🍍第5話 女神降臨 1

 いつの間にか誰もいなくなっていた部屋には、頭に小ぶりながらも豪華な金の王冠を生やした? 薄い顔のままの小夜子の絶叫が響き渡り、なんの用かしばらくして、再び現れた王子さまと“老アルジャン”は、少しだけ驚いていた。


 冠はともかく、彼女が仮面をしっかりつけていたから。


「仮面は別につけなくても構わんが?」

「いや、絶対に外しません!」

「どうかしたのか?」

「いろいろと……あと、相談もあります……」

「あとで聞こうじゃないか……わたしも君に用事がある。ま、とにかく先に着替えたまえ、持ってこさせているから」

「え……?」


 女神に転生を果たした小夜子は、王冠? と自分の薄い顔の釣り合いに悩んだ末、部屋の壁に飾ってあった仮面をつけて、とりあえずなんとか取り繕ったつもりであったが、服装がいただけなかった。


 彼女の出で立ちと言えば、転生前から着ていた、おへそ丸出しのクロップド丈の不気味なピエロ柄のトップスに、膝丈よりも更に短い、ジャージ素材の短いパンツ、そして、安物のサンダル履きだったのである。


「だって真夏だったから、あっ、暑いし、歩いて家に帰るだけの予定だったから! いつもは、スっ、スーツをきちんとっ!……休みだったし……あの、もう少し楽な服装になりません? 社会人なので自分で選べますがっ!」


 小夜子は全裸の彫像は大丈夫なのにと、王子さまに提示された、自分の趣味ではない、様々なドレスを眺めつつ、言い訳を添えて不満を訴えてみたが、結局、王子さまのとなりに並んでも釣り合いが取れる装いに着替えさせられ、金の大鎌を持ったまま彫像のならぶ廊下を連行されていた。


『このデッカいは気にならないのに服はダメなの!?』


 そんなことを考えながら……。


 小夜子が身に着けている蔓草模様を織り出した絹地の白いドレスは、緋色のリボンで胸元で切り替えられ、床に長く裾をひいている。


 このドレスのスタイルは、ナポレオンの皇妃となったいまは亡きフランス皇后ジョゼフィーヌのスタイルによく似ていた。


 膨らんだパフ袖にあわせた肌が見えない長く白い手袋は、あつらえたかのようにぴたりと肌に吸いつき、両腕にかかる透けた絹の平織りでできたフリンジのついた長く透けたショールには、ブルーエの紋章である組み合わさった鎌と蔦、そして中央に蛇の絡まる髑髏が、白く輝くプラチナと、ひと粒づつ縫いつけられたダイヤで、精緻に刺しゅうされている。


 この衣装への着替えを手伝ってくれた魔女たちは、はじめ小夜子の頭に生えている金の冠を取って、ハトの血色、つまり最高級のルビーとおぼしきビジョンブラッドの飾られた、金の台座の華やかなティアラと交換しようと試みていたが、案の定というか、どうやってもは取れなかった。


 彼女らは少し考えたあと、をなんとか短く刈り込んで、真抜けた元の形から小さな冠形に整え、蛇の絡んだパイナップル冠の隙間に、星型の台座にはめ込まれた金と青いガーネットで作られた飾りを幾つも差し込むと、パイナップル冠のうしろに、白く巨大なふわふわした羽を何本か飾り、手袋をした手首には、五連の華奢な最上級の青いガーネットとダイヤの組み合わされたブレスレットをつけ、すべてのアクセサリーを、なんとかバランスよく組み合わせ、なんなら素晴らしいティアラに見えるくらいに、の葉っぱの先ひとつひとつにも煌めくダイヤをしずくのように垂らし、長く艶やかな黒髪を、低い位置に複雑に結い上げると、首には見たこともないくらい、大きなカラットのダイヤのチョーカーをつけて小夜子を飾りたてたので、その姿はまさに女神そのものであった。(仮面つきではあるが)


「魔女って凄い……前世の雇用主だった宝石商に見せつけたいほどの素晴らしい腕前……これで顔さえ間に合っていればよかったのにね……みじめが加速する……」

「顔がどうかしたのか?」


 小夜子はブルーエの反応に、かなり意外な気がして仮面を少しずらすと、彼に自分の薄い顔をこっそり見せる。


「もしかして顔と合ってないのに、気がついてませんでした? 視力よくないんですか?」

「ああ……基本的に、われわれは顔ではなく魂の姿や色でしか見ないから気がつかなかった。他もそうだと思うから、問題ないと思うがな?」

「そう……それはよかったです……」


 わたしは何色の魂なんだろうと思いつつ、それでも少し安心して、しかしながら用心に超したことはないと、仮面を顔面に戻しながら、ブルーエと一緒に歩いていた小夜子のうしろにいた“老アルジャン”が、更に耳寄りなことを教えてくれる。


「そのが気に入らないのでしたら、いくらでも変えられますよ?」

「えっ!? ほんとに!?」


 思わず振り向いた小夜子に、ブルーエは顔をしかめながら“老アルジャン”に注意する。


「あとにしろ、いまは先に済ませることがある。わたしの期待を裏切るな……慈愛の乙女よ」

「で、では、さっさと済ませましょう! 早く! 早急に! なんだか知りませんが、乞うご期待!」

「難しい話ではない。ちょっとした問題を、なんとかしてくれればよいだけだ」

「了解です! この鎌で一撃ですよ! わたしに情け容赦なんてありません! なんといっても、実績がありますから!」

「……実績……まあよかろう。期待させてもらうぞ」


 先ほどまでのやる気のなさはどこへやら、小夜子はブルーエを引きずる勢いで、金色の鎌を担ぎ、紅水晶ローズクオーツでできた、つま先から絡まる金の蔦の飾りが美しいハイヒールの踵の音を、周囲に響かせながら、元気いっぱいに早歩きをしていたし、ブルーエは、いままで興味もなかった、小夜子(人間時代)の短い人生を、あとで調べてみるかと考えながら、左手を伸ばして、自分と腕を無理矢理組ませ、その勇み足を引き留めて、ため息をついていたが、無論、小夜子は知ったことではなかった。


『顔が変えられる……ひょっとしたら、ここは天国かもしれない!』


 慈愛どころか、身勝手が詰まった女であった。

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