29 彼女の所在


 目を覚ました時、わたくしは自室のベッドに横たわっていました。窓から部屋へ淡い光が注いでいたので今が朝であると察しました。


 昨日の夜、銀河様と花火をしました。その際、銀河様の望みを叶える為に協力しました。花火を終えた後、桜の木の下へ移動しました。頭上の葉に隠れて周辺のマンションから見えにくいと思ったのです。


 口付けを受け入れました。


 その数分前に私から銀河様へ提案していました。キスの途中から音芽と入れ替わる謀を。


 あの後……どうなったのかしら。いつもなら音芽の様子を見守れるのに昨日は変でした。意識にノイズが掛かったように記憶が欠けていて、うまく思い出せません。


 眠っている間、音芽の夢を見た気がします。彼女はわたくしの手を両手で握り微笑みました。何かを頼まれました。「――をよろしく」と。


 よく聞き取れませんでした。もしかすると夢ではなくて本当に頼まれたのかもしれないと思い至り直接聞いてみる事にしました。


 わたくしが体を動かしている時分は音芽と会話する事ができません。ですから入れ替わろうとしました。


「――……?」


 おかしいですわ。音芽と交代できていません。いつもならすぐに彼女の気配を見付けられるのに。不吉な考えが脳裏を過ります。


 まさか。わたくしのせい? 断りもなく彼女を銀河様とくっつけようとしたせいで? もしかしたら蒼様じゃない男性とキスしてしまったと……ショックだったのかもしれません。


 血の気が引きました。こんな事、今までありませんでした。


「音芽! 音芽っ? どこに行ってしまったの……」


 呼び掛けてみても返事はありません。為す術もなくベッドの上に座ったまま途方に暮れました。先程の夢が……音芽からの別れの挨拶だったように思えて震えました。

 自分の行いを酷く後悔しました。涙が込み上げてきます。このような時に泣くしかできないなんて。天井を見上げ唇を噛みました。抑えようとしても零れ落ちていきます。


「音芽……」


 もう一度、彼女の名を呟いた時でした。


『あのう……』


 声が聞こえました。胸の奥に響いた小さな気配を確かに感じ取りました。


『音芽っ』


 自らの内部へ呼び掛けました。安堵していました。

 耳にするまで、わたくしの横暴のせいで何かあったのではと不安でした。例えば……彼女の意識が消失してしまったのではと最悪な想像もしました。でも。考え過ぎだったのですわ。胸を撫で下ろしました。


 けれど事態は私の推測した様相と違いました。


『私は……音芽ちゃんじゃありません。己音です』


 音芽だと思っていた気配に酷く静かな声音で告げられました。


『ずっと……これは私に都合のいい夢だと思っていたので見ているだけでした。でも違うんですね。音芽ちゃんから聞きました。初めまして己花さん』


 そしてわたくしは音芽の意向を知らされました。愕然としました。

 そんな。音芽……わたくしに何も告げず一人で決めてしまったの?


『ごめんなさい』


 謝られて目を見開きました。事の詳細を話してくれた三人目の人格『己音』の口調には申し訳ないと言いたげな暗い雰囲気が滲んでいました。


『私が出て来たから……。やっぱり私より音芽ちゃんの方がいいですよね……』


 音芽が何故、彼女と立場を代わったのか手掛かりを見付けた気持ちになりました。音芽はきっと……この子を救いたいのでしょう。わたくしたち三人の内、一人でも不幸せな状況であれば本当の意味で前に進めないと……そういう思いなのでしょう。あの子らしいですわ。


 僅かに笑ってしまいました。


 ブーブーと何かの音が聞こえました。ベッドの上にあったポシェットからスマホを取り出し確認します。銀河様からのメッセージでした。着信も何件か入っていたようです。


 先程、己音の話を聞いていて薄ら浮かんだ考えを思い返しました。


 音芽は己音に『私はあなたをサポートできる。傍で見てるから』と伝えたそうです。つまり音芽が体を動かしている時のわたくし的な状態……という事ですわね。それはもしかすると……?


 音芽の決意が強かったとしても。わたくしはこれでお別れなんて嫌ですわ!


 銀河様と連絡を取る為、スマホを操作しました。


 ……銀河様。よろしくお願いしますわ。

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