第7話 新たな希望
嫌な予感、って言うには直接的な殺意。
肌で感じる、まだ復活していないけれど、近いうち復活すると思う、その存在。
「悠輔、どうかしたか?」
「……、ううん、何でもない。今日のご飯はなににしよう?」
それは、世界を覆う様に、重くのしかかってる。
世界を守った事、それは関係ないんだろう、もう、世界を守った頃の記憶なんて残って無いんだろう。
世界を恨む心、僕達一族を呪う心、それが、今の彼のすべてなんだろう。
夕暮れの中、暑い夏が終わる、そろそろ秋の支度をしないとだ。
「悠輔、デートに行かないか?」
「うん、行きたい。」
「では、着替えをして出かけようか。」
秋の暮れ、夏の終わり頃からずっと感じてた殺意、それは世界を膜で覆ったみたいに、魔物の出現を多くさせてた。
戦いの中、まだ力の開放をしてないでも戦えてるけど、これから先どうなるかはわからない、近いうちに、戦いが激化する様な気がしてた。
そんな中、ぴりついてる僕の心境を知ってかしらずか、英治さんがデートに誘ってくれる。
たまには呼吸を置かないと、って思って、パーカーを着てお出かけだ。
「悠輔、悠輔は何も言わないが、わかっているぞ?世界に、何かが起ころうとしている事を。」
「英治さん……。そう言えば、英治さんは軽い探知は出来るんだっけ。そっか……、なら、分かっちゃっても仕方がないのかな。」
「……。別れの時は近いんだろうか、それは、俺には決められない事なんだろう。ただ……。ただ、忘れてしまったとしても、俺が悠輔の存在や痕跡を失ってしまったとしても、俺は悠輔を愛している。それは、誰にも変えられない、変えさせたくない想いだ。」
「……。ありがとう、英治さん。そう言ってくれる人がいて、僕は幸せだった。……。きっと、お別れなんだと思う。どう足搔いた所で、お別れになる。でも、僕も愛してる、英治さんを、浩を、佑治を、源太を、雄也を、皆を。ずっとずっと、愛してる。」
言葉を紡ぐ、それは、別れを理解してるからだ。
英治さんが気付くくらい、それは迫って来てる、きっと、それはすぐにでも現れる。
「英治さん、最後に、キスして?」
「最後だなんて言うな、悠輔。」
英治さんが必死になって、この世界の理に抗おうとしてるのは知ってた。
でも、それは出来ない、この世界に来てしまった以上、その理からは逃れられない。
だから、最後に口づけを、最後に一度でいいから、英治さんを感じたい。
「……。」
「……!」
街中でいきなりキスをされて、英治さんは驚いてる。
ずっとこうしてたい、ずっと忘れないでほしい、でも、それは叶わない願い。
「同時転移。」
唱える。
「陰陽術、八重結界。」
「悠輔……!」
来た。
禍々しい気配、それはいくばくか前に感じた、ディンが現れた時と同じ気配。
魔に侵された竜神、千年前の守護者。
「……。長き時だった……。我が封印が解けるまで、長き時を見て来た。貴様は忌々しき守護者の末裔、その当代であろう?貴様を滅し、我が手に世界を。」
「……。それをさせるわけにはいかない、僕は、この世界の守護者なんだから。君を倒して、僕はこの世界から消える。消えてしまう、それでもかまわない。大切な人達を守れれば、僕は……。僕は、僕のすべてが消えてしまうとしても、構わない。」
ぼろきれみたいな布を纏って、禍々しい気配を発している、ディンによく似たその人。
確か、名前をデイン。
「デイン、君は世界を守ってくれた、そして今、世界を滅ぼそうとしてる。それはなんで?」
「知れた事を。世界は醜い、我に闇の全てを呑み込ませ、世界を存続させた、それは知っているのであろう?ならば我が、世界を滅ぼす理由も、理解しておろうに。」
「わかってる、わかってるんだ、デイン。ただ、聞いておきたかった、それは、僕の覚悟の問題だ。世界を守った偉大な人を、今は闇に堕ちているからって、倒してしまっていいんだろうか、その迷いを絶つ為の質問だ。……。世界は、醜いのかもしれない。確かにそうだ、僕だって、守護者の端くれ、世界の醜さはよくわかってるつもりだよ。……。ただ、その中でも、失われない光はある、小さいかもしれない、少ないかもしれない。ただ、その光を守る為に、僕も君も戦った。そうだね、人間は醜い、醜いよ。守護者に対して悪辣で、悪い事ばかり並べ立てて、悪の代表にさえしようとしてくる。でもね、デイン。そんな中でも、僕の事を信じてくれる人がいる、僕を、愛してくれる人がいる。僕はね、戦う理由なんて、そんな事で良いと思うんだ。世界を守らなきゃならない、それは僕達の宿命。でも、戦う理由までは、強制されてない。だから、僕は愛する人達の為に、愛してくれた人達の為に、戦うんだ。」
結界の後ろで英治さんが不安げにこっちを見てる、でも大丈夫、僕は負けないよ。
だから、ありがとう。
「封印開放……。竜神王剣、竜の最果てよ……。」
「……?それは竜神の力であろう?何故貴様が持ち得ている?」
「これは、僕の中に眠るディンの力、並行世界からやってきた、ディンの力だ。」
一か八か、って言うか、試した事はなかった、封印開放。
出来るとはわかってた、ただ、命を削るとわかっていたから、使えなかった、その力。
デインに勝てるだけの力かどうか、って言われると、わからない、デインの力は底が見えない、憎悪や怨念が混じってて、実力を測る事が出来ない。
ただ、負けるわけにはいかない、それは、世界の崩壊を意味するんだから。
「まあ良い、貴様程度の力で、我に敵うと思っている、その驕りを粉砕してやろう。」
デインが背中に背負ってた剣を抜く、それは、ディンの時と同じ、赤黒く染まってしまった、竜神剣。
「……!」
デインが消える。
目の端に映るデインの攻撃、それを理解して、防御する。
「っつ……!」
「黒き焔よ!」
「っ……!」
デインの剣から黒い炎が噴出される、それをもろに喰らって、ダメージを受ける。
ただ、それだけじゃ終わらない、今の僕はディンの力を借りてる、瞬時に傷を癒して、攻勢に出る。
「ふはは!甘いな!」
「まだまだぁ!」
攻撃を防がれるけど、連撃を止めない。
攻撃をしなきゃ勝てない、それは当たり前の話だ。
「はぁ……、はぁ……。」
「貴様、随分と疲れが見えている様だが?我に人間を守る事を語ったその口は、飾りか何かだったのか?」
「……!」
数分戦っただけで、意識が途切れ途切れになってくる。
力の代償、それは思った以上に大きかった、多分だけど、一分発動するのに、十年くらいの寿命を消費してる。
剣を持つ手に力が入らない、立ってるのがやっと、そんな状態で、デインはますますその力を増してる。
「悠輔……!」
「ん?あぁ、あれが貴様の愛する人間か。ふむ、一つ遊びをするとしよう。」
デインが英治さんに目を付けて、何かを発動する。
結界の端っこ、英治さんの目の前に、黒い力が爆発しそうになって現れる。
ダメだ、あれは結界を破壊する力を持ってる、英治さんが……。
「英治……、さん……!」
剣を落として、心臓がキューってなってる中、走る。
右手を爆発に向けて、それで……。
「悠輔……!」
痛い、痛い、痛い。
爆発で、右腕が吹き飛んだ、それはわかった。
結界も破壊された、僕の命の残りもない。
悔しいなぁ……。
「悠輔!」
「……。」
英治は、悠輔の張った結界が破壊され、悠輔が倒れたのを認識すると、悠輔の元へ駆け寄る。
右腕がひじの手前から飛んでいる、出血量としても、早く治療をしないと間に合わない。
違う、もう手遅れだ。
悠輔は呼吸を止めている、そう言えば悠輔は言っていた、封印開放は、その命を以て発動するのだ、と。
悠輔の魂は、その鳴動を止めようとしている、もう、いくばくかも持たない。
意識は失ってしまっている、止血も出来ない、これでは、死んでしまうだろう。
「悠輔ぇ……!」
英治は、探知魔法を限定的に使う事が出来る、それは、悠輔とディン、竜太とデインと言う、四人の力を持つ者と生活していた事で発現した、英治が本来持っていた魔力だ。
その魔力は、魂を探知する事に長けている、つまり、魔物がどうこうと出来る訳ではないが、人間や生物の魂の鳴動がわかる、と言うものだ。
その英治の探知によって、悠輔の魂は今にも消えてしまいそうになっているのがわかる。
「悠輔……!死ぬな……!」
鳴動が小さくなっていく、それは、もう手遅れだ。
英治が幾人かの魂を見てきて感じていた事、悠輔と共に看取った命達、それと同じだ。
「悠輔ぇ!」
魂の鳴動が止まってしまった。
それは、悠輔の死を意味する。
何度目か、悠輔の死を目の当たりにするのは、もう何度目か。
看取れなかった時、そして半年前、ディンが現れた時、そして今。
三度も、最愛の人を失う心、それは、常人では耐えられないだろう。
「……。デインさん……。貴方を……、斬る……!」
「貴様、人間か。蚊のような存在が、我を斬るだと?どうやって?」
「……。」
英治は、悠輔の遺体を優しく地に置くと、竜神王剣の方に向かう。
人間では持つ事は出来ないだろう、悪意を持った人間では、握る事すら許されないだろう、とディンがかつて言っていた、その剣。
英治は、悠輔の仇を討つのではなく、悠輔の意思を継ぐべく、その剣の元に歩いていく。
「……。」
剣を握る、それは、人間が持つと、その人間が絶対に持ち上げられない重量に変貌する、と何時だったかディンが言っていた。
だからこそ、竜神剣は人間では触れない、竜神にのみ許された剣なのだ、と。
「何……?」
英治は、それを持ち上げた。
竜神にのみ許された剣を、構えた。
デインは驚いている、竜神剣を人間が持つ事はあり得ない、悠輔は竜神の魂を持っているから握れていただけだ、と考えていた為、たいそう驚いていた。
「……。」
力が湧いてくる、英治は、それを感じ取っていた。
自分の中に眠っている力、悠輔が語っていた、一万年前に魔力や魔法、文明に関する一切を忘却されたと言う、その末裔であるはずの英治は、自分が力を持つとは思っていなかった。
魔力を発現したのも、ディン達と共に生活していて、その漏れ出た魔力に影響を受けただけだと言われていた、英治自身がここまでの力を持つとは露ほども思っていなかった。
ただ、確信していた。
今の自分には力がある、ディン達と同等かと言われれば、矮小な力かも知れない、デインに勝つだけの力は無いのかもしれない、ただ、それは英治自身に課せられた使命だと。
……。
英治さん……、逃げて……。
魂が消えていくのを感じる、僕の魂は、眠りにつこうとしてる。
そんな中、走馬灯じゃない、今現実に起こってる事が、見える。
英治さんが、竜神王剣を握って、デインに立ち向かおうとしてる、でも、勝てない。
英治さんの持ってる魔力、それは僕にすら追いつかない、それなのに、デインに勝てる訳がない。
英治さん……。
意識が薄れていく。
僕は死ぬんだ、そう言う感覚になるのも、もう二回目だ。
あの時はディンと僕が助けてくれた、でも今回は間に合わないんだろうな。
「悠輔、諦めるのか?」
……、ディン……?
「英治君を、死なせていいのか?悠輔が、並行世界の悠輔が、命を掛けてでも守りたかった英治君を、死なせるのか?」
でも、僕はもう……。
「俺の魂を使うんだ。悠輔の中で眠ってた俺の魂、それを使えば、もう一度だけ立ち上がれる。ただ、悠輔の魂は人間ではいられなくなる、その力にふさわしい存在、竜神のものへと変質してしまうだろう。……。竜神になって、何百万年と生きる覚悟はあるか?それでも、英治君や浩輔達を守りたい、そう願うのは、悪じゃない。ただ、そうか……。悠輔は、デインの消滅を以て、記憶から消えてしまうんだったな。」
それでも、守れる……?
「必ず。俺の力を百パーセント発揮出来る魂と肉体になれば、デインを打倒する事は簡単だろう。たった一撃、光の攻撃を叩き込めば勝てるんだからな。ただ……。その後は、孤独が待ってる。それでも良いか?」
……。僕は、皆を、英治さんを、守るって誓ったんだ。
「そうか。……。悠輔、もしも竜神として生きていく事を選ぶのであれば、この世界群を回ると良い。この世界も、幾千にも分かれている、それを巡るんだ。力を持つ守護者達が、きっと必要としてくれるから。」
わかったよ、ディン。
「……。」
目が覚める、魂が鳴動する。
「悠輔……?」
「英治さん、英治さんがこの剣を握れたって事は、英治さんは本当に曇りのない心を持った人だったんだね。……。僕が選んだ人は、間違ってなかった。並行世界の僕が選んだ、そして愛した人、僕が愛した人、誰でもない僕を愛してくれた人。……。ありがとう、英治さん、僕は、負けないよ。」
英治さんから剣を受け取って、転移で英治さんを安全な所まで送る。
見ていてほしい、それが忘れ去られる事だったとしても、それが失われる記憶だったとしても、最後まで、貴方の為に戦う事を、許してください。
「限定封印、完全開放……!」
濁流のような力、力の奔流。
人間ではいられなくなる、その言葉がよくわかる。
これは、人間じゃいられない、発動が出来ない。
「悠輔……?」
英治さんは見た事があるのかな、ディンの本気。
だとしたら、今僕が発動してる能力の事も知ってるんだろうな、人間じゃなくなったら、愛してもらえないかな。
きっと違う、英治さんは、僕が何だったとしても、愛してくれる。
「竜陰術、竜陰絶界。」
「貴様、何をした……?貴様は何者だ……!?」
「僕は竜神王、その代理だよ。代理って言うか、もはや竜神王そのもの、かな。」
「馬鹿な……!」
「闇照らす光よ。」
デインが驚いて固まってる間に、ディンに言われた、光の剣を発動する。
それは、竜神王にか許されていない剣技、それは、僕が竜神王になった事を証明する刃。
「聖竜輝翔剣。」
「……!」
デインの魂を癒す一撃、光へと帰還させる一撃。
この一撃を以て、世界に安寧を。
「……。」
「俺は、何をしていた?」
「英治さん……。」
「君、は……?血だらけじゃないか……!っ……!?何かを、忘れている……?」
そうか、もう忘れちゃったんだね。
忘却の呪い、かろうじて英治さんが違和感を感じているのは、きっとこの世界の理の外からやって来たから。
でも、魂がこの世界の英治さんと融合してる以上、結局それには抗えないと思う。
「英治さん……。僕は、僕は英治さんが大好きだよ。浩達の事も、勿論大好きだけど、英治さんは、特別だった。だから、さようなら、英治さん。僕の事を思い出そうとしないで、それは苦しいだけだから。……。僕は行く、行かなきゃならない。」
「何を……、言っているんだ……?君は、俺を知っているのか……?」
「……。さようなら、英治さん。」
英治さんの所まで歩いて行って、一回だけハグをする。
英治さんは戸惑ってる、それもそうだ、知らない人間が、しかも片腕が無くて、血まみれになってる人間が、自分の事を話して、ハグをしてきたんだから。
でも、それもすぐになくなると思う、僕に関する一切は消え去る、なら、僕はこの世界にはいられない。
「悠輔、それで良いのか?」
「……?」
「ディンさん……?ディンさんではないですか……!?この子は、一体誰なんですか……!?胸が、張り裂けてしまいそうです……!」
「ディン、なんで?」
そうか、英治さんはディンの事は覚えているんだ。
ただ、今ここにいるディンが、どの世界からやってきたディンなのか、それはわからない。
何をしに来たのか、もしかしたら、また世界を滅ぼしかねない存在とか……。
「そうか、デインを倒す為に、竜神王の魂に変質したか。それでも、呪いは影響する、それだけ悠輔のご先祖の力が強かったんだろうな。」
「ディン、何をしに来たの?」
「そうだな、並行世界を観測する者として、ちょっとしたサービスをな。悠輔、避けられない別れ、いつか来る、愛する者達との別れ、それはもうどうしようもない、俺が観測しただけで手出しが出来なかったのは、色々と難しい理由があったんだ。ただ、今は一時的に介入を許されてる、なら出来る事をしたい、と思ったんだ。俺の力を使って、竜神王になる、とは思ってなかったよ。ただ、そうなった以上は、もう守ってもらうしかないんだ。だから、俺に出来る事、それはこの世界に掛けられた呪いを解く事だよ、悠輔。」
ディンがそう言うと、呪文を唱え始める。
それは、人間だったころにはわからなかった解呪の魔法、世界に掛けられた、忘却の呪いを解く方法。
「……。悠輔……、悠輔!」
「英治さん……。」
「悠輔……、あぁ……、悠輔……!」
世界が光に包まれた、そしてディンがいなくなった。
英治さんが一瞬時が止まったように見えた、かと思ったら、抱きしめてくれる。
「もう、二度と離さない……!」
「ありがとう、英治さん。」
ありがとう、別の世界のディン。
なんでこの世界に介入できたのか、そしてディンが何処からやって来たのか、それを理解した気がする。
ここはパラレルワールドの端っこ、だから僕の持つ竜神王剣は竜の最果て、だったんだ。
そして、ディンが来たのは、全ての始まりの世界、パラレルワールドの真ん中。
観測者として、数多の世界を見守ってる、そんな凄い存在。
「帰ろう、英治さん。」
「あぁ、悠輔。」
英治さんが落ち着いたところで、転移を発動して、家に帰る。
これから先、僕にしかできない事がある、それは理解してた。
これから先も、僕は戦うだろう、それは、デインを操ってた存在、そしてディンを乗っ取っていた存在。
どれだけの時間を戦いに費やすかはわからない。
ただ、僕は戦い続ける。
世界の為、皆の為、そして英治さんの為に、僕自身の為に。
だから、安心してね、ディン。
本当に、ありがとう。
聖獣達の鎮魂歌外伝~もう一つの物語~ 悠介 @yusuke1994
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