第5話

富沢先生は授業が終わる時間まで相手をしてくれた。

この時間から授業に参加しても仕方ないという判断だろう。

最後に「困ったことがあったらいつでも相談してください」と言って職員室に戻っていった。

私と久美はとりあえず教室に鞄を置きに向かう。

教室に入ると一瞬注目されたがそれだけだ。

今はお昼の方が大事らしい。

「学食行こ?急がないと席なくなっちゃう」

「そうだね」

私と久美は鞄を置いて早々に学食に急いだ。

食券を買ってカウンターに並ぶ。

この学校の学食は学校が補助してくれているので値段はかなり低く押さえられている。

その為か、少しでも出遅れると席がなくなってしまう。

今日は色々あって疲れたので少しでも落ち着きたくて和食セットを頼んだ。

列は順調に進んでいき食券を学食の職員に渡す。

和食セットは人気がないのか少しまたされたが無事に受け取った。

久美は今日はハンバーグ定食を選んだようだ。

2人で席を探す。

端の方に空き席を見つけそちらに向かう。

「ふぅ。ぎりぎりだったね」

「そうだね」

「楓は和食セットにしたんだ」

「うん・・・。少しでも落ち着きたくて」

「まぁ。あんなことがあったしね」

「そんなことより、早く食べよ?冷めちゃうよ」

「うん。いただきます」

「いただきます」

私はまずは和食セットについてきた味噌汁に手を伸ばす。

具材はシンプルに豆腐とワカメだ。

出汁の旨味と味噌の味が口の中に広がる。

値段は押さえられているが手抜きはしないという料理人の心遣いがわかる1品だ。

白米を口に運ぶ。

ふっくらしていてわずかに甘味を感じる。

学食のお米はこだわりがあるらしく付き合いのある米農家さんと直接取引していると聞いたことがある。

続いて焼き鮭に手を伸ばした。

丁度よい焼き加減にしょっぱすぎない塩味。

学食の焼き魚は丁寧に骨抜きされており食べやすい。

白米をまた口に運び次にホウレン草のおおひたしに手を伸ばす。

味がよく染みていてこちらもご飯が進む。

それぞれをバランスよく食べていき最後に味噌汁を飲んで「ほっ」と一息する。

「いつ見ても楓は美味しそうに食べるね」

「だって、美味しいんだもん」

「渡しも否定しないけどね」

久美ももう食べ終わっており2人揃って席を立つ。

学食のマナーとして食べ終わったらすぐに席を譲ることになっているのだ。

「それでこの後、どうする?」

「ん〜。午前中の授業受けられなかったしプリント貰いに行かない?」

「真面目だねぇ。私も困るからいいんだけど」

今日の午前中の授業は現国、社会、美術、英語だ。

美術以外の授業はいつもプリントを用意してくれているのでそれを貰うために職員室に向かう。

ノックしてから職員室に入る。

「失礼します」

目的の先生達は全員、職員室にいたのでプリントを貰うことができた。

先生達は全員、「わからないことがあればいつでもきなさい」と言ってくれたのでわからないところがあれば気軽に聞きに行こう。

残った時間で少しでもプリントに手をつけようと教室に戻った。

「そうだ。これ昨日の分」

久美はそう言って昨日約束していたノートの写しを渡してくれた。

「ありがとう」

「いいって。それより早くやらないと時間なくなっちゃう」

私と久美は急いでプリントに向かい合った。

が、私は昨日の分に目を通すだけで昼休みが終わってしまった。




午後の授業は何事もなく終わり、放課後になった。

「はぁ・・・。疲れた・・・」

久美がそんなことをぼやいている。

「もう。しっかりしてよ」

「この後も勉強かぁ。わたしゃぁ勉強が嫌いになりそうだよ」

「久美は先に帰ってもいいんだよ?」

「冗談だって。飲み物買ってから図書室に行こうか」

「うん」

自動販売機で飲み物を買って図書室に向かう。

図書室では勉強している生徒が何人もいた。

はじめ君を探すと奥まったスペースで黙々と教科書と向き合っている。

「お待たせ」

「いらっしゃい」

「これ、差し入れ」

私はそう言って買っておいたお茶をはじめ君に差し出す。

「ありがとう」

私と久美も勉強道具を取り出して席に座る。

とりあえずは授業を受けられなかった分を取り戻すところからだ。

予習はしっかりしていたのでプリントを順調に埋める。

埋め終わったところで少し休憩をとることにした。

ぐっっと手を上に伸ばし伸びをする。

何となく視線を感じてそちらを見るとはじめ君だった。

私は頭の中にクエスチョンが浮かぶ。

何故、見られているのかわからなかった。

久美が呆れたように言ってくる。

「楓。あんた無防備すぎ。はじめ君も思春期の男の子なんだよ」

はじめ君を改めてみれば少し気まずそうな顔をしている。

「もう・・・。楓。少しこっちきて」

そう言って久美は手招きする。

耳元にささやくように言ってくる。

「はじめ君はさ。楓の胸を見てたの」

「胸・・・?」

先程の状況を思い出す。

伸びをしたときに胸を強調するような形になっていた。

「あっ・・・」

「ようやっとわかったか。この年頃の男の子なんて獣なんだぞ。わかったら気を付けるように」

「うん・・・」

私と久美が席に戻る。

なんとなく気まずそうに空気が流れる。

私の不注意でこんなことになって申し訳ない。

それと同時にこうも思うのだ。

好きな人に女の子として見られている。

そう思うとなんだか落ち着かなかった

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