4 転生者でも小説の内容はよく知らない

 実父は戸籍上の父親ではないという衝撃的な発言が終わり、なんとか自分たちなりに混乱を無理やり収めたルディアたちは、特にルディアはそんな設定は聞いていないと、頭を抱えたかったのを堪えた。


「ヴィアは死んでしまったし、お前たちも父親の事を知ったわけだからな、あの葬儀のためにあのロクデナシが家に戻ってきたら、正式に離縁するのが我が家にとって最も利益があるな」


 アーストンが言うと、ルディアはすぐさま頷いた。


「それがいいですわ。だって、おにい様がしんでしまうげーいんのりゅーがくを決めたのは、おとう様ですもの。それにあの人がいなければ、ヒロインがこの家のようじょになることもありませんわ」

「僕が死んだ後にあのロクデナシが戻ってきたとして、フィスを留学させられたのも、その間とはいえ、家を乗っ取ったのも、実子をこの家の養女にしたということも、どれも王家や他の公爵家が黙っているとは思えないことなのだが……」


 アーストンはこの国の貴族の養子制度について軽くルディアたちに説明をする。

 必要で大切なところだけと言われたことは、婿が愛人との子供を養子にするのであれば、正当な血筋と既存貴族もしくは王族からの推薦が必要なのだという。

 他にも能力や心身の状態、忠誠心や精神状態、性格も加味されるが、この場合重要なのは先に述べた二つであると言った。


「正当な血筋となると、お母様の子供は私とルディだけですから、確かにその子供が公爵家の養女になるのはおかしいですね」


 フィディスも不思議そうに首をかしげるが、ルディアも詳しい事情を知っているわけではない。


 首をかしげるばかりで何も判明しないと判断したアーストンは、あっさりと話題を変えることにした。


「その娘やロクデナシの行動については僕の方で調査しよう。ああ、そうだ。ルディの体が本調子ではないところに悪いのだが、ヴィアの葬儀の日取りが決まった」


 ビクン、とフィディスが体を震わせたことが、いつの間にか改めて抱きしめられていたルディアに伝わる。


「殺害された場所が王宮のお茶会会場だからな、王家も動かないわけにもいかず、喪主は僕ではあるが段取りや費用に関しての諸々は王家が行う事になった」


 アーストンがルディアの傍に来ることが出来なかった原因は、ヴィネリアの葬儀に関することで揉めたからだった。

 王家主導で葬儀を執り行えば、ウィンターク公爵家が王家の不手際を許した・・・・・・・と思われる。

 もちろん、王家の、いや、国王であるレンティム=オリス=プグナトルにはそんな思惑などなく、可愛い姪とその実家に対する謝意でしかないのだが、そう素直にとらえてくれないのが貴族というものだ。

 段取りと費用に関しては権利を譲ったものの、喪主の立場を譲らなかったのは公爵家当主としてのプライド故というよりも、体面を守るための妥協点がそこだったのだろう。

 四大公爵家と王家に確執が残る真似をする行動を選ぶことも、公爵家当主として娘を失う原因になった王家を簡単に許すわけにもいかない。


 倒れた孫娘の容態よりも優先しなければいけない事柄。

 それが本来なら次期女公爵になるはずだった愛娘の葬儀についての話し合い。


 そこでアーストンは孫たちに気づかれないよう、心の中でなぜルディアが語るように自分の死後オクシスがこの家に戻り、あまつさえ家を乗っ取るような真似をするのを見逃して死んだのかと考える。

 自分であるのならそうならないように対策を取って死ぬはずだからだ。


(僕の死期は想定しているけど、それ以外の突然死。いや、それでもフィスに関する事なら、静観の構えを取っているあいつも動くだろう。ヴィアが死んでしまった今、フィスの後見は僕と、アイツが正式に名乗る事が出来るのだからな)


 自分も正式に後見の依頼を出すはずだとアーストンは考え、やはりルディアの語った未来が不自然に思えてならない。

 まるで誰かの掌の上で踊らされているような、平民の憧れ・・・・・を集めていい所だけを掬い上げて固めたような、そんな未来だと考え、本当にそうだとしたら気分が悪いと心の中で舌打ちをした。


(ルディに関しては、そもそも勝手な行動はとれないようになっているのに)


 そう考えて、アーストンは眉間のしわをフィディスに伸ばされているルディアを見る。

 ルディアは他の子供よりも酷く虚弱な体質をしている。倒れることや寝込むことが頻繁に起き、体の成長も遅い。

 その分、頭は賢いが少しでも無理をすればすぐに熱が出て寝込んでしまう。

 これに関しては血筋かと、どこか諦めにも似た思いを抱いてしまったが、僅かながら解消する手段もある。

 アーストンと妻となったフィディア=ヴェヌ=ウィンタークがそうであったように。


(もっとも、ルディの相手が僕と同じ覚悟をするとは限らない)


 アーストンは自分の過去の選択が正しいとは思っていないが、間違っていたとも思っていない。

 選びたい未来のために手段を選ばなかった。それだけだった。


 愛妻に似た体質のルディアを必要以上に心配することは、アーストンの中では当たり前であり、優先度は高い。

 そしてフィディスも同年代の平均的な子供に比べれば体は弱い方ではある。

 だが、体を動かすと逆に体調がよくなるようで、六歳の時からウィンターク騎士団で修練を行っている。

 体の成長も遅いわけではない。今のところ疲れやすいように見える。そんなところだ。

 それでも油断は出来ないとアーストンは考えているし、ちゃんと心配もしている。


 まだ体の調子を整える方法があるフィディスに比べ、ほとんど対策のないルディアを優先してしまうだけだ。


(とりあえず今は……ヴィアを死に追いやった第一妃をどうするかだな。前世の記憶持ちとはいえ、ルディはまだ五歳の子供。その子供の言葉を王家と他の公爵家がどこまで信じるか、それが厄介なところだ)


 本来前世の記憶持ちというのは、何かしらに特化した能力、もしくは全体的に優れた能力を開花させることが多い。

 中にはルディアのようにこの世界の事件・・が描かれた記憶の保有者もいた。

 そう言ったものは国々を混乱に陥れるか、逆に混乱の種から救うかである。


 だが、ルディアはこの世界の事件が記された記憶は所有しているようだが、その内容はひどく曖昧で不明瞭。そして不足部分が多々ある。

 他のところで才覚を表す可能性はあるとはいえ、今後の事件の可能性を示唆・・・・・・するためには少々説得力に欠けてしまう。

 もっとも、ヴィネリアの死に関して第一妃が関与している事は、すでに起こった事件・・のため裏付けを取ればいい。


 王太子であるテンペルト=オリス=プグナトルに惚れこみ、他国から無理やり嫁いできた姫。

 その寵愛がヴィネリアにあると知れば、しかもその二人の子供はテンペルトと似た色・・・を持っているとなれば、ルディアが言ったように他の王子たちを始末するついでに、嫉妬で狙った可能性は高い。

 本命は本人から聞き出さなければわからないが、王子たちだと思われる。


(しかし、ルディとウィクトル殿下が婚約? 王家から今回の件の謝罪として婚約を申し込まれても当然断るが、自分の息子が王位争いから外れることを第一妃は許容したのか?)


 この国では四大公爵家の直系を伴侶にするものは、王位継承争いから抜けることが法律で決まっている・・・・・・・・・

 四大公爵は選帝侯でもあり、同時にこの国を守護するという重要な役割があるため、余分な権力を持たないようにするための法律だ。

 それでも四大公爵家は王家の予備である事に違いはない。そして四大公爵家は互いが互いの予備となれるよう、その血筋は複雑に絡み合い混じり合っている。


(もしかして、知らない・・・・のか?)


 他国から嫁いできたとはいえ、この国の人間になって数年経っており、妃教育もしっかりしていると聞いているため、あり得ないとは思いつつも、アーストンはどこか否定できない思いがあった。

 ただ純粋に高位の有力貴族・・・・・・・と縁づかせた方が継承権争いで有利と勘違い・・・しているのだとすれば、その間違いに気づいた時に、息子に王位を継がせようと画策し、その結果が婚約破棄という暴挙の後押しだとすれば、ある意味納得がいく。


(いや、正妃に決まっていた・・・・・・・・・令嬢を押しのけて第一妃・・・になったのだ。この国の事をいまだに学んでいないなどないだろう。ないと信じたい)


 表向きはにこやかに孫たちを見守っているが、アーストンは内心では今すぐにでも頭を抱えたくて仕方がない。

 婚姻の際もゴタゴタがあった第一妃だ。これ以上面倒ごとを起こしてほしくはないのだが、ルディアの話した事件・・を信じるのであれば、この後婚約を申し込まれ、アーストンの死後はオクシスが勝手なふるまいをしてフィディスが死に、暴走したウィクトルのせいでルディアも死ぬ。

 祖父として、ウィンターク公爵家の当主としてそれは阻止しなければならない。そう心に改めて刻み、いつの間にか自分の方をじっと見ているルディアに近づくと、その頭をそっと優しく撫でた。


「さて、もう少し休んで体調が戻ったら、僕と一緒にお話し合い・・・・・をするために王宮に行こうか。それとも、あんな事件があった王宮にはもう行きたくないか? そうなのであれば、好きなだけ領地で過ごすことが出来るよう手配しよう」


(お話し合いって、絶対平和なものじゃないのでしょうね)


 あくまでも優しい笑みと優しい声音だが、王家に対するアーストンの感情は複雑なものになっていることはルディアでも想像がつく。


「大丈夫ですわ、おじい様。わたくしもちゃんとお話し合いにさんかしますわ」

「うん。その時にルディがさっき話してくれたことをもう一度話してくれ。ああ、フィス」

「はい」

「解説を、いや、フォローをくれぐれも頼むよ」

「ご心配なさらずに。ルディに関するすべての事はどうぞ私にお任せください」


 にこやかに言い切るフィディス。ルディアは前世を思い出す前はそれが普通の事なのだと受け入れていたし、前世を思い出した今も多少テレは出てしまうが、フィディスのサポートやフォローを断るという選択肢は思い浮かばない。


「おにい様」

「なにかな?」

「わたくしもおにい様をおたすけしますわ」


 ルディアの言葉に少し驚いたフィディスだったが、すぐに笑みを浮かべると少しだけルディアの前髪を指先でよけると、見えた額に優しくキスをする。


「ありがとう、ルディ」


 そう言いながら唇を離した後の額に自分の額をくっつけてフィディスが目を閉じるので、ルディアもつられて目を閉じる。


「私の光。愛しているよ」

「ええ、わたくしもおにい様が大好きですわ」


 多大な溺愛が混じっているとはいえ、仲睦まじげな兄妹なだけなのだが、禁断の関係と勘違いされてもおかしくないと、アーストンはどこで止めに入るかタイミングを見計らう事に集中する羽目になった。

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