ep031.『課題』
「以上が、救援の条件です」
美雪の口から語られる人を人とも思わぬ救援の条件。
弱者を生餌に獣を誘うという悪辣な作戦に落憑たちは様々な反応を見せた。
「それは流石に……俺たちは助かるために救援を頼んだんだ」
「――……」
「僕はセフィたんを拝める時間が一秒でも長くなるなら何だってかまわないよ」
「会話もしようとしない男の話なんて信用できないわ! いいように利用されて殺されるわよ!」
意識のない者が無言なのは理解できるのだが、もう一人無言が居るのは意外だった。ヒステリー女は反応はどうでもいいとして、約一名は否定的ではないが肯定的でもない。いわゆる無関心というやつだ。
「月野さんはいいの!? あなただって死ぬかもしれないのよ!? なのにこの男は戦わないで、私たちだけ危険な目に合わせようだなんておかしいと思わない!?」
何に代えても”願い”を叶える――はじめは皆その思いを胸に憑神遊戯の世界へと足を踏み入れる。
だが、実際に命の危険をその身をもって味わえば、目の前で、凄惨で惨たらしい死を見てしまえば、浅はかな覚悟は簡単に掌を返す。
誰だって命は惜しい。そんな当たり前のことを当然のように思い知る。この女もその一人というわけだ。
「思いません。例え利用されて命を失ったとしても、その先で”願い”が叶うなら望むところです。何に代えても"願い"を叶える。その覚悟で、私はここにいます」
自分が生きていることは当たり前で、それは誰もが持っている普通の感覚。
お前もそのはずだと見下した女の言葉が、普通を捨てることを選んだ少女に届くわけもなく。
「うっ……」
説得の余地はおろか、反論の言葉も見つからないと言わんばかりに俯いた女は、所在無さげに
他に何かないかと確認にの意味も込めて、宗は女へと視線を動かす。当然だが、怯えたように身体を震わせた女が、それ以上噛みついてくる事はなかった。
――……。
「斎場さんの意見も聞かせてもらえませんか?」
落憑たちの視線が、沈黙を貫いていた女性へと集まる。
現状は否定が二人、どちらでもないが一人。内容を考えれば妥当な投票だが、事は多数決で決まるような内容ではない。
こちらの条件を蹴るにしても、落憑側が救援を願い出ているのだから、せめて全員が反対するくらいでなければ筋は通らない。
それを理解しているだろう落憑たちの空気は、どんよりとしたものになっていた。
「私は――飲むべきだと思う」
そんなプレッシャーの中、女が口にしたのは肯定の意だった。
落憑たちの誰もが聞きたくなかったであろう答えは、ただでさえ埃臭いガレージの空気をより重たくする。
「……けどよカレン――」
重圧に耐えかねて――そういうにふさわしいモゴモゴとした呼び声は、
「月野さんの言う通りよ。殺し合いに進んで参加しておいて、いざ自分たが殺されそうになったら助けてもらおうだなんて虫が良すぎる。筋は通さなきゃ」
当たり前の道理を前にすぼむ様にして消えていく。
そこから先は誰かが口を開くこともなく、ただ沈黙が続いていた。
”どうする?”
長く続く無生産な時間にしびれを切らす寸前だった宗に、彼女も同じことを思ったのか、問うような目線を投げてくる。
宗としてもさっさと次の行動に移りたいところだが、行き詰った様子の彼らが答えを出すには今少し時間が必要だろう。ならばこちらもその時間を有効活用しなくてはならない。
――ちょうどいいか。
外の状況確認、そして
しかも今なら、宗たちがこの場から離れることで、落憑たちの本音が聞けるかもしれないおまけ付きでもある。この状況下でのタイミングとしてこれほど適していることもそうはあるまい。
とはいえ、あのラビットフットを相手に、離席した上司に愚痴を言うような感覚で落憑たちが本音を語らってくれるかは望み薄だ。だとしても元々認識合わせのついでなのだから結果が伴わなくても何を失う訳でもない。
「俺達は周囲を確認してくる。戻るまでに答えを決めておけ」
やるべきことの優先順位が決まった宗は美雪に顎で外に出るように伝え、もうこの場に用はないと言わんばかりに足早にガレージの出入口へと向かう。
「待ってくれ!」
「――……」
おおよそ察しのつく引き留めに徒労を感じながらも、無視するわけにもいかずせめて立ち止まるだけにして言葉を待つ。
「断ったら、どうなる?」
予想通り答える意味のないそれに、宗は用意していた返答を素気無く返す。
「その時は、少なくなくとも俺達が手を貸すことはない」
そう告げてお通夜のようなガレージから出た宗たちは、屋上に登り慣れた調子で周囲の警戒を始める。
宗は目を、美雪は耳を使って周囲を確認すること数分、ピョコピョコと忙しなく動いていたフードの耳飾りがぱたりと倒れた。
見落としがないか確認している宗をよそに、いち早く自分の仕事を終えたであろうウサギが気楽に話しかけてくる。
(――どうしてあんな風に言ったの? てっきり「従わないなら~」くらい言うと思ってたんだけど――)
あんな風とは、落憑たちに選択肢を与えたことについて言っているのだろうが、それは思い違いというやつだ。
(――選択肢は与えてない。アイツらは話に乗るしかない――)
(――まぁ、実際に救援要請してるくらいだもんね、あれだけ危険な目に合えば断る選択肢なんてないか……今から逃げるにしても目立ち過ぎだし、時間もかけ過ぎてる。もしかして私に派手にって言ったのってそのことも考えてとか?――)
そう小首を傾げながらこちらを見てくるアホ兎。これでは折角念話で話しているのに何かしていると喧伝するようなものだ。
だがまぁ、戦闘時にはこういった情報を漏らさない程度の配慮はできてるので一々釘を刺すほどのものでもない。しかしなんかこう、ちゃんと考えているのか不安になる。
(――選択の余地を他人に委ねるような奴等に、最初から道などある訳ないだろ――)
(――うわぁ……――)
(――俺達も無駄話をしている暇はない。それより憑姫の対処だ――)
実際その通りで、他から注目されているこの状況で使える時間というのは多くない。
宗は考えていたプランを手早く美雪に伝えた。
(――もしもの時は?――)
プランが上手くいかなかった場合の確認も忘れない。こういう細かいところを決めつけず確認することは大切なことだ。といってもシンプルな強さが売りのラビットフットの場合、遭遇戦の次善策など必要ないのだが、
(――先と同じだ。防戦に徹して必要なら撤退しろ。判断はお前に任せる――)
代行者、憑姫、イレギュラー。どれにしてもこのウサギならば宗が到着するまでの時間を稼げる。そこさえ間違わなければ失敗はない。
(――わかった。何かあれば念話で伝えるようにする――)
憑姫の対策が終わった後は、救援直後の状況について情報を共有した。
宗の目で確認した人数と、美雪が耳で認識した人数、奇襲時の周辺状況などだ。
(――マフィアの人たちは来ると思う?――)
(――さあな。そっちは詳しくない。何が理由で動くかわからない、が、倒せない相手じゃない。どちらかと言えば、このあからさまな釣り餌に引っかかってくれるかという方が怪しい。とは言え裏組織で生きる賢さのある連中だ、盗み見くらいはしている可能性が高い。落憑の男と話してた時のように適当に
(――おっけー――)
ちなみに宗も時折懐中時計を取り出したり、話すときには美雪の方を見るようにして周囲には偽の情報を撒くようにしている。
(――油断はできないが、朝まで何も動きがなければこちらから仕掛ける。落憑連中についてお前の印象は?――)
(――綾香さんの調べ通りだし、大丈夫だと思う――)
この「大丈夫」は脅威には能わないという意味だろう。
(――玄内麗佳の言動に不審な点はないか?――)
(――今のところは特に……倉庫のときと同じで協力には後ろ向きみたい。どちらかと言えば暗道さんの方が怪しいかも? 私たちに危険を押し付けてフィギュアとお話しする時間が増えるなら喜んでそうするって話してる――)
――考え過ぎか? あの女が何かしら企んでいるかもと思ったんだが……。
(――……お前の
(――それはあんまり変わってないんだけど、別の問題が……――)
先ほどまでと変わって急に歯切れが悪くなるウサギ。この感じは別の類の問題が発生したのだろうか。
必要な確認は大体終わらせたので、最後に一応くらいの感覚だったのだが、面倒事が出てきそうな予感に気が滅入る。
――俺に第六感は無いはずなんだがな。
(――なんだ? 敵側に側にイレギュラーが発生する可能性がある以上、こっちの問題を極力減らすのは言うまでもないはずだ。モジモジしてないで早く言え――)
(――そろそろ呪いが……その、一旦帰っていい?――)
そうだった。
忘れていたわけではないがあまり意識してもいなかった。どうも大した呪いではないと考えてしまうからかもしれない。
(――処理しなければ不味いほどか?――)
(――処理って……あんたに言ってもしょうがないか。今くらいなら、あと一日二日くらいなら大丈夫だと思う……でも落ち着かないし、この先どれだけ戦闘があるかわからないでしょ? 変化がないだけで、嫌な予感も消えたわけじゃないから、いつもの調子にしておきたいっていうか……――)
ウサギの言い分は筋が通ってる。憑姫の影がちらついている上に勘の警告だ。言わずもがなコンディションは最高にしておくべきだろう。
――こいつの速さなら戻ってくるまでにそう時間はかからない。前回のことを考慮して二、三時間といったところか……。
そのくらいの時間なら――と言うには状況が良くない。注目されている現状、いつでも対処できるようにすべきである。しかしだ、
――俺基準で考えるべきではないな。
当たり前の話だが、自分ができるからと言ってそれを他人に求めるのは不味い。常人であれば、成果にせよ負荷にせよ質の違いを考慮するだけで済むが、憑神にその常識は当てはまらない。
呪いという制約がある以上、常人では考えられないようなハンディを背負っていることも珍しくない。ましてや宗は、その憑神と比較しても特筆して異質だ。
――ウサギに落憑、どちらにしても休息は必要か。
(――現状、お前が離れるのは不味い――)
(――じゃあ、あの、最初に出会ったときみたいな感じで、とか? コンは私の呪いを止められるんでしょ?――)
(――恩恵を使っていたあの時と今じゃ状況が違う。緊急時でもなければ俺が対処するのなしだ――)
あの時のことは言わない方がいい。別にやましい気持ちがあるからという訳ではない。だが、女子高生なる生き物に触れ、そして短いとはいえこのウサギと手を組んで得た経験からしても話すべきではないと感じたのだ。
(――緊急ね……どうやったの?――)
(――…………知らない方が互いのためだ――)
「え……? え? え? 今の間なに? 私に何したの!?」
ここからは大変だった。下の方では話が終わったらしいということを地獄耳がキャッチしたのだが、何かあったのではないか気が気でない美雪の詰問は留まるところを知らず、余計な面倒を増やしたくない宗のはぐらかしも相まって互いの攻防は一進一退を繰り返した。
(――埒が明かない。この話は後だ。そろそろ下に戻るぞ――)
このまま何時までも戻らなければ落憑たちに要らぬ不信感を抱かせてしまう。
後に回すのは悪手だとわかっていながらも、宗は話を強制的に切り上げることにした。
(――今はこれ以上聞かないであげるけど、忘れたわけじゃないしうやむやにする気もないから――)
(――ぁあ、わかってる……――)
(――ねぇ――)
逃げるようにガレージへ戻ろうとしたが呼び止められる。
これ以上この話を続ける気はないので無視しようとも思ったが、チクチクと刺すような意識が不安げなものに変ったので一応念話を続けることにした。
(――まだあるのか?――)
(――帰っていいの?――)
そうだった。そこを解決しなければ話は進まない。
(――ここじゃ無理なのか?――)
(――無理だけど??――)
キレてはいるができない具体的な理由はない。つまりは呪いによる制約ではない筈だ。だがらと言って流石の宗もそこらで何とかしろなどとは言わない。そもそも今の状況で考えなしの無防備状態など、如何なる理由でもあり得ない。
(――何故だ? いや、言い方を変える。何が問題だ?――)
(――人目とか、音とか、そもそもそういう問題じゃないっていうか――)
いまいち判然としない。そのくせ呪いの鎮め方も具体的な方法も喋らないので対処が限られてくる。だが聞いた限り、それに類するものが理由ならやりようはある。
「――?」
宗は袂から一枚の札を取り出した。
そこに書かれている内容は一般人はおろか同業者でもわからない特別な呪符。
(――何してるの?――)
何の為にこれをしているか、それを教えるとまたいらぬ言い争いが始まりそうなので無言のまま事を進める宗。
空いた手の親指の爪で人差し指を突き、滲み出た血を呪符へと垂らす。
「ぅんー?」
疑問符を浮かべたままのウサギを置き去りに血を垂らした呪符を屋上の中心に貼り付け、屋上の縁へと足をかける。
「妹の呪符を礎に結界を張った。これで見られることも聞かれることもない。終わったら来い」
「へ、ちょ!?」
反論を言わせぬ内に屋上から飛び降り、今度こそ逃げるようにガレージへと向かった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
戻ってみれば、入ってすぐに落憑の男――隼真 駆が立っていた。
「どうするか答えは決まったか?」
「あぁ。俺達はアンタの作戦とやらに協力する。だから、助けてほしい」
落ち淀んだ周囲の雰囲気を見るに、紆余曲折があって話がまとまったというより、選択肢がないという現実を受け入れ、打ちひしがれているといった様子の落憑たち。
説得にかなりの労力を使ったのか、バイク女の方は壁に寄りかかるように座ってぐったりとしている。
「善処する」
比較的マシに見えていた男も、疲れているからか表情が読み取りやすい。必ず助けるなんて耳障りのいい言葉を期待していたのか、縋るような眼差しを宗に向けている。
だがこのまま立ち尽くされても言葉を変える気もなければ、新たな話が生まれるわけでもないので、物欲しそうな目をしている落憑は気にせず宗は要件を伝えることにする。
「今のところ近くに脅威はない。朝までは俺と美雪で外を警戒する。一応だが不定期に中の様子も確認しにくるつもりだ。朝になったら具体的な指示を出す。お前らはそれまで休め」
「……わかった」
「――……」
返事までの間に、ほとほと嫌気がさす。
大人という責任ある立場でありながら、
リーダーという強い意志を持たねばならない立場にありながら、
憑神遊戯という願いのために全てを賭ける殺し合いに、自ら参加を望みながら、
他者に身勝手な希望を押し付けるその在り方に。
その嫌悪感は急速に膨れ上がり、宗の心を埋めつくす。
――”いっそ、手足を潰して晒すか。その方が餌らしい”
まただ。またコレだ。
ふとした時に訪れる頭の中が赤一色に染まるような感覚。
宗はすぐさまお面の中で目を閉じ心と頭を無にするよう努める。
――クソ。この手に負えない廃棄物の近くじゃ落ち着けようがない。
ならばとこの場から疾く立ち去ろうとして思い出したように立ち止まる。
――今出て行くのは不味いか。
直ぐ上ではウサギが呪いを鎮めている途中だ。具体的に何をしているのか知らないが、どうやら見聞きされたくないらしい。
――そもそもアレは御免だしな。
初めてウサギに会った夜、廃ビルで限界に達していたウサギに押し倒され時のことを思い出して、宗はふるふると力なく頭を振る。
今外に出て、万が一暴走したアレに襲われればそのためだけに恩恵を使わざるを得ない。それはあり得ない。
――俺も大概だが、アレの呪いの対策も必要か……。
さっきは有無を言わさず屋上で対処させたが、今後もそうできるとは限らない。本人の気持ちの問題もあるが、何よりリスクが高い。
ではどうするかと対策を考えようにもウサギが話したがらないので手の打ちようがない。
――この件が終わったら
外に出る事もできない。これが終われば妹に発情兎の相談をしなければならない。なんと閉鎖的な未来だろうか。
――はぁ……。
最近になって急激に多くなった溜息をまた一つ増やし、来た時と同じ壁に寄りかかって時間を潰すことにした。
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