第8話

「冷めないうちに頂こうか」

「いただきます」

今日の我が家のメニューは白米に肉じゃが後は野菜たっぷりの豚汁だった。

お母様は料理をしないので家政婦の杉本さんのお手製だ。

我が家の食事のルールとして食べている最中は喋らないというのがある。

食べ終わったらお茶を飲みつつ今日あったことを話すのだ。

杉本さんの料理は相変わらず美味しかった。

食事も終わり杉本さんが食器を下げてからお茶を配ってくれる。

「楓。大丈夫だったかい?」

お父様が心配そうにそう言ってくる。

「ええっと・・・」

「もう。お父さんったらそれだけじゃわからないでしょ。楓。痴漢にあったそうね」

「どうしてそれを?」

「富沢先生が電話をくれたのよ」

「可愛い可愛い私の娘に手をだすとは絶対許さん」

お父様の顔を見ればこれは本当に怒っている時だ。

「犯人は捕まったから・・・」

「怖い思いをしたわね。帰りは大丈夫だったの?」

「うん。久美の家の人が車で送ってくれたから」

「そう・・・」

「しばらくは電車通学をやめて送り迎えしてくれるって」

「悪い人ではないとわかっているが借りを作ってしまったな」

久美と仲良くなったことで昔は色々あった。

最初は両親は極道一家の一人娘である久美との付き合いを反対してきた。

だが、何度も説得して友人関係を認めてもらった過去がある。

今では親友と呼べる存在であり私にとって久美はいなくてはならない存在だ。

「それで、学校に残って勉強をしていたようだけど急にどうしたの?」

今まで学校に残って勉強などしたことがない。

授業が終われば真っ直ぐ家に帰ってきていた。

「新しく友達になった人がいて付き合ってたの」

「そう・・・」

お母様は納得してくれたようだ。

だが、お父様は突っ込んで聞いてくる。

「相手は男の子じゃないだろうな?」

誤魔化すのは悪手だろう。

そう判断して私は逆に聞いてみる。

「男の子だと何か問題があるのですか?」

「当たり前じゃないか。楓にはまだ早い」

お父様の中では私はまだまだ可愛い娘のようだ。

「あら。お父さん。楓も思春期の娘なんですよ?好きな人の1人や2人出来ても普通ではないですか」

お母様はそう言って援護してくれる。

「しかしだな・・・」

だが、お父様は認めたくないようだ。

「あらあら。お父さんにも困ったわね。あんまり束縛すると嫌われちゃうわよ?」

「うぐ・・・。わかった。認めよう。ただし、清く正しい付き合いをするんだよ?」

「わかってるわよ・・・」

私は思い人であることは黙っておくことにした。

まぁ、お母様にはばれていそうだけど。




私は入浴を済ませてピアノに向き合っていた。

私の習い事の先生はお母様だった。

集中して曲を奏でていたつもりだったのだが叱責が飛ぶ。

「嬉しいことがあったのはわかるけど感情が乗るのはあまり喜べたことではないわね」

「すみません」

人間なのだ。

気分で調子が変わるというのは普通にあることだ。

だが、聞いている人にそれを悟られるというのは奏者としては失格だ。

私は深呼吸をして再びピアノと向き合う。

私は「平常心。平常心」と心の中で唱えてから演奏を再開した。

お母様はそれを黙って聞いている。

1曲演奏が終わりお母様の方を見る。

「まぁ。最初よりはましになったわね。これからも精進するように」

「はい」

「今日はここまでにしときましょう」

「ありがとうございました」

「話は変わるのだけどね。貴方の思い人はどういう人なのかしら?」

食事の時は深く突っ込んでこなかったがお母様は興味津々というように聞いてくる。

「お母様・・・?」

「あら。自慢出来ないような人を好きになったのかしら?」

「そうではないですけど・・・。恥ずかしいです」

正直、何故好きになったのか。

改めて考えてみると運命を感じたとしか言いようがない。

「お母様。お父様には絶対内緒ですよ?」

「わかっているわ・・・。あの人が聞いたら絶対何かするもの」

溺愛してくれているのは嬉しいが楓がかかわるとテンションがおかしくなるのが玉に瑕だ。

「入学式の時に一目見て好きになったんです」

「あらあら。一目惚れってやつかしら?でも、最近になって進展したってことは何かあったのかしら?」

「彼が外部受験をすると聞いて思いきって告白したんです」

「そうだったの・・・。それでお付き合いはしているの?」

「いえ。私のことを知らないからと断られました。でも、友達にはなれました」

「今の学校も名門だと思うけど外部受験するということは何か目標でもあるのかしら?」

「自衛官になりたいそうです」

「立派な目標ね。私は応援するわよ?」

「ありがとうございます。お母様」

「ふふ。ゆっくり距離を詰めればいいわ。若いのだからね」

「はい・・・」

お母様が認めてくれて私はほっと息をはいた。

まだ、友達になったばかりでどうなるかはわからない。

それでもお母様が認めてくれたことで勇気を貰ったような気がした。

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僕は君のことを知らない 髙龍 @kouryuu000

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