第24話


「さてーー〝ビジネス〟の話をしようか」


カーヴェラの屋敷、中央にある大広間へ移動した一向は、真剣な面持ちで華麗の言葉に耳を傾けていた。


「実にシンプルな話だーー。カーヴェラ、お前に持ってきたビジネスは二つある。」


「……二つ……ねぇ」


華麗の意図を察したのか、やれやれと肩をすくめるカーヴェラ。


「一つはお前のところにいる〝赤髪の小娘〟を引き渡し、聖国か帝国に売・り・渡・す・かーーあるいは、魔王軍に連れて行って殺・さ・れ・る・か・ーーだ。」


ガタッーー、と立ち上がるグレイス。


「…………華麗様、何を言っているのか…………わかって言っているのか!?」


普段の様子からは感じ取れない〝聖騎士〟時代に見せた、他者を圧倒するような気迫を放つグレイスーー。


しかし…………、


「まあまあ、落ち着きたまえよグレイス君」


「ですが御前様ーー」


余裕の笑みでーー右手を挙げてグレイスの言動を静止するカーヴェラ。


「それは呑めないなーーだがまあお前の事だ、どうせ目当ての内容は〝二つ目〟なのだろう?」


簡単に魂胆を見破られて、つまらなさそうにアヒル口をする華麗。


「まあーー、バレるよねえ……長い付き合いだし。これも良い案だと思ったんだがーーカーヴェラから無理やりあの子を奪うのも簡単じゃあ無さそうだし…………それじゃあ二つ目だ」


あっけに取られてポカンとするグレイス。


しかしカーヴェラは顎に手を当てて、華麗の次の発言を待つーー。


「二つ目は、私と共に〝ある人〟を護衛する任務だーー」


「なるほど……護衛任務……かーー。」


少し眉をひそめて訝しむ。


「護衛任務……ですか?一体誰の?」


思い悩むグレイスだが、カーヴェラには心当たりがあるようだったーー。


「聖国が吸・血・鬼・であるお前を雇うわけが無いーーとすると、あり得るのは他の国……いや、まさか帝国か?」


見破られた華麗はお手上げポーズをする。


「さすがだねえ〜……そうだ。相手は現在エレストア帝国〝第二王女〟ーーエリス王女だ。」


「なるほど……〝隠しの王女〟ねーー」


隠しの王女ーーエレストア帝国に流れる噂の一つである。


幼少期から表に姿を現さない事から、母親の身分が確かでは無いーー現国王の〝隠し子〟なのでは無いかと言われている。


国王の一族の名に泥を塗るような事を吹聴すれば一族全員の首が吹っ飛ぶ事案だが、事が事だけに王国側もその噂を否定しきれずにいた。


だがそれだけで済むならその程度だ。では何が問題なのかと言うとーー


「帝国には一部〝純血思想〟の輩が多いと聞くからなーー。その噂に感化され、〝隠しの王女〟の命を狙っているーーと」


カーヴェラの推察を聞いた華麗はーー


「ご名答!」


パチンッーーと指を鳴らしてウィンクを送る。


しかし、話の内容についていけていない者もいたーー。


「なるほど……話はわかりました。ですが、正直に申し上げて華麗様と趙龍様ーーお二方がいれば問題は無いのではーー?」


「同感ーーね。いくら〝純血思想〟の連中だからって、容易に手を出させる程……帝国側もバカではなーーっ!?」


と、華麗の思惑に気がついた様子のドロシー。


と、補足するようにカーヴェラが。


「まあ、グレイス君やドロシーの言うように正直な所、華麗達がいればどうとでもできるさーー相手が〝帝国内部の人間〟でも無い限りはね」


まるで知っていたように、コーヒーをすすりながら淡々と応えるカーヴェラ。


しかしこれをあの一瞬で、話しの一端から捉え推察したのだーー。


恐るべき頭の回転力である。


「要はつまりーー、〝外側と内側〟の両方を相手できる戦力が必要になる訳だーー。そうだろう華麗?」


どうしたものかと頭を悩ませる華麗。


「相変わらずお前だけは相手にしたく無いなーー、その通りだ。〝夜〟の間ならワタシが負ける道理は一つも無いが、日中になるとそうはいかんーー。日中でも相手取るとなるとどうしても二つ戦力が欲しいからな……どうだ?なかなか割に合う話だとは思うぞーー?」


一度深く考え込むカーヴェラ。


しかしそう時間を待たずして、


「ふっーー。いいだろう。ちょうど帝国には〝借り〟があった所だーー。ここらで消化しておくのも悪くは無いだろうーー」


肯定的な返答に気分良さそうにーー、


「お〜!さすがはカーヴェラだ!お前と組み合える事ーー我は嬉しく思うぞ!!」


足を組みながら頬杖をつく華麗だったが、カーヴェラの返答に笑顔で右手を差し出す。


「ああーー、こちらこそーーだ。華麗」


ここに、《伝説の魔法使い》と《吸血姫》による最・強・チームタッグが完成したのであったーー。



「ついで話と言ってはなんだが、お前に一つ知らせておこうと思うことがあってなーー」


「知らせたい事だと?」


少々重苦しい雰囲気に陥るカーヴェラ。


こういう時のカーヴェラの〝勘〟はよく当たるのだ。


「近くに〝茶のダンジョン〟があったじゃろうーー?あそこには近付かん方が良いぞ……。あれは普通ではない〝何か〟がおるからのーー」


その言葉に、一同が固まる。


「華麗様ーー、詳しくお話しを伺っても?」


「むぅ?あ、ああ……ここに来る前に、こやつと少々〝あれ〟を遠くから眺めておったんじゃがのーー、どうやらダンジョン自体が歪なのか、眠っていた〝何か〟が目覚めたのかはわからんが〜……かつて〝黒色のダンジョン〟に潜った時ーーその最下層で見たような奴と近しい〝魔気〟を放ってあったからのーー」


そこまで言ってガタッーーと立ち上がるカーヴェラ。


「バカな……ありえない……。以前星の魔術で調べた時は何もなかったはずーー!っ!?まさかーー」


目を見開くカーヴェラ。


そのあまりに切迫詰まったような表情に、華麗はカーヴェラに問いかける。


「そんなに慌ててどうしたというのじゃ?まさかとは思うが〜……あのちっこいお主の〝お気に入り〟がおらんのはーー!?」


「……………………ああ、そうだ。ユウキだけじゃ無いーーポピィも今、二人であの〝茶のダンジョン〟に行っているーー!」


「っーー何じゃと!?」


カーヴェラ同様、驚きを隠せない表情の華麗。


「急ぎましょう御前様!今ならまだ間に合うハズです!!」


「ああ……そうだな。帰ってくるのを待つーーなんて呑気な事を言っていたら取り返しのつかない事になりかねない」


急いで出立の準備をする一同。


しかしやはり長い年月を生きてきただけあってか、こ・う・い・う・時・の対処が素早い二人であったーー。


「趙龍よーーお主は〝赤髪の娘〟の姉とやらを守ってやれ!」


「承知致しました。お嬢様ーーお気をつけていってらっしゃいませ……」


「グレイス、念のために〝再生のポーション〟を持っていけーー、もしかしたら二人とも死にかけの状態かもしれんからなーー」


あるいはすでにもうーーそう喉まで出かかったカーヴェラだが、それを言った所で仕方がないと判断した。


「了解しましたーー御前様。」


皆が全員武器や装備などの準備が整った頃合いを見計らうドロシー。


そしてーー、


「私が送っていくわーー馬車で移動するより圧倒的に早いでしょう?」


くるんっと指で虚空をなぞらうだけで、空間に紫色の魔法陣が浮かぶように現れる。


「っーー!?これは……」


「まさか……〝転移型魔法陣〟ーーですか?しかもこの感じ……事前に指定した訳では無いーー〝自由座標指定〟……ですか?さすがはドロシー様ですね……この趙龍ーー感服致しました」


と、驚く一行がいるのに対してーー、


「ククッ、相変わらず便利な技を使うな?ドロシー」


「助かりましたドロシー殿ーー正直今は一刻を争う事態ですからーー」


今更ながらに、天才と呼ばれる〝ドロシー・R・フェイト〟の実力を改めて実感していたーー。


「まあ、伊達に〝大魔女〟だなんて呼ばれて無いからね……恩師でもこのタイプの〝転移型魔法陣〟を作るのは時間がかかるだろうしーー」


不適な笑みで帽子を触るドロシー。


そしてーー皆へ再確認の意を込め、カーヴェラが口を開く。


「底階層で、大した敵もいないーー〝青のダンジョン〟や、〝紫のダンジョン〟のような一定以上のレベルが無ければ現れないとされていたーー。〝白のダンジョン〟や〝黒のダンジョン〟のようにB100階層以上などという深層があるダンジョンでも無いのに、その最奥にいるボスは白のダンジョンや黒のダンジョン同様ーー討伐レベルはS+。そんな〝異質なダンジョン〟を人は皆こう言ったらしいーー。〝灰色のダンジョン〟ーーと。」

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