7 国によって違いがあります

 フィディスによるルディアの言葉の詳細解説・・・・が終わると、本人を除く全員の視線がレンティムに集まった。

 視線を向けられたレンティムは人目を気にせず両手で頭を抱え、「馬鹿か、あほなのか」とブツブツと呟いている。


「公爵家の令嬢に婚約を申し込んでおいて一方的に破棄とは、愚かな王族は不要なのですが、今のうちに処分・・してしまったほうがいいのでしょうか?」


 スエンスの言葉に思わず同意しかけたレンティムだが、寸でのところで思いとどまり、返事を返さずに頭から手を離すと、軽く咳払いをした後にルディアをまっすぐ見た。


「そのあほ……コホン、くだらない可能性はウィクトルとの婚約をしなければ回避できるのだろうか」

「はい。あと、おとう様をこーしゃく家から追い出せばだいじょうぶだと思いますわ」

「そうだった、ウィンターク小公爵の留学やら病死もあるんだったな」


(話の内容的に、ルディア嬢の死後に動いた王家と公爵家によって処分は正常にされたようだが、そんなくだらない事で四大公爵家の一角が揺らぐのは好ましくない)


 レンティムは内心ではそう思ったものの、いつもの面子ならともかく、ルディアとフィディスがいる前で、本人たちの死も関係している事を「くだらない」と言う愚行はしない。


「今のところ、プーパから婚約の話は出ていない」

「こちらもロクデナシの動きを探っているが、ヴィアの死の知らせを聞いても、いつも通り・・・・・のようだ」


 妻が死んだと言うのにいつも通りか。と誰もが思ったが、オクシスがロクデナシなのは共通認識なので特に何も言わないようだ。


「ヴィリア殿も亡くなったのだし、籍を抜いてしまえばいいのでは? ヴェヌ・・・ではないのだし、問題はないだろう」


 クリプトルがそう言うのでアーストンは頷いたが、「気になるのは」と話し始めた。


「どうして公爵家の当主代理・・・・になれたのか。どうして正当な跡取り・・・・・・であるフィスを他国に留学させられたのか。どうして愛人との娘を公爵家の養女・・・・・・に出来たのか。大きくはこの三点だ」

「ロクデナシと養女になった娘はヴェヌを名乗っていたのか?」

「わかりませんわ」


 レンティムに尋ねられたが、フルネームをそもそも聞いたことがないため即答した。


「ウィンターク小公爵を留学させられたかについては、見聞を広めるとか本人が希望してとか理由は考えられるが、他の二つは王家と他の公爵家が黙っていないだろう」


 ルペンスが不機嫌そうな顔をして言うため、思わず「覚えていなくてすみません」とルディアが謝罪しそうになった。

 しかしその瞬間、コツン、とルペンスの額にオレンジ色のマカロンがぶつかった。


「アーストン。何をする」

「自業自得でしてよ。そんな不機嫌そうな顔をしたらルディア嬢が怯えてしまいます。アーストンのこぶしが飛んでこなかっただけましではありません?」


 膝の上に落ちたマカロンを拾ってテーブルの上に置いたルペンスが文句を言おうとしたが、隣から感じる視線に目を向けると、そこには呆れた顔をしたスエンスがいる。

 スエンスがたたんで膝の上に置いていた扇子を手にしたかと思うと、その先をビシッと音がしたのではないかという勢いでルペンスに向けた。


「ただでさえ顔が怖いと自分の孫に怯えられていると愚痴っているくせに、なぜわからないのです。ほぼ身内とはいえルディア嬢が特殊性癖でもない限り、怯えないわけがないでしょう」


 その言葉に、自分の顔は強面だという自覚があるルペンスは、シュンとうなだれてしまう。


「うっ……すまない、ルディア嬢。決しルディア嬢に対して思う事があったのではなく、記憶の中の情報……可能性の話とはいえ、動けていない自分の不甲斐無さに対して憤ってしまったのだ」

「いえ、おきになさらずに……」


 実のところ、思わず謝罪の言葉を出しそうになるほどびっくりはしていたのは確かだった。

 しかし、今はスエンスが発した特殊性癖という単語に、思わず顔が引きつりそうになるのをこらえるのに必死だった。

 チラリと隣を見れば、フィディスもルディアと同じように口元が引きつりそうになっている。


(はあ、お爺様からお母様の事を聞いてしまったせいで、しばらくは変な反応をしてしまいそうですわ。気持ちを切り替えなくてはっ)


 ふぅっとゆっくり息を吐きだすころには、既にフィディスは気持ちを切り替えたようだ。

 家族以外の前では子供ながらに冷たさを感じる表情がデフォルトのフィディスだが、この面子の前では幾分気を抜けるのか、いつもよりは険が少ないように感じられる。


「えっと……おとう様はいちおう、わたくしとおにい様のおとう様ではあるけれど、ヴぇにゅ、うぇぬ……ベぬ……」

「ルディ、気にしないでいいから続けようか」

「はい」


 ヴェヌと上手に発音できずに繰り返しているルディアを慰めるように、優しく手を握り締めるフィディスに従って言葉を続けた。


「べにゅ……をなのれていないから、おとう様は本当なら当主だいりにはなれませんのよね?」


 アーストンに聞いたことを改めて口にしただけなのだが、その場にいる全員が「ルディア嬢は賢いな」と笑顔を浮かべる。

 そのことに、何もかもが受け売りなのでルディアは申し訳なさからか、どこか落ち着かない気分になるが、もう一度息をゆっくり吐き出して話を続けた。


「おじい様がしんでしまったら、本当なら、へいかや、ほかのこーしゃく家の当主が、おにい様がせいじんするまでだいこうかけんにん、かんりあじゅかりをしますのよね」

「その通りだ。本当にルディア嬢は賢いですね」


 スエンスが「賢い子にはおいしいお菓子をあげましょう」と、わざわざ立ち上がって薔薇の形に焼き上げられた、ルディアでも三口ほどで食べることが出来そうなフィナンシェを二個渡してくれた。

 小皿に乗ったそれを受け取って笑顔でお礼を言えば、「本当にかわいいですね」と頭を撫でられる。


「やらんぞ」

「アーストンはケチですね」


 残念そうに言ってから元の席にスエンスが戻ると、アーストンに先にフィナンシェを食べるように言われ、ルディアは「じゃあ、いっこいただきます。おにい様もどうぞ」といってもう一個をフィディスの前に置かれた皿に移した。


「ありがとう、ルディ」

「はい」


 お礼を言われたルディアはニコニコとフィナンシェをフォークで一口サイズに切って小さい口に運んだ。


「あら、振られてしまいました」

「ザマーミロ」


 小声でスエンスが言うと、横のソファーに座っていたためにギリギリ聞こえたルペンスがニヤリと笑う。

 そんな二人の様子を呆れた目で見つつ、ルディアの行動は何も知らないからこそ、あっさりと出来る行動だとある意味感心してしまうアーストン。

 二つ盛られた菓子を半分異性に渡すことは、この国では愛情表現の一つだ。

 受け取ったフィディスは理解した上で受け取っていそうだが、そもそもルディアがくれるのなら、庭にいる虫だろうが落ちていた枯れ葉一枚だろうが喜んで受け取る。それがフィディスである。


 口をいっぱいにしながらフィナンシェを食べ終え、ハチミツで甘く味付けのされたホットミルクでのどを潤すと、ルディアは一拍置いてから「えっと、おはなしをつづけますわ」と話し始めた。


「こーしゃく家のようしには平民は、ちょくせつなることができなくて、王ぞくか、高位きぞくのすいせんと、しんさ? がひつよーで、えっと……かくにんのために、数年かん、せしゅうせいの下位か、ちゅーいの貴族の家のようしとして過ごす?」


 最後は疑問形になってしまったが、アーストンが「合っているぞ。よく覚えたな」とほめれば嬉しそうに顔を赤らめ、褒めてほしそうにフィディスを見る。

 当然フィディスも褒めるため、レンティムは内心で「話しがなかなか進まない」とは思ったが、そんなことを口に出した瞬間、総攻撃に遭うので当然黙っている。


「ロクデナシの愛人は貴族なのか? それであれば母親の家の籍があるのだから、推薦さえあれば無理やり通すことが出来るかもしれない」


 レンティムが言えば、アーストンは「一代貴族の娘だ。愛人が爵位を持っているわけではないので、ロクデナシの娘は完全に平民だな」と答えた。


「じゃあ、どうやって公爵家の養女に?」

「ルディの知識ではすでに養女となっており、その経緯は不明だ」

「そうか」


 アーストンとレンティムが同時にため息を吐きだすと、「方法はなくもない」とルペンスが口を開いた。


「言ってみろ」


 レンティムが水を向ければ、「他国の貴族子女であれば、高位貴族の養子に出来る法律があるだろう。神聖国主体の難民保護法。我が国もあれに加盟している」


「あれか……。いや、あの法律であっても四大公爵家の養女になるのはどうなんだ? 普通なら他の家が口を出すだろう」

「養女にしたことを知ったのが、手続きが・・・・終わった後・・・・・だったら、解消させる手続きもあるし、様子を見るか、動いても時間がかかっていた可能性がある」

「そんなこと、あるのか?」


 訝し気に問うレンティムに対して、ルペンスは不機嫌さを隠さない視線を投げる。


「この国は貴族になるためには色々段取りや審査、条件がある。だが、他の国までそうだとは言えないだろう。特に、どこかのわがまま妃の母国なら、金さえ積めば簡単だと記憶している」


 もちろん、ディヌス王国だって金銭で一代爵位を買う事は出来るし、それが三代続けば正式に世襲貴族として認められる。

 他にも平民が下位貴族などに嫁ぐか婿入りすることで貴族入りをすることだって可能だ。

 それでも、世襲制貴族の一門を作るとなれば、国からの厳しい調査を受け、痛くもない腹を探られ、やっとの思いで家を興しても最低三代は国からの監視を受ける。


 既存の世襲貴族としても、これから家門を起こそうと思っている平民としても、そこまでして新規に貴族の一門を起こす利点を見出すことは出来ない。

 だから、平民が貴族に加わろうと思った場合、一代貴族になったのちに自分の子供を他の貴族家に嫁入りか婿入りさせて縁を結び、外戚として支援することで縁の糸を広げていくのが一般的だ。


 しかしながらそれはあくまでもディヌス王国での話。


「母国の感覚で公爵令嬢を婚約者に選んだが、この国の法律で公爵家の人間を伴侶にすれば王位継承権がなくなると知って、自分に害がない方法・・・・・・・・・で婚約の解消を望むだろう」


 ルペンスがそう言った後、部屋の中はしばらく沈黙に包まれた。

 そして——


「……………………いや、息子が島流しになるなら、被害はこれでもかというほど出ているだろう」


 呆れたような、疲れたようなレンティムの声が静まった部屋に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る