5 母の葬儀後のひと騒ぎは蚊帳の外

 王家が主催したお茶会に侵入した暗殺者から、子供たちを庇い死亡したということになったヴィネリアの葬儀が静かに執り行われていく。

 喪主の席に座るアーストン。その隣に座るフィディスとルディア。

 そこに、ヴィネリアの夫の席がない事から、参列者はオクシスのウィンターク公爵家内での立場を察した。


 元より、亡くなった兄の代わりだったのだ。しかも優秀だと言われ、本人も継続した努力を欠かさなかったのと比べ、オクシスはお世辞にも優秀とはいえず、そしてなによりも努力が嫌いである。

 兄が亡くなった直後に努力せずに公爵家の一員になれると、代わりの婚約者に立候補し、見事にその座を得たのはいいが、要求されたのは兄のような能力。

 婚姻前の数年の婚約期間に最低限・・・の勉強を施されたが結果は出なかった。

 オクシスの努力嫌いを知ったヴィネリアは、ただでさえ異性として受け入れることを嫌悪していたオクシスに対しより嫌悪感を強めてしまい、婚姻前に別の男と初体験を迎えるという強硬手段に出たのだ。

 婚姻後は何の仕事もさせないわけにもいかず、当主補佐見習いという役職は与えているものの、ウィンターク公爵家に受け入れられていないという思い込み・・・・劣等感・・・から、現在は公爵家を出て愛人とその間にできた娘と一緒に暮らしている。

 何もしない者に給金を渡せるわけもなく、使いの人間がオクシスでも作業が出来る仕事を愛人の家まで運び仕事をさせ、その対価を渡しているのが現状だ。


 家を出ているとはいえ、流石に妻の死に戻らないわけにもいかず、かといって公爵家の人間としてふさわしい喪服を持っているわけではなかったため、オクシスは恥を忍んでアーストンに喪服を借りたいと願い出ようと思っていたが、迎えに来たウィンターク公爵家の使用人・・・は真新しい喪服を持ってきていた。

 誂えたようにサイズがぴったりの服。普段とは違い明らかに上質な布、丁寧で正確な縫製。

 着ただけで背筋が伸びるような、自分が偉くなったような気分になれる。そんな服だ。


「パパすごい! かっこいい!」


 服を持って来た使用人に手伝ってもらい着替えを終えたオクシスを見た愛娘であるリズリアの言葉を思い出し、オクシスは自分にはやはりこういった上物じょうものがふさわしいのだと信じて疑わない。

 家を出ている自分にこのような上物を渡してくるということは、ヴィネリアの死を機会に公爵家に戻るように言ってくるのだろう。そう思っていた。


(なんで俺の席がこんな中途半端な場所なんだよ)


 ウィンターク公爵家の親族が並ぶ列とはいえ、妻の葬儀なのだから夫である自分は喪主の隣にいるべきだと、オクシスは無言でアーストンに対して目で訴える。

 しかしながらアーストンがオクシスを見ることは葬儀中、一度だってなかった。


 王家が段取りをしたというだけあり、何の問題もなくヴィネリアを灰にして浮島の端にある教会から空に撒き終わる。

 そこで解散の挨拶が執り行われ、人々が会場を離れようとした時、アーストンに近づいていく人物を見て多くの者が足を止めた。

 近づいて行ったのはオクシスで、葬儀に参列していた護衛の騎士が前に出て止めようとしたのを、アーストンは少しだけオクシスの方に足を動かしたことで止める。


「義父上、お話があります」

「このような場所で改まってする話なのか?」


 勇んでアーストンに近づいたオクシスだったが、一定の距離まで以下づくと威圧されたように徐々にその歩幅が小さくなり、最終的には近いと言うには幾分距離の開いた場所から話しかけることとなった。

 そのせいで話し声はオクシスが想定したよりも大きなものになってしまい、帰らずに様子を見守る事にした弔問客の耳にもしっかり届いてしまう。

 人前で親し気に話をする気分ではないという意味を込め、アーストンは場所の移動を提案したが、オクシスはその言葉を無視して話を続ける。

 ルディアとフィディスがアーストンの背後から冷めた視線を向けているが、オクシスは気づかないのかチラリとも見ずに視線をまっすぐに向けたままだ。


「わざわざ迎えを出してくださりありがとうございました。ヴィネリアの事は残念ですが、これも運命です。これからは俺がウィンターク公爵家を支えますよ」


 にこやかな、これこそが自分のなすべきことだという自信に満ちている笑みに、アーストンは笑みを浮かべた。

 これでいい。何もかもがうまくいく。そう信じているオクシスはアーストンの笑みを見て確信を得て、自分も笑みを深めたが、次のアーストンの言葉に笑みを浮かべたまま固まってしまう。


「今更そのような戯言を言われてもな……。ああ、もしかして気落ちしている子供を笑わせようとそんな戯言を? そうだとしたらお前は常識もセンスもないようだな」


 まっすぐにアーストンを見ていたからか、笑みを浮かべているものの、その眼に浮かぶ色は嘲りであることに気が付いてしまう。

 止まっていたように感じた息が出来るようになり、大きく吸い込む。


「は、はは。いや、俺は本気で、ですね」

「本気? ヴィアの婚約者に自ら名乗りを上げて以降、何の努力もせず、成果も出していないお前が、ウィンターク公爵家の何を支えると言うんだ?」

「それは、俺に向かない仕事をさせられただけで、ちゃんとした仕事をさせてくれればちゃんと成果を出せます」


 あくまでも自分は実力があると信じているオクシスは、与えられた仕事のせいにしている。

 しかし、婚約期間中にも同じことを言っており、公爵家の一員に・・・・・・・必要な勉強と仕事・・・・・・・・は全て試した結果、どれも成果を出さなかった。

 すぐに成果を出せるものでもないだろうとしばらく様子を見ても、学ぶ気がない人間に教えても無駄。やる気がない人間が職場にいると雰囲気が悪くなる。

 そう言った苦情が出たため、結局閑職ですらない、名目上は当主補佐見習いだが、やっている事は本当に下働きの見習いでもできる雑用の書類仕事でしかない。


 カーライルたちからすれば、ただのごく潰し。

 戸籍上でルディアたちの父親となっており、ヴィネリアも自由に過ごすために婚姻関係を続けていたにすぎない。

 そのことを理解していないオクシスに、アーストンは「ああ、そうだ。お前が話しかけてきたのだし、今のうちに話しておこう」と、思い出したように視線をどこかに向け、少し間を作ってから言葉を続ける。


「ヴィアが死んでから葬儀まで少し時間があったが、疑問に感じなかったのか?」


 ヴィリアは死後魔術具にて腐敗しないように保存されていた。

 葬儀が執り行われたのは、死後一ヶ月してからだ。


「それは、死因が毒によるものだから、事後処理に時間がかかったとかですよね。非常識ではありますけど、仕方がありません」


 理解していますと、得意気に言うオクシスではあったが、その推測は完全に間違っている。

 あの場で刺客の男は捕まったものの口の中に仕込んでいた毒で自害。

 剣に塗られていた毒の特定に時間がかかり解毒が間に合わずヴィリアは死亡してしまったが、その毒もその日のうちに特定は終わっている。

 ここまで葬儀まで時間がかかったのは、事後処理・・・・に時間がかかったからでしかない。


「仕方がない、と納得して母親を失った子供たちの顔を見に来ることもなく、いつも通り愛人の家で家族ごっこを楽しんでいたのか」

「ごっこなんて! どうしてそんなひどい事が言えるんですか!」


 人前だと言うのに大声を出すオクシスに、残っている弔問客から冷たい視線が向けられる。

 貴族が外に愛人を作る事も、生活を支援し囲う事も珍しい事ではない。

 そこに子供が生まれて家族のように・・・生活していたとしても、それはあくまでもかりそめのごっこ遊びの延長だ。

 それをきちんと割り切れなければ、貴族、特に高位貴族では世間に笑われる。


「フェニスと俺は愛し合って一緒にいるんです。愛の結晶のリズリアだって生まれて、ずっと一緒に暮らしています。近所の人は俺たちが正式な夫婦だと疑ってません!」


 その言葉に、アーストンは改めてオクシスを公爵家に残すべきではないと確信した。


「今まで、ヴィアがお前との離縁を望まなかったため、公爵家の籍から抜かなかったが、そのヴィアも亡くなってしまった。もうお前をウィンターク公爵家が面倒を見る必要はない」

「俺は子供の父親です!」

「先ほども言ったが、母親を亡くした幼い子供の顔を見に来ることもなく、愛人の家で過ごしていたのに、父親だと言うのか」

「そうです!」


(この男は、僕が何も知らないと思っているのか?)


 わざとらしいと思えるほど大きくため息を吐きだしたアーストンが、オクシスの背後を見て「すまないな」と声をかけた。


「構わないさ。今となってはワタシはれっきとした関係者だしね」


 声に背後を振り向けば、そこには四大公爵家の一角、ウィンノエル公爵家の当主であるクリプトル=ヴェヌ=ウィンノエルが歩いてきており、オクシスの横を通り過ぎるとアーストンの横に並んだ。


「残ってくれている皆にも改めて紹介しよう。ウィンターク公爵家の次期当主となるフィスの後見にとなるクリプトル=ヴェヌ=ウィンノエルだ。この後見については国王陛下にもちろん認めていただいている」


 後見人という単語に多くの貴族が驚きを必死に押し殺す中、オクシスは眉間にしわを作った。


(父親である俺がいるのに後見人? 冗談じゃない! よその人間に俺の権利を奪われてたまるか!)


「どういうことですか! 俺はそんな話は一切聞いていません!」

「言う必要はないだろう。お前は数日後にはウィンターク公爵家の人間ではなくなるからな」

「なにを……俺は! っ! そ、そいつらの父親です! 子供の父親を追い出すって言うんですか!」


 声を荒げるオクシスに、アーストンは不思議そうな表情を浮かべた後、おかしそうに笑う。


「お前はヴィアと初夜を行っていないのに、どうやって子供が出来たと言うんだ?」

「そ……な、なにを言っているんですか」

「能力不足のお前を忌避したヴィアは、このクリプトルと婚姻前に奥方公認で関係を持ち、見事にフィスを懐妊した。ああ、ルディも別の男との間の子供だ」

「嘘だ! 初夜の証拠はちゃんと提出したじゃないですか!」

「お前の小細工など、通用すると本気で思っているのか?」


 呆れたように肩をすくめたアーストンに、オクシスは顔を真っ赤にしてこぶしを握り締めて震えだす。

 事実、婚姻式後に初夜のために用意された部屋にヴィネリアは訪れなかったし、その後も夫婦の寝室にヴィリアが入る事はなかった。

 初夜以降に夫婦生活がないことは使用人を通じてバレていたとしても、初夜についてはうまく偽装出来ていると、今この時までオクシスは安心していた。


(どうしてバレたんだ?)


 自分を傷つけて血液まで用意したのに、とオクシスは奥歯をかみしめたが、アーストンは呆れたようにそれを見ている。


(公爵家の跡取り娘の初夜だぞ。初夜のための部屋に妻が入らなければ親であり当主である僕に報告が来ないわけがないだろう。考えなくてもわかる事が分からないとはな)


 つくづく、こんな男がどうしてルディアの語った未来でウィンターク公爵家を乗っ取っとれたのか、本気で疑問に思い、四大公爵家に並ぶどこかの権力者が後ろにいるのかもしれないと思い始めた。

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