第12話 また新たなれ
△(十二)
駕籠は一片(ひとひら)のあさがおをふところにだいた太閤を乗せてすすみます、大鷹のように、ゆるらに翼をはためかせて。
聚楽第にもどると太閤はふところの花びらを文机の上におきました。枯れゆくまで見とどけようというおもいです。花は日々にしおれます。一目にはきたなくなってゆきます。しかし太閤の心持ちの中では、殷の湯(とう)王の盤銘(ばんめい)のごとく、苟(まこと)に日に新た、日に日に新たに、また新たなれ、と鮮やかさをましています。新しい生命の予感がありました。
そして一片は枯れはてました。水気湿り気は疾(と)うになくなっています。持ちあげるとくずれおちそうです。天の光りがかがやき庭の緑もおうじて歓喜の声をあげた日に、太閤は枯れはてたそれを手のひらにのせました。手のひらを少しうごかすと、乾ききった一片はくずれて小さな欠片(かけら)になります。
太閤は縁側から庭におりました。両の手のひらをやわらかくうごかしました。あさがおの花は粉々になり、あさがおであったこともわからなくなりました。風がそれをさらいました。粉々になった物どもは風におどり、幽かな謡い、庭のあちこちにとまり、また風にのり、またとまりました。
――きっとこの庭の神になる。
太閤は金銀砂子よりもっと大事な何かをえたとおもいました。と同時に、あの利休の庭の血の海がうかんできて血管を極度に圧迫しました。太閤の身がくずれおちました。利休にまつわる不都合な風聞がきこえたのはそのあとです。
茶話指月集にあるのをつづめれば、
――利休、茶器の価をきめるのに私曲(しきょく)ありとの風聞たつ――とか。
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