🍍第3話 メタモルフォーゼ  1

 仮面を外した王子さまは彼女を見るのを止めて、となりにいた老人と話をはじめていた。


 しばらく窓の外を見ていた小夜子は、「クモの糸」を諦めると、こっそり会話に聞き耳を立てる。


「無理やり連れてきた割には元気そうじゃないか? しかも以前よりも格段に」

「御意にございます。長くされていらしたので、少々記憶が混乱されていらっしゃるご様子ですが、この分でしたら、すぐにでも復帰できるかと……」


『無理やり連れてきた……って、いま言った? 復帰ってなに?』


 小夜子はそんな風に内心驚き、思わず振り返ると、眉を寄せて王子さま(仮定)が仮面を外していることに、少し驚いたものの、それどころではないと、すがめた視線を投げるが、彼は一向に気にしていないようだった。


「無理やり連れてきたって、いま言いましたよね!?」

「はじめに逃げたのは君だ。それに、いろいろと心配したが、なにも問題はないようで安心したよ」


『なに言ってんだコイツ?』


 そんな気持ちが思いっきり現れていたらしき小夜子の顔を、無表情なまましばらくながめていた、『青い髪の王子さま』は、彼女の手を取ると、よくある物語のように、そっと持ち上げた手の指先に口づけをしてから自己紹介をする。


「わが名はブルーエ、この“死神の世界”を支配する“四本の柱”のひとりだ」

「ブルーエ大公殿下にございます……覚えていらっしゃいますか?」


「申し訳ございませんが……」


 横にいた執事っぽい死神? の補足を聞きながら、小夜子は意外にも王子は、かなりのイケメンであったと思いながら、どうでもいいことを考えていた。


 ここは“死神の世界”……そして、死神ですら階級社会なんだ……この青いのは絶対に苦労知らずの上級死神! 深夜の半額弁当なんて見たことないだろう! その顔面にひと目ぼれするとでも思った? あいにくとわたしは人を顔で判断しない!


 薄い顔の祟りかいびつな嫉妬心か、小夜子は目の前に現れた、少し暗闇の映るような、人の心を飲み込む魅力を放つ金色の瞳にも、廊下に並んでいたどんな彫像よりも凛々しく整った王子さまの顔立ちにも反応せず、「ちょっと顔がよくて濃いからって、出し惜しみしてるわけ!?」などと、ひどくひねこびた感想を胸の奥底に抱いただけであったが、ブルーエはブルーエで、彼女の反応にはなんの興味もないらしく、大切な存在などではないが、失くしては困る実用品が見つかった。そんな対応であった。


 彼は実に型にはまった、まるで弔辞でも読み上げているような感情のない低く抑揚のない声で、小夜子の耳にこの世界での事実をささやく。


「お帰り、わたしの慈愛の乙女、死神を支配する女神、愛する婚約者よ……」

「…………」


『え? 乙女? 女神? え? 婚約者だと? そんな話は全部知らない……誰とも付き合ったことすらないのに? でも、この西洋テイスト満載な世界のお姫さまだったら、わたしの薄い顔はかなり大問題なはずなのに、なにも問題はないって言ったよね? じゃあ、こ、これって、濃い顔のに生まれ変わったってこと!? 仏さま、輪廻転生を信じてなくて、いままですみません!』


 小夜子は、そんなことを考えつつ、周囲を見渡し大きな鏡を見つけて、期待に胸を膨らませ、今度は素早く走ってゆこうとしたが、まだ体と心がなじんでいないのか、彼らの会話を薄っすら聞き取りながら、床に崩れ落ちそうになり、床に顔面から落ちるところを助けてくれた王子さまの腕の中で、意識を手放していた。


「……間違いなく……ほんとうに“”なんだろうな?」

「ご心配なく、わたしの目に狂いはありません……魂の色をご覧くださいませ……」

「まあな……」


『パナ……なんだって? パ……パ、パ……パイナップル? わたしはパイナップルの女神? 死んだと思ったら、女神に転生なんて凄くない? パイナップルだけど! きっと、とってもの南国系女神なんだ……』そんなことを思いながら……。


 想像力すら残念な小夜子は、横たえられたベッドの上で周囲の心配をよそに、ニマニマしながら深く眠り続ける。


 そう、実のところ彼女は、否、死神たちも知らない、あがらえぬ事実と向かいあうために、ブルーエですら置き去りに、深く眠りに落ちていたのである。


 彼女は夢の中で、緑色のを王冠のように頭にのせ、もとい、、金色の大きな鎌を担いで、広がる青い空の中に立ち尽くしていた。遠くに見える景色に、少し顔をしかめたまま……。


 そんな訳で、いまのところ小夜子とブルーエの間には愛情どころか、信頼の「し」の字も芽生えていなかったが、「執事っぽい死神」と認識されていた、マイペースなブルーエの側近で、極東支部長官、通称“老アルジャン”は、ふたりの結婚式に呼ぶ招待客のリストアップを脳内ではじめていたのである。

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