第6話

 

 うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!


 小国のはずれにある街のギルド。そんな辺境の地に現れたSランカーの冒険者。


 本来なら滅多に訪れない機会を前に、ギルド内は騒然と化していたーー。


「あ、あの、アシュリー・ホワイト様ですね。本日は何故このような地に足をお運びになられたのでしょうか?」


 ギルドのお姉さんがどうもご丁寧に対応している。当然だ。ギルドにとってSランカーとは切り札も切り札。本来であれば聖国や大国の重要な役割を担ったり、ギルドでは通常受付をしていないような極秘任務などで忙しく辺境の、とりわけごくごく平凡かつ平和。そう言えるような場所にわざわざ足を運ぶような存在ではないのだーー。


 控えめに言っても、王族に次いで宰相や聖騎士といった優遇される存在。それと同等の存在である。


 そんな生きた英雄とも呼べるにはあまりに似つかわしくない表装の少女ーーアシュリーから放たれた返事は、予想もしない意外なものだった。


「別に……ただの暇潰しよ……。」


「え、……暇……潰し、ですか……?」


 豆鉄砲を食らったハトのような顔をしているお姉さん。と、次いでーー


「まあ正確には《ペインギヴァー》がここら辺に出没した理由の調査だったけど、どうやら消えたみたいだし、暇潰しに街を歩いてたわけ。他に何かある?なければさっさとこんなムサ苦しい所、おいとましたいんだけど?」


 鬱陶しいとばかりに毒舌を吐き捨てる。


 その様子を見た職員のお姉さんがあ、いいえ!ご協力ありがとうございました!!と深々とお辞儀すると同時に、あっけなくこの場を去っていった……。


 初めてみる冒険者の姿ーー。その中でもあまりに雲の上の存在すぎるSランカーの少女を前に私の胸は、高揚でいっぱいだった……のだが、


「ああ。あとこの子、ちょっと借りていくわ……」


「え?あっ、ちょっと!?」


 人一人抱えるには似つかわしくない、華奢な体で担がれていく。ギルド内の全員がポカンとしながら、じたばたしている私とそれを担ぐ少女という異様な光景を見送っていったーー。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ギルドから北上していったところにある中央区。

 樹木が並ぶ公園の一角で……


「離して!ちょっと……これ、いつまで私担がれてるの?そろそろ降ろしてくれても……ってああっ!服のボタンが取れちゃった!ちょっと、見えちゃう!見えちゃう!降ろしてぇ〜」


 子猫のように泣き出し始めた頃合いになって、バサッと投げ捨てられる。


 いてぇっ、と尻もちをついてお尻をさすっていると、ふと周囲の人達の目線が集まっている事に気がついた。


「はぅっ!」


 バッーーと急いで外れたボタンを閉めてコートを着直す。

 ふぅ、とため息をついて落ち着いた頃合いをみて、少女は口を開いた。


「あなた、冒険者?」


 唐突の問いに一瞬頭が混乱する。


「いいえ、冒険者ではないわ。ただの鍛冶師で、さっき職業登録をしようとしてたの……」


 意外だったのか目を丸くする少女。しかしその瞳は一瞬で何かを睨みつけるような視線に切り替わる。


「あなた鍛冶師なの?へぇ……でも一つ忠告しておくわ。職業登録はやめておきなさい……あなた、普通じゃないから」


 いきなりなダメ押しにえっ、と思わず尻込みする。わざわざ街まで職業登録をしに来たのに職業登録せずにとんぼ返りするなんて何しに来たのやら。


「どうして?普通じゃないってどういうこと?」


 そう問い返すと、少女は訝しむようにこう答えた。


「あなた、自分でわかってるくせに言い返すなんてバカにしてるのかしら……まあ、よっぽど言いたくない事情とかあるんだろうし、それを考えるとそういう反応になるのがある種の普・通・……ね」


 何を言っているのか?全く意図が理解できない中で、少女ーーアシュリーから放たれた言葉は、私の思考を停止させるのに十分なものだった。


「だってあなた……前・世・の・記・憶・があるんでしょ?」


「ーーーっ!!!」


 何故知っているの?どうして?どうやって?そんな疑問が思考を駆け巡る。

 誰にも、今の家族にも言った事すらない。なのにこの少女は今日会ったばかりにも関わらずそれを知っている。


 そんな私の疑問を見透かしたように、アシュリーは続けた。


「《星》が教えてくれたのよ。私の魔術は相手の持ち得る全・て・の・情・報・を可視化してくれる。それで、あなたを街で見かけた時偶然目にしちゃったのよ……。あなたの所持スキル欄に《鍛冶師》と並んで《転生者》のスキルがある事に……。本来このスキルは《秘・術・》である《輪・廻・転・生・》を使うか、前世の記憶を持った冗談で生まれ変わった者しか持たないのよ……でもあなたの職業欄に《輪廻転生》が使える《不死王リッチー》は無かった……。だからあなたは前世の記憶を持っている……故に、その《転生者》スキルを持っている……。これが、私があなたが前世の記憶を持っていると確信した理由よ……」


 何を言っているのか?きっと正常な思考状態であればギリギリなんとか……ヒュイくらいの頭があれば理解できただろう!(私には無理!!)


 しかし、何となくこの子が言いたい事が重要であるという事だけは、かろうじて私の頭でも理解できた。


「星が……あの……ごめんなさい!なんというか……私、鍛冶師としてしか生きてこなかったからあんまり魔術の事とかよくわからなくて……その〜結局私がギルドで職業をもらうのとどういう関係があるのかな〜って……あはは……」


 アシュリーはきょとんとした顔で、ハァ……とため息を吐く。きっと私の理解力の低さに呆れたという表しなのだろう。非常に申し訳ない。


 しかしこの心優しい少女ーーアシュリーは親切丁寧に私に事の重要性を説いてくれる。


「つまり、職業選択というのは所有者のスキルや職業によってギルド側が判断する事が多いのよ。それは自分から前世の記憶がありますって申告しているような者なのよ……」


「ええと、確かにあまり人には言いたくなくて、前世の事は家族にも言ってないのだけど……それってマズイ?」


 頭を振りながら、アシュリーは答える。


「マズイもマズイ。大問題。本来不死王リッチー以外の《転生者》なんて職業数百年に一人単位の存在なの。まず間違いなくアナタ、まともに鍛冶師なんてやってられないわよ……。王国から聖国まで大賑わいのお祭り騒ぎ。《勇者》や《大賢者》ですらここまでならないのに非不死王転生者ノンリッチリバイバルなんて一生不自由まっしぐらよ。……まあ、あなたがそれでもいいって言うなら止めはしないけどね」


「え?えええええええええええええええええっ!!!!!」


 事の重大さと初めて知った自分の職業転生者という真実をどう受け止めたらいいのか………。少なくとも私よりもこの少女の方が、私の事を理解しているのだと認めざるを得なかった。


「はぁ……何だか一生分ビックリした気分かも……って!そんな事より!」


 咄嗟にバッーー、とアシュリーの手を掴む。


「ありがとう!!本っっ当に、ありがとう!!あなたがいなかったら私、一生鍛治師として生きていけなかったのね!ありがとう!!」


 ぱあああっ、と笑顔が咲いたようなポピィのありがとう連呼を聞いて恥ずかしくなったのか、アシュリーのほっぺが真っ赤になって掴まれている手を振り解く。


「な、べ、別にワタシは……。まあ、アナタがよかったなら……いいんじゃない」


 ほっとしたような、年相応の微笑みを見せるアシュリー。


 そんなアシュリーの笑顔に応えるようにーー


「うんっ!!!」


 屈託ない笑顔で返すーーポピィであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「な、何だ……おまえ達は……うっ……ブフォッーー」


「父さんっーー!父さんしっかりして……ゴルベルさん……ウェサルさん……」


 炎に包まれた家屋の中で、ヒュイは血を吐いた父を抱き抱える。

 傍らには先程まで一緒に休息を取っていた鍛冶職人の二人の亡骸が倒れていた。


「母さん……どこなの?母さんーー!!」


 意識が遠くなりながら、先程洗濯に外へと出ていった母親の名を叫ぶ。


「ブッーー!ゴホォッーー!!」


 自身も大量の血を吐き、もはや命が長くない事を悟るーー。


 これが死か……。なんて残酷なのだろう?あまりに非常ではないか…………。あまりに唐突に訪れた不条理に、涙が溢れる。


 あの子は大丈夫なのだろうか?せめて、せめてあの子だけは生き延びてほしいーー、戻って来てはいけない。ヒュイはただひたすらにそう願っていた。


「…………ポピィ…………どうか、……神様…………あの子……を、お助………け、くだ…………さい…………」


 左手に祖母の肩身の女神の紋章が刻印されたペンダントを握りしめ、少女は暗闇の中に意識を落としたーー。


「ベハハハハハハハハハハハハッ!!!!!どうだどうだ!?ニンゲン共ぉ、俺様直々にこれから大虐殺をしてやるぜぇ!待ってろよぉ〜、街の連中共ぉ〜。俺の手下死の蠱毒隊デス・ベルゼと共に全員息の根を止めてやらぁ!まずはこの国だ!魔王様より拝命せし《魔将十傑ましょうじゅっけつ》が一人、ベルゼブブ様が直々に潰してやるんだから感謝しやがれよぉ〜、ベハハハハハハ!」


 燃え盛る家屋を前に、紫色の触角と仮面を着けた男が高らかに嘲笑う。


 その姿はまるで絶望をもたらす悪魔ーーそう例えるに相応しい光景だった…………。

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