3 選んでいなければむしろ大問題です

 まずアーストンに対し、医師からルディアは母親が目の前で刺されたショックから前世の記憶を取り戻し、2つの記憶を処理するために混乱している可能性が高い事。

 些細なことでパニックに陥ってしまう可能性がある事が説明された。


「なるほど。前世の記憶とはまた難儀な話だな」


 アーストンは苦笑を浮かべるが、ルディアが前世の記憶が蘇ったこと自体には嫌悪感は抱いていないようだ。

 前世の記憶を思い出したことにより、人格や性格が変わる者もいるため、よく思わない者が、特に貴族にはそれなりの割合でいるのだが、アーストンはそれに当てはまらないらしい。


「しかしながら、前世の記憶が蘇ったことと、ヴィアが死んだ原因を知っている事は関係がないように思えるのだが?」


 確かに通常であれば何の関係もないように思うのは当然だ。

 だが、ルディアが思い出したのはこの世界が舞台の、もしくはひどく類似した世界を描いた小説の内容をざっくりと知っている前世の記憶だ。

 ざっくりとなので、当然わからないことも多々あるのだが、前世の姪が話してくれた内容はすべて覚えている——気がする。


「おじい様、わたくしが思い出したきおくは、この世界にとってもよくにた世界のお話がある世界のきおくですの」

「…………フィス」


 ルディアの言葉を聞いて少し考えたアーストンだが、笑顔を崩さないまま頼りになる孫の名前を呼んだ。

 呼ばれたフィディスはみなまで言わずともわかるとでも言うように、小さく頷くとルディアの頭を優しく撫でながら尋ねる。


「世界の話というのは出来事の記録をまとめた……伝記や歴史書のようなものかい?」

「いいえ、挿絵の入ったしょーせつですわ」

「絵本とは違うんだね?」


 頷くルディアにフィディスは考える。


「その小説の内容はどういうものか覚えているかい?」

「ええ」


 ルディアは『夜明けの聖女~空の果ての約束の大地~』の覚えている内容を全て伝えた。

 とはいえ、自身が読んだわけではなく姪から聞いた内容なので、本当にざっくりとしたものしかわからず、時折フィディスに質問をされてそれに返す形で話を続けた。


 フィディスたちにとって重要なのはルディアがどうして自殺したのかと、ヴィリアの死に関することだった。


「おかあ様をころした変な人は、だい一妃がいらいしたの。ほかのおじ様のこどもと、おかあ様がちょーあいされているから、まとめてころすようにいらいした……でしたわ、うん」

「りゅでぃアがじさつするのは、おにい様が死んでしまって、ほかに心のよりどころがなくて、いぞんしていたからですわ」

「おにい様は、りゅーがく先で流行り病でしんでしまいますの」

「ウィクトルでんかは、おじい様がなくなるまでは、すごくいいこんやくしゃの演技をしていますの」

「ウィンタークこーしゃく家は、おじい様がなくなった後に、おとう様が家に戻ってきますの。それで、当主だいりになって、そのけんげんを使っておにい様をりゅうがくさせますの」

「リズリアはおとう様が正式にこの家のようじょにしますのよ」

「他のこーしゃく家や王家ですの? ウィクトルでんかとリズリアに注意はしていたようですけど、本格的にうごいたのは、りゅでぃアのしごですわ」

「こんやくしたのは、だい一妃の強いきぼうですわ。でも、こーしゃく家の人間をはいぐうしゃにすると、王位けいしょーは出来ないとしって、こんやくはきをウィクトルでんかにすすめますの」


 聞かれたことに対して、一生懸命思い出しながらルディアが話すと、フィディスとアーストンは笑顔を維持しつつも、その眼から温度はどんどん失われていくのが分かるし、部屋の空気も冷えていくようであった。

 しばらくルディアが話をし、婚約破棄の後は……と話を続けようとしたところで、アーストンが「それについては、今聞く必要を感じないから話さなくていい」と話を止める。


「第一妃となると、プーパ=エジス=プグナトルか。ふん。異国のお姫様はろくでもない事しかしないようだ」


 アーストンは笑って肩をすくめたが、その眼は冷え切っており、第一妃のプーパに対していい感情を抱いていないのだと察することが出来た。


「しかし、僕の死後にあのロクデナシがこの家に戻って来るのはともかく、フィスを追い出して家を乗っ取る? 愛人の娘をこの公爵家の養女にする? そんな異常状態を王家や他の公爵家が黙っている状況が不自然だな」

「そうですよね。四大公爵家の一角が、婿養子に乗っ取られるなんて」

「ん? あのロクデナシはヴィアの婿ではあるが、婿養子・・・ではないぞ。あいつはいまだにヴェヌと名乗る事を許されていないからな」


 フィディスの言葉を否定したアーストンだが、どういう意味なのかとルディアたちは首をかしげてしまう。

 それを受け、アーストンは二人が理解できるように言葉を選んで説明をする。


「あの男、オクシス=ヴァル=ウィンタークは確かにヴィアと結婚し、ウィンタークの名前を名乗る事が出来ている。だが、公爵家の一員として認められたことを意味する、ヴェヌ・・・は与えられていない。つまり、名ばかりの配偶者・・・・・・・・の状態だ」


(なるほど、わからん)


 ルディアが何とも言えない表情を浮かべている事に気づいたのだろう。フィディスがさらに言葉をかみ砕いて説明をしようとするのだが——


「そうだな、お父様はお母様の夫ではあるけど、公爵家の人間ではない。うーん、お母様のオマケみたいな感じかな? ああ、でも私たちの父親だからオマケというのもおかしな言いかたかな」


 フィディスもいまいち理解しきれていないようで、話しながら首をかしげてしまう。

 子供が二人で首を傾げていると、アーストンが「それも少し違うな」と楽しそうに笑った。


「間違いなく、名ばかりの配偶者だ。お前たちの父親はそれぞれ別にいる。あの男は本来ならヴィアの夫になるはずだった者の弟だ。そもそも、あのヴィアが同年代の男を子供を作る相手として受け入れるはずがない。あの子が恋愛相手として好む相手は、その……少々特殊でな」


 どこか遠くを見るような目をしたアーストン。

 ますます意味が分からないと、ルディアとフィディスはじっとアーストンを見つめた。

 子供の純粋な目で見つめられ、アーストンが「う~む」と困ったように顎の下に手を当てて、一度目をつぶった後「ここにいる者なら知っても大丈夫か」と呟いて話し始めた。


 アーストンの告白内容に、ルディアだけでなくフィディスも思わず頭を抱えたくなったが、幼いながらも貴族としての矜持がそれを許さなかった。

 とはいえ、叫びだしたい衝動を堪えるため、二人の眉間にはしわが寄り、無意識に互いに手を繋ぎ合わせている。


「そんなわけで、オクシスはヴィアの夫ではあるが、伴侶・・子供の父親・・・・・とは認められていない。能力と性格的にも迎え入れるべきではないと思っている」

「確かに、ほとんど家に帰ってこない人をお父様と認めるのは微妙ですけど」

「わたくし、おとう様には手でかぞえるぐらいしかお会いしたことがありませんわ」


 しかし、年齢はともかく、能力と性格とはどういう意味だろうかと兄妹が揃って首をかしげると、それを察したアーストンが重い口を開く。


「まともに教育も受けていない他家の人間を、いきなり家人として身内に入れるとが出来るほど、ウィンターク公爵家は安くない」


 その言葉に納得は出来るが、教育を受ければ問題ないのでは? と思いつつ、外に愛人を作ったからだめなのか? ともルディアは考える。

 だが、現実はそんな甘いものではなかった。


「婚約してから5年、全く成果が出なかった。結果、オクシスと初夜を迎えるぐらいならと、ヴィアが強硬手段に出た結果、見事に懐妊し、フィスが生まれた」

「私はそんな経緯で……」


(お母様、行動派でしたのね。初めての相手がお父様はいやだと思って、恋人と婚前交渉を……)


 僅かながらにショックを受けているフィディスの横でルディアがそんなことを考えてしまった。


「あの、お爺様」

「なにかな?」

「お母様は、その……男性関係に開放的だったのですか?」


 その言葉に、思わず八歳児の発言じゃない! と叫びそうになったルディアだが、貴族教育は三歳から始まるので、男児はそういう教育も受けるのかもしれないと黙る事を選んだ。


「そういうわけではないが、ヴィアは……そう、だな……もちろんお前達の父親を愛しているし好いていると言っていたが、それ以前に、なんというか……少々わがままなところがあって、だな」


 ひどく言いにくそうにアーストンは話すが、結局のところわがままだったのか、と兄妹は微妙な顔をしてしまう。


「もちろん、わがままといっても無理難題を押し通すわけではない。ただな……、突拍子もないんだ」

「…………例えば?」


 恐る恐るフィディスが尋ねると、アーストンはしばらくの間考え、やっと口を開いたかと思うと——


「フィスの父親の奥方に、旦那さんの子種をもらってもいいか、と……直談判しに行った。とかだな」

「「はぁ!?」」


 貴族の作法的には問題があるのだが、思わず大きな声で素っ頓狂な声を出してしまったルディアとフィディスを責める者はいなかった。


(お母様、奥さんのいる人と恋人だったのですか!? しかも直談判って、何を考えておりますの!?)


 ルディアは内心、呆れていいのやら行動力に感心していいのやら、それとも不貞行為に嫌悪感を抱くべきなのかと悩んでいるあたり、思っている以上に混乱しているのだろう。

 フィディスも今まで信じていたものが嘘だったと教えられ、少なからずショックを受けている。

 

 そんな二人を見て、さもありなんとアーストンは肩をすくめたのだが、やはり否定の言葉は発しなかった。

 否定はしないのだが、一応フォローのつもりなのか——


「ちゃんと公爵家の娘として相手は選んでいたぞ」


 とだけ言ったのだが、ルディアとフィディスはなんのフォローにもなっていないと、これまた微妙な表情を浮かべてしまうのだった。

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