22 女友達と水着


 砂浜は太陽の熱で焼けるように熱かった。裏原さんに言われて持って来ていたビーチサンダルを履いて歩いた。波打ち際の砂は海水で濡れていて濃い灰色をしている。触るとしっとりしていて、さっきの砂と違い熱くない。手にまとわり付く。


「ひゃあー! 海冷たーい!」


 一足先に海に踏み込んだ裏原さんがはしゃいでいる。しゃがんだまま彼女の後ろ姿を眺めていた。彼女はワインレッドの水着に同色のパレオを腰に結んでいる出で立ちで、腰が細くてスタイルがいい。モデルさんみたいだ。不意に彼女が振り向いた。


「音芽! あなたも入りなさいよ! 早く!」


 裏原さんは言いながらこっちに歩いて来た。二の腕を引っ張られたので立ち上がる。


「まだ恥ずかしがってるの?」


 言い当てられて視線を斜め下に逸らした。


「だって……。何だかスースーするし。裏原さんみたいにスタイルよくないし」


 愚痴を零した後で「あっ」と手で口を押さえた。


「私、言ったわよね?」


 裏原さんの声に凄みのある響きが混ざっている。ここに来るまでの車内でしていた会話を思い返す。口を覆っていた手を下ろし彼女の意を酌んだ。


「はい。せりなちゃん」


「せりな」


 彼女が訂正を入れてきた。


「……せりな」


 裏原さんを呼び捨てにするのって何か変な感じがする。だけど裏原さんは満足そうににっこりしているのでこれでいいのかも。私もそのうち、きっと慣れるよね。


「そっちも! 浮き輪で隠してないで堂々としていなさい!」


「ひえぅ」


 少し後方にあややんが立っている。彼女は裏原さ……せりなに指摘され変な声を上げた。両手で大きめの浮き輪を持ち視線を彷徨わせているあややんは私より恥ずかしがっているように見える。


 数日前、私たちは駅に併設されたショッピングモールで買い物をした。私とあややんがスクール水着しか持っていないと知ったせりなが言い出した。せりなの親戚が経営しているお店で、割引している額から更に割引してくれた。


 あーでもないこーでもないと三人で水着を選んでいる時間は何だかんだでとても楽しかった。せりなは割と派手な色が好みのようだった。あややんは落ち着いた色合いの可愛い感じのもので、私は……うーん?


 あややんに似合いそうだと見ていた水着を手に取ったところで彼女が側へ来た。「音ちゃんに似合いそうなので検討してほしいです!」と彼女から水着を手渡された。私も「これ、あややんに似合いそうと思ってたんだ。どうかな?」と持っていた水着を見てもらった。


 そして買った水着を一度、家で試着してみた。「……これ、可愛過ぎるよね? 水着が」という感想を持った。オフショル風でスカート部分のフリルがとてもいいと思う。白地に金色の小さな星の模様が散りばめられている。あややんなら間違いなく似合いそう。でも私は……? 水着はスクール水着を着た記憶しかないからよく分からない。


 でも折角あややんが選んでくれたのに。色々考えていたけど思考を現在に戻した。意を決してあややんに向き合った。


「あややん。水着……選んでくれてありがとう。どうかな……? 似合ってるかな?」


 あややんがハッとしたように目を開いて私を見た。


「……っ」


 ひと時、彼女は言葉に詰まった。う……やっぱり似合ってなかった……?


「推しが私の選んだ水着最強パネェヤバい」


 口元を押さえた彼女から低く小さい唸りが聞こえた気がした。


「えっと……ごめん、よく聞き取れなくて。もう一度教えてもらっていい?」


 あややんに尋ねた。私が耳にした口調があややんぽくない気がして、きっと聞き間違いだと考えた。


「えっとね。音ちゃん。物凄く可愛い。水着じゃなくて音ちゃんが。着てくれてありがとう」


 あややんはとても幸せそうににっこりしている。


「……文葉は裏表があるのね。ふーん、なる程ね」


「もう! 私の事はあややんって呼んでほしいのに! せりちゃん!」


 あややんとせりなが言い合いを始めた。二人が意外と仲良しのようなので笑った。

 間に割って入って二人と腕を組んだ。思うままを口にする。


「二人も凄く可愛い! ありがとう二人とも。せりなも水着を買いに連れて行ってくれて、今日も別荘に招いてくれて」


 今日訪れたのはせりなの親戚が所有している別荘のすぐ近くにある砂浜だった。ひと気のない砂浜で気兼ねなく遊べるし、遊んだ後に別荘のシャワーを借りれる。


「あややんも私の選んだ水着を着てくれてありがとう! すっごく可愛い! もちろんあややんがね!」


「音ちゃん……!」


 あややんが瞳を潤ませ見つめてくる。彼女に渡した水着はホルターネックタイプのもので首の後ろのリボンが可愛い。三つ編みを左右に垂らしている彼女なら、髪を後ろに一つ結びしている私や結ばず垂らしているせりなよりリボンが映えると考えた。薄緑色と白のギンガムチェック柄でスカート部分が少し長めなのが上品な印象だ。


「褒められた……っ! 我が人生に悔いなし……っ!」


「ちょっ……! 文葉! 鼻血出てるわよっ! のぼせたのっ?」


 あややんの口調に再び違和感を感じた時、せりなが指摘した。


「大変!」


 私も慌てた。あややんの手を引き砂浜を出て木陰にある段差に座らせた。あややんは「大丈夫だよ」と言っているけど……。心配だ。


「ちょっとこうふ……ううん? 何でもないよ?」


 何かを言いそうにしていたのに途中で思い直したのか……あややんは誤魔化すように手を振って見せた。


「それにしても。兄たち遅いわね。荷物が重いのかしら?」


 せりなが腕を組み人差し指を頬に当てるポーズでぼやいた。


「あっ、来たみたいだよ」


 後方を向いたあややんが教えてくれた。私も振り返った。


 せりなのお兄さんと蒼君がこちらへ歩いて来る。私の兄弟も一緒だ。


 だけど……せりなのお兄さんの表情に今まで見た事のない程の暗い気配を感じる。蒼君も難しい顔をしているように思える。


 何かあったのかな?

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