第3話
カッカッカッカッ
「どう〜いい感じ〜?」
「さすがだなーポピィ!いい出来栄えだ!」
鍛冶師達の午後の戯れを、遠巻きに眺める。
「ほぉ〜、あの小娘……」
クスッと笑みを浮かべ、女性はポピィに目線を向けながら黄金色の前髪をクルクルッと指で絡める。
「悪くない……が、少し……いや、まだ弱いな……まるで幼子だ」
眉を細め、髪と同色の黄金色の瞳をーー何かを吟味するように訝しむ。
ーーと、そこに。
「ーー御前様、そろそろ」
顔に大きな刀傷のある、騎士風の風貌の男が跪きながら問いかける。
「ああーー、わかった。」
女性は踵を返すと、
「もしその時が来たら、また訪ねてみよう。なかなかに面白き〝赤髪赤目〟の〝《運命》の子〟よーー。」
そう言い残し立ち去っていったーー。
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「ねえちゃん……ねえちゃん……」
何……誰……?
「ねえちゃん……ねえちゃん!」
唄……?
「お姉ちゃん!」
「っーー!!」
うわあああああああっ、と心臓が飛び出るくらいの大声をあげて飛び上がる。
ふと、そばには小さな女の子が。
「大丈夫?」
栗色の瞳で、こくっと顔を傾げる。
今日はこの女の子が母親の代わりに、包丁を治してほしいと持ってきていたのだ。
「あ、ああっ、ごめんね!べ、別に寝てたわけじゃあないよ決して!?絶対に!?断言的に!!」
「そうなのー?」
変なの〜、と言いながらあたりをきょろきょろする。
反面ポピィは恥ずかしさで顔を真っ赤にして頬をかいた。
「もうすぐできるから、もうちょっと待っててね」
「うん!ありがとうポピィお姉ちゃん!!」
ぱああっ、と明るくなる笑顔が眩しい。
今は打ち終わった包丁を冷ましているため、あと半刻程あれば持って帰っても大丈夫だろう。
今日は一通り打ち終わった武具を姉が卸売りに街へ出ており、職人はこぞって連日の疲れを癒しにベッドの上だ。
母は家で晩飯の支度をしているため、工房には当直の私とこの子の二人だけだった。
(恥ずかしすぎて帰りたい……)
はあっ、とため息を溢しながら前日の新聞を読む。
そこには一面に、ーー新ダンジョン攻略ーーについての記事が大々的に報道されていた。
「なになに〜、白の新ダンジョンB123階層にて、新種の魔石を発見ーー。魔素を吸収するこの魔石はこれからのダンジョン攻略に非常に有意義な足がかりになるため、早々の解析が求められるーー。ねぇ〜」
ちなみに魔素とは、自然を流れる万物のエネルギーの事である。
主に《魔術》や《魔法》、生命を維持するためのエネルギーに使われたり、魔導具のエネルギーとして使われたりもする。
ちなみに人間や生物には〝魔気〟と呼ばれるものが流れていて、これは魔素が転化したものと言われている。
鍛冶師の自分とは全く無縁の世界の事なのに、何故か新しい情報には目が釘付けになってしまっていた。
それには、やはりこの人の影響が大きいのだろうーー。
「Sランクパーティー《英雄の剣》リーダー兼、新ダンジョン攻略チーム代表ーー」
《剣聖》エレク・ソードーー。
有名な冒険者一家、《ソード》の名を持つ冒険家で、私の祖父ーーゼフォラ・レッドが剣を打ったとされる冒険者。
彼の剣にはある特殊な細工がしてあった。
それは、鍛冶スキルを持つ者だけができるいわゆる付与スキルのひとつーー《ダメージ永続上昇》である。
ダメージ永続上昇は同じ相手に対してダメージを与えれば与える程ダメージが上がり続けていくものである。
故に、《ソードマスター》の役職を持つ彼にはうってつけのスキルと言えるであろう。
武器のスキル付与は難易度があまりにも高く、私の祖父でも生涯のうちに3つしか制作出来なかったと言われている。
工房で話を聞く限り、かつて祖父は世界一腕がある鍛冶職人として長らく大勢の人から頼られ、依頼を受け、その名声を世界中に轟かせたが、ある時を境に表舞台から姿を消しーーこの辺境の小国の、それも町外れにある広大な自然の中にひっそりと工房を構えたらしい。
何故そんな選択をーー?とも思ったが、人の光を見ていく中で、人の闇の部分にも触れてしまったのかもしれないーー。
いつの時代だって、種族だって、境遇だって、どれだけ世界が変わっても光あるところには闇があるーー。
ああ、そうだ。……私が前世で一度味わった事だーー。
ふっーー、と腹時計にも似た感覚を覚える。鍛冶職を身に付けてからよく、作業中にはこの感覚が頼りだ。
「おっと?そろそろいいかな……」
一応一度水につけて冷やしてあるが、外気で冷やし、最後に少し研ぎ作業だけ済ませる。
キィー、キィー、と程よく整えたら。
「うん!完成!」
我ながら完璧な出来具合!
できたよー、と女の子クルミちゃんに呼びかける。
とてとてっ、と近寄ってくるとピカピカに出来上がった包丁を見てうわぁーっ、と感嘆の声を上げた。
「ありがとう!ポピィお姉ちゃん!」
「どういたしまして!お母さんとお姉ちゃんによろしくね!」
うんっ、と元気いっぱいの声をあげて革製の包丁鞘にしまう。
ありがとねーっ、とぶんぶん手を思いっきり振った後、クルミちゃんは工房を後にした。
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「ひっどいと思わない!?」
姉の帰ってきてからの第一声がそれである。何事かと慌てながら話を聞くと、確かにそれは少々笑えない話ではあった。
「ギルドの連中、ここ最近魔王軍やら新ダンジョンの攻略で武器も資金も不足しているから、買取はするけどいつもの半値しか出せないーーだってさ!父さんやポピィ達が頑張って作った武器をなんだと思ってんだろうね!ほんとっ!」
葡萄酒をグビッグビッと飲み干しながら荒げた声を出す。姉は普段はお淑やかで街でも評判の娘だが、帰ってきたらこれである。
「ま、まあまあ……最近は優秀な鍛冶職人が多いって聞くし、おじいさんは凄くても〜父さんは無名といっても差し支えないから、やっぱり仕方ないんじゃないかな〜?」
「だあからって、何も半値まで値切る事無いじゃない!こっちが汗水垂らして必死で働いた金をあいつらはなんだと思ったんだか……!」
グビッぷはぁ〜、といい飲みっぷりを披露した後、よほど疲れていたのか姉はそのまま食卓でうつ伏せになってしまった。
「あ、あはははは……」
果たして一家団欒の食事とは一体なんなのだろうかーー。
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食事が一通り終わり、お皿を片付け始める。
「あらあら……この子ったら風邪ひいちゃうわよ?」
天使のような微笑みで、母が優しく毛布をかける。よっぽど愛娘が可愛いからか、おでこを優しく撫でていた。
「ヒュイもね、本当はわかっているのよ。ギルド職員の人とも、仲良いからね。でも、やっぱり自分の大事な妹が作った武器を過小評価してるんじゃないかって、ちょっと悔しんだと思うの。だからポピィーー」
ちょいちょいっと手をこ招きする。近づくと、姉のおでこを撫でる手とは反対の手で、強く私を抱きしめた。
「もしもの時は、二人で支え合って生きてね……。ケンカはしないあなたたちだけど、時には言いたい事でぶつかる事もあるかもしれない」
ああ……そんなこと……
「それでも、二人とも私の大事な娘たちだから」
そんな事言わないでよ。
「きっと、この先辛い事もいっぱいあると思うーー」
前にもこんなことがあった。
それでも、私は大事な妹を守れなかったーー。
「それでも大丈夫。きっと大丈夫。」
「だから、そんな時はーー」
私のこの時の不安は、最悪の形で的中したーー。
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