第7話

 

 さて……どうしたものだろう。


 あの後白髪の少女ーーアシュリーと別れ、街をブラブラとしていたのだが、職業登録ができないという事を告げられる。


 《転生者》というのが未だどういうものなのか実感がないのだが、どうやらこの世界ではとんでもなく重宝されるものらしい。


 とりあえず今日は一度帰路についた方がいいのだろうが……果たして何と言い訳すれば良いのやら……。


 はぁ、とため息を溢す。視線の先に、ザワザワと人だかりができている事に気がつく。ざっと百人前後いるのだろうか……?


 さては先程のアシュリー騒動(私命名)によってここまで人が集まっているのかと思いきや、何やらギルドから街の各所に配置された職員の号外新聞によるものだった。


「ほらほら号外〜!号外〜!何とあのSランク冒険者アシュリー・ホワイト様に続いて、あの《剣聖》エレク・ソード様がこの街にいらっしゃるぞー!」


 …………エレク・ソード。お祖父様の打った武器エクスソードの所有者にしてSランクパーティー《英雄の剣》リーダー。この街と縁のある彼だから、たまに訪れる事はあるが……毎度この様に騒がしいのだろうか……?


 …………エレクーーー。



『なあ、お前は将来何になるんだ?』


『私?もちろん!お祖父様を超える世界一の鍛冶職人だよ!』


『へぇ〜、じゃあ俺が将来剣聖になったら、お前を俺のお抱え鍛冶師に任命してやろう!』


『ずいぶん威勢がいいけど、あいにくお断りよ!私は誰にも指図を受けない自由な鍛冶師になりたいもの!だから、アナタの剣を治してあげるかどうかは私の気分次第ねぇ〜』


『何だと!?未来の英雄様の心優しい勧誘を断るとは……!あとで後悔しても遅いからな!』


『あははっ!じゃあそうねぇ……ああ、ポピィ様……どうか私めにその神がかったお手でこの剣にお力添えを……何卒よろしくお願いします〜……って、土下座したら考えてもいいわよ〜?』


『何を!?神聖なるこのオレ様がそんなマネするかっ!!』


『あっははは!怒ってやんの〜!カッコわるぅ〜!』


『なぁにを!!』



 ……ふと蘇る幼少期の記憶。


 バカな少年との、他愛も無い会話だった……。


「ふっ……ホントに《剣聖》になっちゃったんだもんね〜……」


 対してわたしは、職業の一つも得られないままの片田舎の鍛冶職人。


 肩書きだけなら比べる事すら痛々しい程に、天と地程の差があった……。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 ガタガタガタガタッ


 揺れる馬車から瞳に映る夕焼けは、何とも美しくも神々しいものだった……。


 乗車してどれくらいの時間がたっただろう……?


 気づけばうとうとしながら自宅の近くにある川沿いまでやってきていた。


 すると……


「おい……嬢ちゃん……?あれって嬢ちゃんの家……じゃなかったか?」


 青ざめた顔の御者のおじさんが家の方に向かって指を差す。


 次の瞬間ーー、ハッと息を呑む。


 ドクンッ


 と、わたしは心臓が握りつぶされそうになる程の寒気に覆われた。


 何故なら朝方までわたしのいたその家は、工房は、土地は、燃え盛る炎の渦に巻き込まれていたのだ。


「あ……ああ……あああああ」


 あの日の光景を思い出すーー。


 幸せとは残酷な現実の上に成り立っている……。


 かつて聞いたこの言葉を、何故こうもわたしは体験していまうのだろうか……?何故わたしばかりが、こんな目に遭うのだろうか……?わからない……わからない……わからない……


 でも、今はそんな事よりも……


「父さん……母さん……ヒュイ……みんな……」



 涙を溢しながら、まどろみの意識の中を歩く。


「お、おい!お嬢ちゃん、行っちゃダメだ!戻ってこい!」


 御者のおじさんの言葉は届かない。ただ目の前の絶望の中に、あのあの家にはわたしの……わたし達の幸せがあるのだから。


 足が止まらない、何も考えられない、ただひたすらに絶望だけが体中を覆い尽くす。


 危険だーー。そんな考えとは裏腹に、わたしの体はバッーーと燃える家屋の中に走り込んでいた。


「父さん!母さん!ヒュイ!いたら返事をして!」


 ダンッと扉を蹴り破る。その瞬間目に入ったものは、まさしく残酷という表現しかないだろう。


 燃える室内の中に、二人の倒れた遺体。ゴルベルさんとウェサルさんのものだ。


 そして、壁際に抱き合うようにして血を流し、生き絶えていると思われる三人の見慣れた姿ーー。


「ああ……あああ………ああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」


 喉奥から自分のものかと疑うほどの叫び声が室内に響き渡る。


 駆け寄ったその三人は既に生き絶えていた……


「父ざん……母ざん……ひっく、なんで……なんで……えくっ、ヒュイ……返事をしでよぉ!!!」


 ああ……またわたしは全てを失ったのか……。


 どうしてなのだろう?わたしの何がいけなかったのだろう……。神様、わたしは何か悪い事をしたのでしょうか……?何故わたしの家族ばかりが、こんな目に遭うのでしょうか……?


 祈っても帰らぬ命を前に……意識が遠のいていく。


「ゲホッ!ガホッ!ハァ……ハァ……」


 室内の二酸化炭素濃度が高くなり、呼吸もままならない状態になる。


 と、その時……


「ハァ……ハァ……」


 微かに……だが僅かに、その命を吹き返す声がする。


「ヒュイ……?ヒュイ!生きてるの!?」


 返事はない……だが、まだ首に手を当てると微かに脈拍がある事に気がつく。


「ヒュイ……まだ、生きてる……!」


 死なせるわけにはいかない……!死なせてたまるものか……!必ずヒュイだけでも助ける!


 朦朧とした体でヒュイを担ごうとするが、思ったように体が動かない。


 一歩、また一歩と、体を引きずるようにして歩く。


 そうしてようやく外へと脱出したタイミングと重なるように、室内が瓦礫で埋もれ始めていく。


「父さん……母さん……」


 振り返り、血だらけ傷だらけの拳を握りしめる。


 守れなくてごめん。わたしが昔の失敗を糧にしてこんな事にならないようにできれば……ないものねだりだが、今更ながら自分の不甲斐なさ、弱さ、脆弱さを身に染みて感じていた……。


「ヒュイの事は……私が絶対に守る……!」


 強い決意と共に、わたしの意識はまどろみの中に消えていったーー。



「おやおやまあまあ、こんな所で眠っていては風邪をひくぞ?うら若き女子たちよ」


 金色の髪、同色の気品ある瞳。黒のドレスを見に纏ったその女性は燃え盛る家屋の前に佇み、ただボロボロの二人の少女を見下ろしていた。


「〝覚醒せよ〟」


 掌を差し出し、呪文を唱える。


 ドクンッと、ポピィは強制的に意識を現実へと引き戻される。


「何……?あれ……?私……。はっーー!えっと……あなた……は……?」


 混乱し、疲弊し切った顔で訊ねるとその女性は手の甲を髪に押し当て、憐れむように微笑む。


「私はカーヴェラ。そうだねぇ……まぁただの、しがない旅人さ。あんたは?」


「私……わたし……は……」


 うまく頭が回らず、状況把握ができない……。彼女は何者なのだろうか?この騒動と関係が……?


 そう思いながらも名を名乗ろうとしてーー


「ぽ……ポピーーッ!?」


 サッーーと、手を差し出して待ったをされる。


 気がつけば目の前の女性は明後日の方向を向き、先程私に向けた視線とは打って変わって鋭い睨みつけるような視線を向けた。



「止まれーー!お前……何者だ?」


 ドクンッと、心臓が止まりそうな程の威圧感。この場にいるだけで殺されてしまいそうな程の殺気を放ちながら、目の前の女性は静かに問いかける。


 自分たちとは離れたその場所には、紫色の触角と派手な仮面をつけた男がひっそりと佇んでいた……。


「ベハハハハハハハハハハハハッ!我こそは魔王様の直属の精鋭魔将十傑が一人ベルゼブブ様だぁーー!!悪いがそこの赤髪の娘……貴様には死んでもらうーー!!!」


 《魔王十傑》……。そう名乗ったその男ーーベルゼブブは私を嘲笑いながら、そう言って殺害予告代わりの指を差し向けていた……。


「ほう……面白い。私の前でそんな事ができるのなら、やってみろ」


 カーヴェラと名乗ったその女性は、私の前で指をポキポキッと鳴らしながら立ち塞がるように〝魔将〟ベルゼブブと対面する。



 それがわたしと、後にわたしの師となる《伝説の魔法使い》カーヴェラとの始まりの出会いだったーー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 03:10 予定は変更される可能性があります

転生した鍛冶師の娘 @luka0927

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画