第16話
「お師匠イカレてんのか!!〝上限色覚〟なんてペーペーのコイツが覚えられるわけねぇだろーー!!」
バンッーーと机を叩き、ユウキが声を荒げる。
「今回ばかりは完全にユウキに同意だ。御前様ーー、さすがにそれはポピィ殿にとってあまりに過酷すぎるーー。とても正気の沙汰とは思えんーー。」
「我が恩師ーーカーヴェラよ。この〝赤娘〟の魔気に触れて高揚する気分は我とて同じ……しかし、〝上限色覚〟を覚えるにはやはりまだ幼稚だーー。深淵を心に宿した我とて、大事な妹弟子を見殺しにはできぬーー」
全員から満場一致の大反対を受けたカーヴェラは、やれやれと呆れたように肩をすくめる。
「何も気が触れて変な事を言っている訳では無いぞーー?現にユウキーーお前が一番最初に覚えたのが〝上限色覚〟だったじゃないか……?」
腕を組みながらユウキに目線を流すカーヴェラ。
対してユウキは、額に手を当ててくしゃくしゃと髪を掻いていた。
「あのなぁお師匠……アンタもさんざん言ってただろが!一番最初に上限色覚を覚えた俺が〝異常〟だっただけだって!それをポピィにやらせた所でーー」
カーヴェラが左手を差し出して待ったをかける。
「〝遠きに行くは必ず邇ちかきよりすーー〟というだろうーー?だからお前が一緒に行くんじゃないか……。〝普通じゃない〟お前が教えれば、それがポピィにとっての〝普通〟だーー。そうだろう?」
暴論だ。
いや、もはや暴論すぎて正論とすら言えそうだ。
どうしたものかと皆が頭を抱える中、皆のやり取りを見ながらポピィはおずおずと手を挙げたーー。
「あ、あの〜……お話し中の所すみませんが〜……そもそも〝上限色覚〟って何なんでしょうか?ーー」
すんっーーと、辺りが静まりかえる。
「あちゃー!そうだ……肝心の説明を忘れていたね……私とした事が申し訳ないーー」
「私も、御前様のあまりの言動にすっかり頭から離れていましたーー。そうか、ポピィ殿はまだ知らないのであったなーー」
すっかり蚊帳の外の、当人であるポピィに対して議論に白熱していた二人が謝罪する。
「いや……そもそもこれ〝外法〟だから!普通は誰も知らないもんだから!」
「この〝赤娘〟が〝上限色覚〟を覚えるかーー。ふっ、我の良きライバルとなりそうだなーー」
未だに納得できないユウキと、カーヴェラの意見に若干同意しつつあるドロシー。
皆知っているような口ぶりからして〝上限色覚〟とやらを、既に会得しているのだろうかーー?
と、ポピィが考えているとカーヴェラは注目を集めるようにパチンと指を弾く。
「まぁポピィも一度見た事があるとは思うが、はっきりとは覚えていないだろうーー。特別にワタシの〝上限色覚〟を見せてやるーー。」
カーヴェラはおもむろにそう言うと、静かに目を閉じるーー。
「お……おい、お師匠?あまり力出しすぎるなよ?俺たち全員ダウンするからーー」
そんなユウキの心配をよそに、カーヴェラはゆっくりと目を開ける。
するとーー
「っーー!目の色が、紅色に変わっているーー!!」
先程まで黄昏色だったカーヴェラの瞳は、真紅の瞳となっていたーー。
「まあ、これが〝上限色覚〟だーー。」
カーヴェラの明らかに密度の濃い魔気に、無意識に身内ながらも若干の警戒を覚える三人ーー。
「己の中に眠る〝潜在色素〟を覚醒させる事で一時的に様々な能力を会得できる。まぁ、引き出せるのはその〝色素〟の中に含まれている能力に過ぎんがなーー。」
ポピィは思い出すーー。
あの時助けてくれた、あのカーヴェラの姿をーー。
《魔将十傑》の一人、〝ベルゼブブ〟を呆気なく葬った圧倒的な魔術の連発をーー。
《伝説の魔法使い》たるその姿をーー。
それが、
ゴクリ、と生唾を飲みながらも、以前のカーヴェラと比べて少し〝違和感〟がある事に気づくーー。
「あれーー、そういえばあの時は左右で目の色が違ったようなーー」
確か右目が真紅しんくの赤い瞳、左目が紺碧こんぺきの青い瞳だったはずだ……。
「ほほう。よく憶えていたなーー。そうだ、あの時は〝もう一つ〟の〝上限色覚〟を使っていたからな……。だが、〝あっちの目〟は周囲に悪影響を及ぼしかねないからな……屋敷内ではあまりむやみやたらに使わないんだ。」
すぅーーと、瞳の色を元に戻すカーヴェラ。
纏っている魔気が緩まったのか、周囲の緊張も緩和された。
「これが上・限・色・素・覚・醒・解・放・術・ーー〝上限色覚〟と呼ばれる技だーー。これをユウキの教えで学んでこい」
正直戦いの技術なんて少しも習った事が無いーー。
でも、どうやったらいいのか全くわからないけれど、カーヴェラさんが出来ると言ったのだーー。
だったらわたしはーー。
「やります!大変かもしれません……が、必ず会得してませます!!」
ポピィのやる気に満ちた表情に、カーヴェラは満足そうに笑ったーー。
「うんうん!いい返事だーー!じゃあユウキ君、頼・ん・だ・よ・!」
「へ、へい〜」
視線で圧をひしひしと受けるユウキは、目線を合わさないようにしてぎこちない返事をする。
〝茶のダンジョン〟でのポピィ〝上限色覚〟取得訓練が始まったーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
茶のダンジョンとは、いくつか色のあるダンジョンの中で比較的安全かつ、探索が短いダンジョンである。
実はダンジョン自体に元々色がある訳ではなく、王都の騎士や冒険者が調査してその内情を把握した上で、外壁の色を塗っていく仕組みとなっているーー。
が、最難関と呼ばれる〝赤色のダンジョン〟に関しては元々外壁が赤色だったために難易度として最上の色合いとしたのだが、そもそもただの〝騎士〟や〝一般冒険者〟であれば赤色のダンジョンが放つ魔素に感化されて近づく事さえできないらしい。
つまり、今回探索予定の〝茶のダンジョン〟は他の冒険者に探索し尽くされ、比較的安全が保証されているダンジョン故に、ポピィの訓練にはもってこいの場所なのだーー。
あくまで、探・索・の・評・価・が・正・し・け・れ・ば・の話だがーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ〜、着いた〜……」
徒歩約三時間ーー。
体力作りという事で馬車の使用の許可が降りず、ぐったりするユウキと、初の探索でウキウキしているポピィであった。
『不在の間、ヒュイは私が面倒見ておこうーー。茶色とはいえ、何があるかわからないからな』
『いってらっしゃいポピィ〜!かえってきたらダンジョンのおはなしいっぱいきかせてね!』
三時間前ーー出立前にカーヴェラから赤と銀の色合いが程よいコントラストの〝短剣〟を受け取った。
鍛冶師としてたくさんの剣を治し、打って来たが、これほどの完成度の短剣は見た事が無かった。
(わたしの腕もまだまだだな…………)
革の鞘に仕舞って、いつでも取り出せるように背中に短剣をセットする。
「ユウキさんは何も武器はいらないのですか?」
見ればユウキは少々大きめのリュックを持っているだけで、武器という武器を持っている様子は無かった。
「まあ〜、そもそも俺はEランクだからな〜、武器なんて使える程、器用なもんでもねぇよーー」
ユウキさんでEランク!?
世間って恐ろしいんだなと、若干の勘違いをするポピィだった。
「そういやお前……、その服結構似合ってるなーー」
「え、そ……そうですか!?」
嬉しいのか、褒められて赤面するポピィ。
こちらも出立前に、カーヴェラからーー
『ポピィーー、これを着ていくといい。お前の髪と瞳の色にちょうど似合うものがあってなーー』
差し渡されたのは、赤い帽子に赤と黒のコントラストの膝までの長さのコート。
内側のブラウスは赤と白のコントラストで、リボンやボタンなどは全て赤色で統一されていた。
下は白色のハーフパンツで、靴は膝下までの長さのロングブーツ。
徹底して動きやすさとダメージを最小に抑えられる設計がされていた。
『初めての探索だーー。ユウキもいるんだから、〝無茶をするなら死なない程度に〟ーーな』
そう言ってニコッと微笑むカーヴェラさんは、少しだけ母親のようにも見えたーー。
今回潜るダンジョンはB5階が最下層で、冒険者にとっては日帰りで新パーティーの調整をしたり、新しい魔法や武器の切れ味などの確認できる程・よ・い・難・易・度・なのだーー。
「ユウキさん、所でわたしは何をやれば……?」
おずおずと尋ねるポピィ。
「あ〜、まあ……そうだな。とりあえずB3階層くらいまでは俺がやるから、できそうだったら徐々に倒せる敵をやっつけて来い。B4以降はお前が一人でやれ……まあつっても、仮にもお
ふてくされたように、両手をポッケに突っ込んだままダンジョンの階段を降りていくユウキ。
そんなユウキの背中を、頼もしい兄を見る目でポピィは見ていたーー。
(ユウキさんって面倒くさがりだけど、なんだかんだ面倒見のいい人なんだなーー。まるでお兄さんみたいーー)
「ああ?さっきからジロジロ見てどうした?」
「ーーあっ!いいえ、なんでもないですよ!?」
頬を赤ながら挙動不審のポピィを、訳がわからず疑問符を頭に浮かべるユウキ。
するとーー
「おっと、どうやら着いたみたいだなーー」
B1階層ーーそこかしこに、ぷよぷよしたものが動いていた。
「スライムかーーちょうどいいレベルだな、手本を見せてやるから見ておけーー」
ポピィの初のダンジョン探索が始まったーー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます