握ったので、フィディスは安心させるようにその手を握り返す。

 その様子に経験豊富な5人が気づかないわけもなく、アーストンがルディアに向けられた視線を払うように手を動かした。


「すまない。複数人の年上の人間に突然見られてしまったらルディア嬢も困ってしまうな」


 レンティムが謝罪すれば、他のアーストンを除く他の公爵も頭を下げた。


(いやいや、国王陛下に公爵家当主に謝罪されるとか、わたくしはそのような立場ではありませんわ!)


 フルフルと必死に首を横に振りながら、ルディアは心の中でだけ叫んだ。


「それで、重要な案件というのは?」


 改めてレンティムがアーストンを見て尋ねると、一瞬だけルディアに視線を投げたアーストンは軽く咳払いをした後にゆったりと話し始めた。


「この面子だ、余計な前置きは必要ないだろう。まず一点、僕の孫娘のルディアは先日、前世の記憶を思い出した」


 誰も声は出さなかったが、軽く息を飲む。

 幼い子供や思春期の者が前世の記憶を思い出す事例がある事は、ここにいる全員も理解していた。

 そしてその多くが、過去もしくは未来のなにかしらの事件についての知識がある。


 知識を有効活用する者、悪用する者、変えようと動く者、関係なく今を生きる者。

 選択は様々だが、何かしらの影響をもたらしてしまうというのが現実だ。


「公爵家の令嬢が前世の記憶持ち。この国でも過去に何度かその事例があるな」


 この中で最も年嵩な南の公爵家当主、ルペンス=ヴェヌ=ウィンルースが言うと、男装の麗人である東の公爵家当主、スエンス=ヴェヌ=ウィンホルムが言葉を引き取るように頷いた。


「そしてその多くの場合には身分の低いご令嬢、もしくは聖なる存在とかいう令嬢もセットで記憶持ちなことが多いのも特徴ですね」


(悪役令嬢とヒロインのセットは定番ですのね)


 前世で姪が異世界転生ものについて語っていたことを思い出し、ルディアはなぜか感動してしまった。


「そして、多くの場合有力な貴族や平民になぜか愚か者が現れ、事件が起きる」


 アーストンがまとめるように言えば大人4人が全員頷いた。


「つまり、ルディア嬢は例に漏れず、未来に起きる事件が分かるということか?」

「それどころか、先日起きた事件の真相も知っているそうだ」

「……なるほど。確かに実の母を殺された真相を知っているのなら、解明しようと動くのは道理だな」


 レンティムが頷いたが、ルディアは内心で微妙に違うと思い、気まずい思いをしてしまう。


「解明というか、刺客を差し向けた犯人はわかっているんだ。あのわがまま妃だよ」


 アーストンが若干不機嫌さを込めて言うと、レンティムが「ああ……」と疲れたようにため息を吐きだした。


「今までも問題を起こしていたが、今回は婚姻の時に並ぶ大問題だな」


 これが他の妃に対しての嫌がらせであれば、問題ではあるがまだ何とかなったのに。とレンティムは眉間にしわを寄せた。

 わがまま妃こと、第一妃のプーパがテンペルトの愛情を独り占めしようと問題行動を起こすのは、珍しくない。

 それに加え、以前からヴィリアがもっともテンペルトの寵愛を受けているという事実が気に入らず、何かにつけては敵対する姿勢を見せていた。

 だが、それでも実際に手を出すことはなかった。


「今回の事件の主目的は第二妃、カリュア妃の生んだ王子2人と王女だろう。ついでにヴィアにダメージを与えられればいい。そう考えたのだと予想している」

「あのお茶会は第三王子のフェルルと第一王女のエティアナのお披露目でもあったからな。二人の母親のカリュアと第一王子のティルムも出席していた。そこにヴィリアも出席となれば、狙ってもおかしくないな」

「そう思うのなら、もっと警戒しておくべきだったな」

「すまない」


 あまりにも素直にレンティムが謝罪したのを見て、ルディアとフィディスは驚いたが、事前に黄昏会議は家族会議のようなものだからとアーストンから説明を受けていたので、特に態度には出さなかった。


「では、今日の黄昏会議はプーパ妃の処遇についてという事でいいのかしら?」


 スエンスがそう言うと、アーストンはレンティムを見る。


「下手な対処は母国がうるさいんだったか?」

「そうだな。あそこの国王がプーパを溺愛していてな。こちらがかなり無茶な条件を出したにも関わらず、条件をすべて飲んで嫁がせてきたぐらいだ」


 その当時の事を思い出したのか、レンティムが再度重い溜息を吐き出したが、誰も同情しない。


「今回の事件は、刺客は自殺。死体を調べても何も出てこなかったんだろう?」


 アーストンの問いかけにレンティムが「そうだな」と答える。


「だったらプーパ妃を責める手段がほとんどない状態だな。プーパ妃に関しては証拠をでっちあげない限り、疑いを晴らすためという名目での軟禁が限度だな」


 わかっていると言うように口にしたアーストンに、レンティムが申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「プーパ妃の今後についてはレンティムに誠意を見せてもらうとして、他にもあるのだろう? ルディア嬢関連で」


 言いながらルペンスがルディアを見る。


「ルディ、自分の口で言うか?」


 この場に来る前は大丈夫と言っていたが、実際にこの国の最高位の人間たちを前に怖気づいたのなら話を引き取るとアーストンが助け舟を出すが、ルディアはフィディスの手を強く握りしめながらも、コクンと縦に首を振った。


「わ、わたくしっ、しにたくないので、ウィクトルでんかとはこんにゃくしませんわ。あと、おにい様にしんでほしくありませんから、おとう様の当主だいりはおことわりですの」


 言ってやった。とでも言いたげに「ふん」と鼻で息をしたルディアだが、フィディスは困ったような顔をし、アーストンは笑いをこらえるように軽く握った手を口元に持って行った。


「フィス。ふっコホン」


 声を出したことで思わず漏れてしまったというように、咳払いで誤魔化したアーストンだが、ルディアはなぜ笑われるのだろうと僅かに唇を尖らせてしまった。


「はい、お爺様。……ルディ」

「なんでしょう、おにい様」

「私が今の言葉を説明してもいいかな」

「はい、どうぞ?」


 ちゃんと言えたはずなのに説明とは? と不思議そうな顔をしつつも、フィディスが説明するのなら自分よりも相手に分かりやすい言葉を選ぶのだろうから、よく聞いて勉強しようと気持ちを切り替える。


「ありがとう。では、ご説明させていただきます」


 そう言って、フィディスはルディアが語った前世の知識による今後の可能性・・・を話し始めた。

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