第4話



 空気が重いーー。

 そうだ、忘れてた。今日は……


「本当に行かなきゃダメー?」


 駄々をこねる子供のように姉の方をチラリと見る。

 朝から優雅にコーヒーとパンを嗜む姉は、ため息混じりに微笑み返す。


「ササッと行って、登録して帰って来るだけよ。大丈夫!ポピィの腕は工房のみんなのお墨付きなんだから、しっかり役職もらって帰っておいで!今日の夜はみんなでパーティーだから!」


 今日はギルドに行って役職登録を行う日だ。

 本来なら十五になった誕生日に行うのが慣わしなのだが、私がワガママを言っていたばかりにこうして遅くなったのだ。

 何故って?だって面倒だもん。街までおよそ五里ーー二十キロメートル相当の距離になる。馬車で行って帰ってくるだけでも半日かかるこの距離を、面倒な手続きでさらに時間を食ってしまうのだ。


 しかし……


「パーティー!?ホント!?やったー!!」


 そう言って安い餌で飛び跳ねる自分がいる。ギルドで役職登録をすると、作った武器にブランドがつきやすくなるのだ。人気のある鍛冶職人なんかはそうやって年に数回の受注だけで食うに困らない生活ができるようになる。


 まあしかし私は年に数回と言わず、祖父ーーおじい様のように歴史名を残す程の武器を数多く残すようないわゆる鍛・冶・師・バ・カ・のような毎日を送りたいところであるのだが。


「ほらっ、町へ行くならお小遣いが必要だろう?せっかくのお出かけなんだから楽しんでおいで」


「ポピィ、あまり危ないところへ言ってはダメよ。日が暗くなる前に帰っておいでね」


 チャリ、と銀貨の入った小袋を受け取りながら両親に出かけの挨拶をする。


「ありがとう!行ってくるね!お姉ちゃん、休日なんだからたまには休みなよー」


 余計なお世話っ!とばかりにシッシッと手を振って追い払う。いつものやりとりだ。


 しかしこの時の私はまだ気づいていなかった……。


 また、この大事な宝を……日常を……家族を、理不尽に奪われることになるなんてーー。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ゴトゴトゴトゴト


 馬車の後方で、足をプラプラさせながら空を見上げる。

 腹が減ったので昼食に持ってきたハムとタマゴのサンドイッチをかぶりつくのだが、これに勝る昼食を前世と現世どちらともで出会ったことがない。


「ん〜、まいう〜」


 サンドイッチをもぐもぐしていると、ふと左方向にハイエナドッグの群れがいることに気がつく。

 距離は百メートルといったところか……?しかもそこには旅団と思しき人影がたくさんいた。

 慌てて御者のおじさんに声をかけようと思ったが、そもそもハイエナドッグは基本的に亡骸を漁る魔獣で生きている者に手出しをするケースが少ない。


 つまりあそこにいる人影はーー、


「ねえ、おじさん。あのハイエナドッグがいるところってーー」


「んっ?ああ、残酷なものだろうーー。ありゃあ、古くから王都でも指名討伐依頼が出されているーー《痛みを拡散せし者ペインギバー》だ。あんなバケモン、Sランク冒険者でもない限り倒せやせんさ」


 痛みを拡散せし者ペインギバー。聞いた事がある。

 お伽話でも聞いた事がある、悪魔のような魔物だ。

 夕方頃になると突如現れて、出会う者全てに痛みと死を与える魔物。

 黒いモヤをローブで包み込み、死神のような鎌を持って浮遊する。瞳を覗こうとするだけでその薄気味悪さに気絶すると言われる程の恐ろしいまでの存在感。

 脅威度Sランクの魔物でいわゆる固体種こたいしゅーーつまり他に実在例がなく、たった一固体だけでこの悪名高さだ。まず間違いなく絶対に出会いたくない魔物の一体だろう。


「あ〜あ、早く着かないかな」


 先程感じた身震いを振り切り、退屈とは裏腹の好奇心を感じる。


 小国とはいえ、王都に近い街だ。


 どんな所なのだろうか……




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「うわあ〜あ、すっご〜い!」


 感嘆の声をあげながら、人が行き交う街並みを見渡す。

 到着早々に、私の心は好奇心で満たされていた。


「お嬢ちゃん、帰りの時間になったらまた言うんだよ、おじさんはここで昼寝して待ってっから」


「ありがとうおじさん!行ってきま〜す!」


 ぶんぶんと満面の笑みで手を振り、街へと駆け出す。

 さてと、まずはギルドに行って職業登録だ!



 ……………………。


「あの子……」


 眼帯を着けた小さな女の子がふと、目線をやる。


 何を思ったのか?ただの気まぐれなのか?まあいいやと溢し、後を去った…………。



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