23 兄と蒼君


「音芽!」


 兄がこちらへ手を振って走って来る。


「わぁイケメンだわ」


「音ちゃんのお兄さんカッコいいね! さすが兄妹だね!」


 せりなとあややんの物言いに苦笑した。二人にはまだ私の事を深く話していない。


「そかな? あんまり似てないでしょ?」


 頬を指で掻きながら聞いた。あややんがニコッと笑った。


「手を振って走って来る仕草がそっくりだよ。笑い方も似てるね」


 言われて目を瞠った。嬉しく思った。照れてしまい視線を下へ逸らして誤魔化した。咄嗟に何とも言葉が浮かばず凡庸に返す。


「そ、そうかな?」


「そうだよ~!」


 あややんは透かさず肯定してくれた。彼女は走って来た和沙お兄ちゃんへ視線を移し、強敵に対峙した猛者の如くニッと……どこか陰のある微笑みを浮かべた。


「あややん?」


「音芽がいつもお世話になっています」


 お兄ちゃんがどうかしたのだろうかと思い口を開いたけど、兄が話し出したので尋ねるのをやめた。


 友達と兄が和気あいあいと私の話で盛り上がっているのを横目に蒼君の方を見る。彼は少し離れた場所で立ち止まり、肩に担いでいたクーラーボックスを下ろしていた。今日はくすんだ緑色で膝下までの丈のズボンと白い大きめのTシャツを着ている。

 私の視線に気付いて微笑んでくれた。しかしその表情から徐々に笑みが失われていく。「蒼君に元気がない?」と気になった。

 彼から窺うような意味深な眼差しが送られてきた。「何だろう?」と思い近付いて聞こうとした。


 踏み出した足が逆に後方へ数歩たたらを踏む。兄に腕を掴まれていた。兄は私の肩に後ろから腕をまわして蒼君のいる方へ視線を向けた。


「さっきも言ったけど」


 兄の声が遠くの波音に交じって響く。


「俺たちは兄妹だけど、いとこみたいなもんだから愛し合っても何も問題ない。音芽はもうすぐ家を出て俺と暮らす予定だから」


 閉口して兄の顔を見上げた。「は? えっ? 何を言っているの?」という思考が頭の中を駆け巡った。突然の出来事で混乱していた。


「ええっ?」


「そうなのっ?」


 あややんとせりなが驚いた様子で声を上げた。私は焦って視線を戻し兄を睨んだ。


「お兄ちゃん! 何でそんな事言うの? 勘違いされちゃうからやめて!」


「勘違いじゃないだろ?」


 兄の返答に目を見開いた。唾を飲み込む。


「え……?」


 口が短く疑問を紡いだ。兄は私と向き合って答えた。


「俺が家を出る前……約束したよな? 迎えに来るって。本当は音芽が高校を卒業するまで待つつもりだった。伊織から連絡もらって……音芽に彼氏ができたかもって言われて、いても立ってもいられなくなった」


 兄は一瞬、冷たい目付きで蒼君を睨んだ。再び見下ろしてくる双眸は悲しげに細められた。


「俺には音芽が必要だ。音芽は? ……俺は必要ない?」


「そんな」


 呟いて口を結んだ。兄の聞き方は狡い。必要ないなんて言えない。絶対に。


「そんな事ない。お兄ちゃんは必要だよ。でもそれは……家族だからで……私は蒼君が好きだから、お兄ちゃんとは暮らせない」


 必死に自分の気持ちを言葉にした。その場に波音しか聞こえなくなる。少しして兄が口を開いた。


「そうか……分かった」


 彼は意外に思えるくらいあっさり頷いた。


「でも……そうだな。音芽が少しでも不幸せそうだったらすぐに連れて行くから」


 付け足された台詞の温かさを噛み締めながら兄を見た。少し涙が出てしまった。今までの話は冗談だったかのように明るく笑って私の頭を撫でてくる。


「バカだな。いつでもお前の事、応援してるよ」


 機嫌よく優しい声で許してくれた。

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