第7話

はじめ君は、常に誰かと一緒にいて仲のよい友人が何人もいるのだと思っていた。

だが、実際には親友と呼べるような仲の人がいないらしい。

「へぇ。意外だね。常に誰かと一緒いるから・・・」

久美が遠慮なくそう言う。

「う〜ん。学校内では話したりしても外では全然かな」

「そうなんだね」

「これで、部活とかしてたらまた違うんだろうけど僕は帰宅部だから」

「えっ〜。運動神経悪くないのにもったいない」

はじめ君はスポーツが得意なのだ。

体育の時なんかは同じ授業を受けている女生徒の黄色い声援が上がったりするらしい。

らしいというのは私達のクラスははじめ君のクラスと共同授業がないのだ。

せいぜい、教室の窓からちらりと見るぐらいだ。

それでも、私は満足なのだが。

「部活は誘われたけど家庭の事情でね」

「家庭の事情かぁ・・・」

「二人はどうなの?」

「私達も家庭の事情ってやつかな」

「そうだね。習い事が多くて・・・」

私は小さい頃から様々な習い事をしていた。

それを考えると部活をする余裕はなかった。

「へぇ。例えばどんな習い事してるの?」

「ピアノに茶道とか生け花とか・・・」

「まるでお嬢様みたいだね」

「うん?楓はお嬢様だよ?」

久美は何でもないようにそう言う。

私は世間的にはお嬢様の範疇に入るのだろう。

だが、学校ではそれをなるべく隠していた。

過去に色々あったのだ。

「はぁ・・・。はじめ君。皆には言わないでね?」

「わかったよ」

そこからはそれぞれ教科書を取り出し黙々と勉強に集中した。




キーンコーンカーンコーンとチャイムの音がする。

「下校の時刻になりました。忘れ物に気を付けて帰りましょう」

そうスピーカーから放送委員の声がする。

「もうこんな時間か・・・」

「時間が経つのは早いね」

いつもより集中していたからか時間が経つのが早く感じる。

使ったノートと教科書を鞄にしまい帰り支度をする。

忘れ物がないことを確認して席を立つ。

3人で雑談しつつ下駄箱に向かう。

「今日は助かったよ」

はじめ君が改めてお礼を言ってくる。

「わからないところがあったらいつでも聞いてね」

「ありがとう」

靴を履き替えて校舎を出る。

日が傾きオレンジ色に空が染まっている。

校門のところには一台の車が止まっていた。

私達の姿を見ると運転席から男の人が降りてくる。

「お待ちしてました」

考えてみれば送り迎えをお願いしたが帰宅時間を伝えていなかった。

ずっと待っていたのだろうか?

それを考えると申し訳なくなってくる。

「お待たせしちゃいましたか?」

「いえ。これが仕事ですので」

男の人は嫌な顔1つせずそう言ってくる。

「それじゃ。私達はここで」

はじめ君に別れを告げて車に乗り込む。

私達がシートベルトをしっかり着けたのを確認して車はゆっくりと動き出した。

「お嬢。さっきの人は?」

「うん?あぁ・・・。大丈夫よ。彼は楓の思い人だから」

「そうですか・・・」

それを聞いて運転手の男の人は安心したようだ。

「お嬢に男が出来たなんて聞いたら親父がどうでるか・・・」

あぁ・・・。

確かに久美のお父さんは久美を溺愛している。

彼氏なんてできた日には大荒れだろう。

「久美は気になってる人とかいないの?」

「ん〜。私はまだいいかな。楓のことも放っておけないし」

「私のことを気にしてくれるのは嬉しいけど自分の幸せのことも考えてよ?」

「わかってるわよ」




何事もなく車は私の家に着いた。

「送ってもらってありがとうございました」

「いえ。明日も迎えにきますので」

「はい。ありがとうございます」

「それじゃ。またね」

「うん」

私は車を降りて我が家に入る。

玄関の開く音が聞こえたのだろう家政婦である杉本さんが顔をだした。

「お嬢様。お帰りなさいませ」

「ただいま戻りました」

「今日は遅かったのですね。奥さまが心配されてましたよ」

「学校で勉強してたの。お母様は部屋かしら?」

「はい。お部屋でお休みしてますよ」

「そう・・・。私は部屋に戻りますね」

「後でお茶をお持ちします」

「ありがとう」

部屋に戻った私は制服を脱ぎ部屋着に着替える。

そこに「コンコン」と扉をノックする音がする。

「どうぞ」

扉が開きお盆を手に持った杉本さんが入ってくる。

「お嬢様。どうぞ」

「ありがとう。いただくわ」

お茶を受けとり机に置く。

「失礼いたします」

杉本さんは綺麗におじぎしてから部屋を出ていった。

私は一口お茶を飲んでから立ち上がると本棚の前に立つ。

過去に使っていた数学と英語の問題集を手に取り机に戻る。

新しいノートに書き写し、間違いやすい箇所などをポイントとしてまとめていく。

はじめ君の為ではあるが改めて目を通すと自分自身の勉強にもなっていることに気がついた。

集中していたらしく私は食事ができたと杉本さんが呼びに来るまで机に向かい合っていた。

ぐっっと伸びをしてから湯呑みを持って部屋を出る。

リビングに入ると両親が揃っており私のことを待っていた。

私は湯呑みを流しに置いてから急いで席に着いた。

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