第8話 箒木とは、近づくと消える幻の木

ここのところずっと降り続いていた夏の雨が、やっと上がった。

庭に植えられた木々の葉から、雫が落ちる。雲間から差し込んだ光が、庭を、屋敷を、キラキラと照らし出す。


下女たちがパタパタと手際よく、長雨の跡を片付けていく。

葵の暮らす三条の左大臣邸はいつも、こうして一糸乱れず真面目に、規則正しく動いていた。


ーーー固苦しくて気が休まらないと、夢の中の光がそう零すほどに。


そんな堅〜い左大臣家に、葵の夫は明るく飛び込んできた。

「葵ーっ!ただいま!」


光が来ると葵の周りは皆、嬉しそうな顔をする。

側仕えの女房たちはもちろん、女童たちも、そして父と母も、この屋敷に暮らす人々は本当に皆んな。


「……おかえりなさいませ」

葵はいつものように、装いを整えて夫を出迎えた。

嬉しそうに屈託のない笑みを向けてくる光に、葵は少しだけ頬を膨らませる。


「…………!」


途端に夫が、はっと動きを止めて。

顔を赤くして、どぎまぎした顔になった。



***



「…………!」


目を逸らし、小さく頬を膨らませる妻を見て、光の心臓がどきんと音を立てた。


めったに見ない妻のこんな顔は、先日の自分の行動のせいか、それとも昨夜の変な文のせいなのか咄嗟に判じかねたが、おそらく前者だろう。


「あ、あの。葵………!」

「………!?……は、はい」


意を決して、たたっと妻のそばに走り寄って。驚く葵を見つめながら、光が口を開く。


「………今更だと、笑わないでくれますか。私はずっと、あなたに伝えたいことがーーー」


真っ赤になって手を握ってーーーまさにそう言いかけたところで。


光は、それぞれの動きを止め、キラキラと瞳を輝かせてこちらを見ているいくつもの目に気付いた。

都一の姫君である葵のそばには、大勢の側仕えがいるのだ。

葵も気付いているらしく、困ったように頬を染めて視線を彷徨わせている。


(い、今じゃない。今じゃないな。ふたりっきりになれる時………あるかな………?そうだ、夜、二人で御帳台に入った後!うん、その時に言おう!)


混乱した頭の中で、そんな答えが弾き出された。

その結果………。


「………さ、昨夜の手紙のことは、お願いですから忘れてください」


………手をぎゅっと握っておいて、口から出たのはそんな言葉だ。


「………………。」


優しい葵は、こくりと頷いて。

お付きの女童が暗唱できるようになってしまったことは、言わないでおいてあげることにする。

後ろで中納言の君が、「しーっ」とあてき・・・に口に指を添えていた。



そうこうしていると、久しぶりに自慢の婿君が帰って来たとあって、左大臣が娘夫婦の対屋にやって来た。


几帳を隔ててたわいのない話をしながら、部屋着姿の光はちょっとだけ困った。

夢の自分は「暑いのに」などと言って顔をしかめていたが、暑いどころではない。


(うー、早く葵に言いたいのに………でもいくら好かれているとはいえ、流石に舅に向かってあなたの娘さんと早く二人っきりになりたいんですとは言いづらい。すぐに都の噂に上るし………)


脇息に寄りかかり、悶々と過ごす光の側から、いつの間にか葵の姿は消えていた。



***



箒木ははきぎの 心を知らで その原の 道にあやなく まどひぬるかなーーー”

“数ならぬ 伏屋におふる 身のうさに あるにもあらず 消ゆる箒木ははきぎ


見上げる空に、苦しそうに顔を歪め、つれない女を恨む光と、暗い寝所でひとり涙を流す女君の姿が不意に浮かんで、消えた。

耳から離れない歌は、夢で見たあのーーー。


「あら、姫さま。お召替えはよろしいのですか」


葵がひとり、空蝉の君のことを考えていると、中納言の君が声をかけてくれた。


「いいの、今日は。だって……」

言いかけて、葵は首を振って笑ってみせる。


「………なんでもないわ。でも今日は、そんなに急がなくてもいいの」

「まあ、よくありませんよ。光る君さまはさっきからず〜っと、早く姫さまとお休みになりたくて仕方がないって顔してらっしゃいますもの」


「!?」


扇を取り落としそうになって、葵は慌てて特技「内心の動揺を顔に出さない」を発動させた。


「………もう。そんなお顔はしてらっしゃらないわ。それにね、中納言……今宵は」

ーーー光さまは、この家にはお泊まりにならないわ。わたくし、知っているのだもの。


言えなくて、言いたくなくて。

葵は俯いて、小さな声で言葉を紡いだ。


「………光さまは、この御帳台には入られないわ」

「えっ………それって」

「まあ。今宵は御帳台の外でお休みに?」


香を焚いていた中務が振り返って、斜め上の言葉で会話に入って来た。

中納言の君が目を輝かせる。

「………!それもありかもしれませんわ」

「大胆よねえ。でも、光る君さまと姫さまなら、それも嫌じゃない気がしますわね」

「きゃあ。じゃあ今宵は、部屋の外に控えるようにと、皆んなに……」


「………っ、そんな訳ないでしょう!?違います!」


馴染みの女房たちの黄色い声に、葵が頬を染めて、つん!と顔を背けたその時。


「葵!」


やっと左大臣を撒いたらしく、光が部屋へと入って来た。拳をぎゅっと握りしめ、すー、はーと深呼吸をしながら。


葵を見て………それから、目をぱちくりして、こうひと言。


「………ん?葵、なんでそんなに真っ赤なの」


それはこちらの台詞ですわ、と葵は思った。

葵と同じくらいに顔を真っ赤にした光が、そこに立っている。


中納言の君と中務が、にこにこにまにま、楽しそうに目を見交わしながら「「では、私たちはこれで」」と下がっていった。



***



「…………?光さま。横に……」


ならないのですか。

御帳台の中でそう問いかけた葵に、光はうーん、と赤い顔を逸らした。


「………葵、こっちに…………」


いつもなら手を繋ぐだけなのに、今日は光が葵を手招きする。


「………?」


不思議に思いながらも、葵は元々広くはない平安のあの御帳台天蓋つきベッドの中で、夫のそばへにじり寄った。


「はい………光さま」


「……………!」


言われた通りに近づいて、こちらを見上げる葵に、光の心臓が跳ね上がった。

昼間の華やかな単姿から一転、簡素な夜着姿になった葵がーーー光だけしか見られない姿の葵が、こんなにそばにいて。あの大きな瞳で、光を見つめている。


自分で言い出したくせに、光は思わず手で顔を覆った。鼻血が出そうだ、と思ったから。


「………光さま?」


答えない光に、葵が不安げに瞳を覗き込む。

いつかの、祝言のあの日のように。


「葵………」


十二歳の子供だった光は、十七の立派な青年になっていた。光り輝くような美しさはそのまま、そしてーーー葵への恋心もそのままに。


葵がいつも焚いている、香の薫りが漂ってくる。

光は愛しい妻を抱き寄せた。

びく、と肩を揺らす葵に、今度こそ想いを伝えようと口を開く。

心臓の音が、それしか聞こえないくらいにうるさかった。



***



(………!?なんで………助けて、夢のわたくし!)


目の前に広がる、光の夜着。背中には光の腕が回されてーーー御帳台の中で光に抱き寄せられて、葵は大混乱になった。


ーーーこの流れだと、もしかしてまた、あの時みたいに………?今日は方違えに行くのではなかったの?

そもそも…………どうしてわたくし、形だけの正妻「葵の上」に、こんなことを?


今の状況の最適解がよくわからないので、葵は鳴り響く自分の心臓の音を隠しながらされるがままだった。


「葵………」


と、頭の上から、夫の声が降ってくる。

熱の籠もったその声が、言葉の続きを言おうとした、その時。


「………光る君さま。今宵はここへお泊まりになってはよろしくございません」


そんな、光の家従の遠慮がちな声が、御帳台の外から聞こえて来た。


「今宵は中神のお通り路になっておりまして………」


(ああ………やっぱり)


光はいつも、中神は避けることにしているはずだ。

禁忌とされる方角を避け、その前夜にほかの方角に泊まってそこから目的地へ行くーーー陰陽道に基づく平安時代の風習である。


(やっぱり、夢の通りになるのね)


葵はそう思って、そっと夫の腕を解いて顔を上げた。

そして………もう一度固まった。


見上げた夫が、これまで見たこともないくらいに“ががーん!”と衝撃と落ち込みの境地に立たされた顔をしていたからだ。


(こ、これはこれで…………一体、どうすれば)


またしても最適解がよくわからなかったので、数秒の思案の結果、葵はとりあえず寂しそうな顔を作った。

夢のように「あなたがどこへ行こうとわたくし全く興味はありません」の顔をするのだけは良くない。


「葵、そんな顔をしないで………でもそんな寂しそうな顔してくれるんですかすごい嬉しい。大丈夫、ちょっとだけ待ってて」


少しだけ衝撃ショックから立ち直ったらしい夫が、親しい従者を呼んで御帳台の外に出ていく姿を葵は見送った。

言い置いていった台詞はともかく、出ていったのはきっと話し声が聞こえないようにという配慮なのだろう、と葵は思った。

………光の声がでかいので、あまり意味はないのだが。



***



「おーい、惟光………ああ、ありがとう。ねえ、さっきの家従が言ってた知らせのことなんだけど………ほら、中神がどうとか言う」


「何です。夢中で聞き取れなかったんですか?……別に何してたのかは聞きませんけど……」


「いや聞こえてたよ!でも何で今日!?惟光、ちょっといいかな?………あのさ、なんとかならない?」

「………光さま、俺に言ってるんですか?陰陽道の決まりを、なんとかならないかって」


「いやだって………ここから出ないといけないってこと?何その理不尽な決まり?」

「方違えでございます」

「………うう、知ってる。せ、せめてなるべくこの家に近いところ………」


「落ち着いてください、それだと意味ないです。……泊まれそうな家従の家を探して来ましょう。ふらっと泊まりに行ける女君の家なんて、光さまはお持ちじゃないですし」


「当たり前だ!!私は葵が」

言いかけて、光は自分がまだ、何もってないことに気付く。

「葵……葵が、その〜……ううー……」


口をぱくぱくさせる主人に、惟光はぱちぱちと瞬きをした。そして、じとーっと見据える。

「……………」


こちらを見つめる生温かい目が何を言いたいのか、幼馴染の光は大体わかってしまう。

うう、と光の目が泳いだ。


「………いや、だって……これは、今」

「はいはい。では」と立ち上がった惟光は、さっさと家探しに立ち去って行った。

頼む、と取り縋る主人に眉を上げ、嫌味なほど優雅に一礼して。



***



さて、頼りの乳兄弟の幼馴染に見捨てられた光は、自力でこの状況をなんとかしないといけなくなった。


頭を捻りに捻って考え出した答えは、こうだ。


御帳台の中に戻り、葵にことの次第を説明してーーーそして。

手を取って、こう言うこと。


「だから、葵………一緒に来てくれませんか?」

「ええっ!?」


とんでもない、とばかりにかぶりを振る葵に、光は自分の顔の力を信じながら頼み込む。


「どうせ、私はお忍びで行くんです。左大臣の義父上ちちうえにも知らせずにね。だったらあなたをさらって行ってもいいじゃありませんか」

「………っ、だめ。だめです」

「葵……」


光はちょっとだけ困った。

頭中将ならこんな時も困らないだろうな〜……と、親友の顔が浮かぶ。


青春時代の全てを妻に首っ丈になって過ごして来たせいで、だめと言う人にうん、と言わせる恋の手練手管を光はどこかに置き忘れて来ているのである。


だから光が持っている技術スキルは、直球勝負しかない。


「せっかく一緒にいられるのに………。離れたくありません」

「…………!?」

葵が真っ赤になった。


「………?………!??!」


葵はこの場合どうするべきなのか、澄ました顔の下で必死に考えた。

全く想像していなかったパターンなのである。


落ち着かなきゃ、夢をおさらいしなきゃと、葵は震えながら夢を思い出す。

夢で見た光は、久しぶりに訪ねてもよそよそしい自分に嫌気がさして、方違えをいいことにそのまま行ってしまう。


光を闇堕ちさせない、と決めている今の葵は、微笑んで明るく言葉を交わして送り出す……と、そんなシミュレーションをしていた。


だから、想定外なのである。手を取って、ねだるように自分を見つめて。


「せっかく一緒にいられるのに…………。離れたくありません」


なんて、そう言われるのは。



***



目立たないように、簡素な狩衣かりぎぬに着替える光。


忍び歩きに勤しみ、自分の元から去っていくそんな夫の後ろ姿を、夢の葵は何度見送ったことだろう。

何も言わずに、葵はそんな夫をただずっと見ていた。


それが、今は。


初めて自分・・もラフな忍び歩き用の格好に着替えながら、葵はどきどきとなる胸を押さえた。

光について行くのなんて、初めてだ。


ーーー光が葵を誘ったところなんて、夢では一度も見たことがなかったのだから。


惟光が見つけて来たのは、光の家従の一人である紀伊守きいのかみの家だった。


「中川辺ですが水を庭へ引き込んだ造りになっておりまして、涼しげな風情の屋敷です。紀伊守にも伝えてあるのですが………」


(はいはい、紀伊守は父の伊予介いよのすけの家族が移って来てて狭いし急過ぎるって言うんでしょう。ていうか伊予守の家族って…………んんん、嫌んなっちゃうな。よし、絶対、葵を抱きしめて離さないようにしよう。私には葵がいるんだから)


(やっぱり………。空蝉の君がいらっしゃるところだわ。空蝉の君は、光さまに見初められてーーー思慮深くて、優しくて、芯が強くて………それからずっと光さまの忘れられない想い人になるひと………。そんなところへわたくしを連れていって、光さま、大丈夫なのかしら)


なんて、ふたりは心の中でそう思った。


夜空には月が出ている。


「ひめさま。どこへ行くのですか?」

女童のあてきが、そばに来ていた。


「ひめさま、綺麗だから……月のつかいにさらわれてしまいそう」


ーーーかぐやひめのお話みたいに。


そう言って、あてきが不安げに眉を寄せながらまとわりついてくる。

葵は微笑んで、可愛がっている小さな少女に目線を合わせた。


「あてき、よく聞いて。ーーー葵は攫われます。もしお母様に何か聞かれたら………」

「………はい。月のつかいに、さらわれてしまったのです、といいましょうか」

「そうね。ーーー光り輝く・・・・月の神さまに攫われたとでも言ってちょうだい」


きっと、それで伝わるから。

そう言うと、あてきはきゃーっと声を上げた。不安げな顔はぱっとどこかに消え、赤らんだ頬に手を当てて、あのきらきらした目で自分を見上げている。


ーーーもしかしてこれ、教育に良くなかったかしら。

葵はそう思って、「………いい、攫われるだけよ」と赤い顔で意味なく言葉を付け足した。



***



光さまが、変だ。


紀伊守の屋敷へと続く近衛大路このえおおじを牛車に揺られて進みながら、葵は頭の中を“?”でいっぱいにしていた。


葵を抱き上げて牛車に乗せてくれた夫は、牛車が動き出した後もずっと、葵を離そうとしなかったのだ。


この時代の牛車は、隣を歩く従者の速度に合わせて動く。

速さを求める乗り物ではないのである。


狭い密室の中で、ずっと夫の腕の中ーーー。

葵の限界はもうすぐそこまで来ていた。


「………何で、そんなに嬉しそうなのです」


夫の顔を見上げて、葵は思わずそう呟いた。


「あなたが腕の中にいるのが嬉しいんです」

「な、なな……!?」

葵は真っ赤になった。

「わ、わたくしは嬉しくありませんっ」

「う………それはごめんなさい」


光が、腕を緩めた。

それでもまだ、頬を上気させてぽーっと葵を見つめている。


葵は戸惑うばかりだった。


(光さまはどうしてしまったのかしら。まさか………桐壺帝が求めたという大唐の幻術士まぼろしに、術でもかけられてしまったのではないかしら?)


葵は心底不思議に思って、光の瞳を覗き込む。


「…………!」


そうすると、夫はいつものようにーーーそれがすでにおかしいのだがーーーやはり真っ赤になってあたふたしているのだった。


少し暗い夜道をゆく牛車の中で、その瞳の奥にあの影があるのかどうか、葵にはわからなかった。

わかるのはただ、光が葵を見つめ返していること。

葵の一挙手一投足を、一心に見つめていること、ただそれだけだった。


葵はというと、それで取り乱したりはしない。


すっと扇をかざしながら、我ながら、嫌味なほどに落ち着いた所作だと思った。

長年にわたって身につけてきた作法は、内心がどうあろうと変わらないのだから。


ーーーこれが役に立つ時が来るなんて、思わなかった。だって、夢では………わたくしを見つめる人なんて、誰もいなかったから。


当たり前だ。だって、葵の夫は光ただひとり。その夫が、葵をただの一度だって、こんな風には見ていなかったのだから。


かたん、と石でも踏んだのか、牛車が揺れた。


「きゃ………っ」

お忍び用の小さな牛車ーー網代車の中で、葵はバランスを崩してしまう。抱き止めてくれたのは光だった。


体が触れてーーー葵よりも先に、光が真っ赤になった。

「わあっ、ご、ごめん……っ」

葵の体を支えたまま、大きな声を上げかける夫の口を、葵は慌てて塞いだ。

葵の白く柔らかい手が、光の口に触れる。

「………!」

光がまた真っ赤になって、固まった。


「……すみません、光る君さま、奥方さま。大事ありませんでしたか」

惟光の声が、牛車の外から掛けられる。


光に触れる葵の手と、葵の背に回された光の手ーーー葵と光は狭い牛車の中で、まだぴったりとくっついたままだ。


ーーーこんなところ、誰かに見られたら。

葵は涙目になって、ふるふると首を振った。

(言わないで………)

懇願するように人差し指で、しーっと光に合図を送る。


「………大事ないよ、惟光」


光は静かにそう答えた。


ほっとして、身を起こした葵は光から離れる。

光の頬はまだ真っ赤なままだった。

それを見て、葵はこの五年間ずっと胸を締め付けていたあの夢が、すーっとどこかへ遠ざかっていくような気がした。


だって、あれは、ただの夢。


今向かっている邸だって、それから起こる出来事だって。

夢と同じとは、限らない。


夢が遠ざかるのと引き換えのように、ドキン、ドキンという鼓動の音が、響き出す。

夜道をゆっくりと進む牛車は、やがて、ある邸の前で止まった。

牛車を降りた葵は、目を瞬いてーーー思わず、あ、と呟いた。


木陰の中に、寝殿造の邸を囲むようにわざと田舎らしく誂えられた柴垣しばがき。虫の音の心地よく響く辺りには涼しい風が吹いて、蛍がたくさん飛んでいた。

ぽう、と幾つもの柔らかな光が、邸を、庭に植えられた木々を、幻想的に浮かび上がらせる。

凝った作りのその庭に引き込まれた澄んだ水は、渡殿わたどのの下を通って流れ出ている。


一匹の蛍が、葵の目の前を飛んでいく。美しい光を揺らめかせながら。


ーーーあの夢の通りに、一寸もたがうことなく、紀伊守の邸は建っていた。

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