🍍第6話 女神降臨 2
やがて現れた重厚な扉の向こうには、大勢の死神が整然と並び、赤い絨毯の先には階段があり、その上には玉座。
階段の下には、金色のまき毛を長くたらした女や、それに付き添うその他大勢らしき影が玉座に向かい、うやうやしく跪いていた。
女は、自分こそ『慈愛の女神』だと名乗る女であった。
「ブルーエ大公殿下、ならびに、ご婚約者にして尊き慈愛の乙女パナケイアさま、ご入場!」
広々とした広間の中央を、ブルーエに腕を確保されて並んで歩きながら、ご大層な紹介をされた小夜子は、どうでもいいことを考えていた。
『やっぱりパイナップルに聞こえる……英語の「L」と「R」は、日本人には聞き訳が難しいと言われているけどそんな感じ? 違う? おかげで頭の上にまぬけたパイナップルのヘタが生えちゃって……ああ無情……』
やがて、ひざまずいている『ぼろい死神』とゴージャスな金髪巻き毛を、無視したブルーエは、玉座の隣にあった、小ぶりの王妃さま用の椅子? に小夜子をそっと座らせてから、実に堂々とした仕草で、自分も玉座についていた。
小夜子の横には“老アルジャン”が立っている。
ちらりと視線を送ると、彼は小夜子の気持ちを汲み取ったのか、小声で「なにかおっしゃりたいときは、わたくしめに……」そう耳元でささやいてくれた。
「敬語は大丈夫だけれど、お姫さま言葉なんて、どうしたらよいざますか!?」
実のところ、小夜子はそんなことも考えていたので、ひとまず安堵し、右手をふさいでいた金の鎌を彼に手渡そうとしたが、「鎌は自身の命の象徴、決して手放してはなりません」そう、再び耳元でささやかれる。
「え? ブルーエも“老アルジャン”も、持ってないじゃん!?」
そんな小夜子の考えをお見通しであった彼は、心の中で身に着けられる「なにか」を想像すればいい。そう教える。
なにか……それにしても、なにもかも説明不足の大舞台だな……。
信頼と実績を豪語した小夜子は、これも濃い顔になるための我慢と小声でブツブツ言いながら、ふとブルーエに目をやると、彼が左の薬指に、エメラルド・カットと呼ばれる、四隅をステップカットされた、青い長方形の宝石に、鎌のしるしの刻印が入った、銀の指輪をつけていることに目をとめた。
『あれか! 指輪! よし、わたしも指輪にしておこう! わたしの鎌よ、あんな指輪になれ!』
仮面の奥から金の鎌を睨みながら祈ると、思った通り、一瞬煙に包まれた金の鎌は、似たような形で、銀ではなく金の台座の少し小ぶりな指輪になり、やはり自分の左の薬指についていた。石は淡いピンク色だ。
『持ち歩きは便利だけど……なぜに左の薬指? 婚約者だから?』
実のところ、小夜子が左ききであれば、右の薬指についていた。
そんな扱いやすさが理由ではあったが、いまはそれどころではなかったことを思い出した彼女は「至極当然」そんな仕草で、椅子に腰かけたまま、金髪巻き毛の「自称・慈愛の女神」と、それを助けた『ぼろい死神』ならぬ『救世の死神』とやらを、仮面の奥から不審なまなざしで見下ろしていた。
巻き毛女は遠目にも美しく華やかで自信ありげな様子であったが、小夜子が注目したのは、横のぼろい『救世の死神』だったのである。
「どこかで見たような……まあ、だいたいの死神が似てるといえば、似ていないこともないけれど、違いといえば鎌の大きさとか、刃の横や持ち手の彫刻……飾りとか?」
巻き毛の横で胸を張り、自分の活躍を長々と話している、ペラペラマントの『救世の死神』は、これみよがしに自分の鎌を見せつけていたので、小夜子は鎌をじっくりと観察する。
「救世の死神……う――ん、ホントに、どこかで見たような気がする……」
鎌の先には、赤いボンボンのような、ピンポン玉くらいのトゲトゲした、安っぽい飾り石がぶら下がっている。
『トゲトゲの飾り石……飾り石……あっ! 思い出した! あいつ夢の中で、羽根つきの大蛇にやられてあっさり気絶していた役立たず! 夢だと思ってたらアレも本当の出来事だった!』
救世の死神とやらに小夜子の不審な視線を感じたブルーエは、彼女に問いかける。
「どうかしたのか?」
「……ひとつ質問ですが」
「言ってみろ」
「この世界では、王族にウソをついても、お咎めはないんですか?」
「そんな訳なかろう……」
その言葉に付け足すように、横に立っている“老アルジャン”が、天気の話でもするかのごとく口を開いて説明をする。
「基本は、水攻めの上、八つ裂き、ギロチンで首を跳ね落としてから、逆さ吊りにして火刑、その上で、城壁に野ざらしのフルセットでございます」
「そこまでされると、死神も死んじゃうんですね……」
そんなアンハッピーセットは嫌だなぁ……と、小夜子は思っていたが、話は更に続いた。
「火刑が肝でしてね、人間界とは火力が違いますから火力が! で、そこで、あなたさまの出番です」
「はい?」
「火力が強いので灰になる前に、パナケイアさまに、ほどほどに手当の祝福を頂きまして……苦痛に満ちたそれを、城壁に吊るすという工程になります。今回も、まあ、そうなるかと、はい」
「そう……」
『火力が違うとか……どこかの料理番組じゃないんだけど……あと、癒しの魔法が拷問道具になっちゃってる! さすが死神の世界! 容赦ないなっ!』
その会話は、少し離れた通路に敷かれた絨毯の上でひれ伏す自称「救世の死神」とやらにも少しは漏れ聞こえていたようで、彼はいままでの饒舌さもどこへやら、引きつった顔で固まっていた。
『それにしても、かなりな残酷行為を、さらっとフルセットとか、結構気楽に言うな……いきなり気絶とかしたらどうする気だったんだろう? たぶん一般人は気絶するよ? わたしだから平気だったけどさ?』
そう、実は“老アルジャン”は、極東支部長官だけあって、ブルーエとは違い、ある程度、生前の小夜子の所業は知っていたのである。
『人でなしの東洋人』のことも……。
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