ep030.『落憑――②』
「みんな集まったな。そんじゃあサクッとメンバー紹介から始めようか」
こういった場で必ずといって良いほど行われる自己紹介タイム。
これから協力しようという間柄で互いを知るというのは、次の行動がシステム化されていない今のような状況では、効率を上げるという点で有用だ。
――『悠長』というのはコレのことだ。
だが、
故に、そんな分かり切った無駄に付き合う必要はない。
(――紹介の必要はない。現状の確認が優先だ――)
(――あなたはどうするの?――)
(――後ろでこいつらを観察する――)
(――ん――)
美雪の短い返事を最後に壁に寄りかかり、周囲に我関せずと言外に伝える。
別段、人付き合いが苦手だからでも、面倒だからと言う理由でこうしているわけじゃない。こういう
説明と段取りを美雪に一任している――実際に落憑も美雪の方が相手しやすいと思う――というのもある。こうして不信感を与えるのは本意ではないが、利用できると思われるのもそれはそれで要らぬ面倒を生む。これは潜在的な面倒事に早期対処をするための効率的な手段なのだ。
「そんじゃあ、美雪ちゃんに紹介させてもらおう。探偵社様の正式なメンバーってのも美雪ちゃんだしな。彼女に紹介するのが筋ってもんだろう」
「その前に、救援要請の経緯と、校舎で何があったか聞かせてもらえませんか?」
「ああ、そうだったな、それじゃあ――」
男がこれまでの経緯を語り始める。あの『探偵』が調べたのだから差異はないだろうと思いつつも、どれ程の情報精度か確かめるという意味も含め、話を横耳に聞き、並行して落憑たちを観察する。
――……。
憑代車両カップルの他にガレージにいる落憑は資料にあった通りの三人。
すでに遠目から確認してあったその詳細を今度は
遠視しているにもかかわらず近くで見る必要があるのは、宗の遠視や透視は恩恵によるものでは無く、陰陽術によるものだからだ。
陰陽術を行使するには、一定量の霊力――語弊を恐れず、なおかつ俗物的な言い方をするなら気力や精神力が必要になる。そして霊力は、恩恵を使う際にも必要になるので憑神ならば温存しておくに越したことはない。
さらに言えば、宗は簡単に恩恵を使えない分、陰陽術に頼ることが多い。
渡り、神体強化、人払い、結界を張るなどその他多くのことで霊力が必要になる。霊力依存度が他の憑神と比にならないからこそ、できるところでは霊力の消耗を抑える必要があり、無駄遣いしている余裕は一切ないのだ。
霊力を節約しながら、手始めに寝袋に詰め込まれている男を視る。
――消耗しているな……恩恵の使い過ぎか。
依然、意識が回復していない中年男性――
この男の
何せ、物理的な煙に加えて術や恩恵すら妨害する力を帯びているので、宗の術だけでなく狐面の副産物をもってしてもその煙の中を覗くことはできなかった。
――この程度に恩恵を使う訳にも行かないと考えると、こいつが一番厄介だな。
とはいえだ、宗にも他とは一線を画す認識阻害がある。見やすい位置から煙の範囲外を術で監視し、出てきたところを潰せば対処は可能だ。その場合も我慢比べになるので、時間のロスを考えればやはり厄介という評価に変わりはないのだが。
――
二人目の落憑は、興奮した様子で少女もののフィギュアに頻りに話しかけている青年。
資料には手にしているフィギュアが憑代と記載されていた。それを実体化させることが可能らしいが、一度も恩恵を使用したことがないという。
この一団に入ったのも一番最後で、非協力的かつ他者を平然と見殺しにするような言動が目立つとも書かれていた。
――こいつが恩恵を使用した場合は、戦闘は避けた方がいいな。
単純に恩恵の力が未知数というのも勿論ある。問題は落憑としては不自然な点が多いということ。
宗の知る限り、この手のタイプは落憑になり得ない。考えられる結論は、恩恵を使用しないがために落憑の烙印を押されているだけで、本当の所は憑神――それも狩る側の強者に含まれる可能性が高い。
――こいつは
最後の一人は、どことなく夜の仕事をしていそうな、正確にはその身を価値と捉えている者特有の自信を全身から滲ませている女だった。
――
宗が一通りの観察を終えた頃、まだ美雪と駆が話しているにも関わらず女が話しを割り込ませる。
「この男? の人は大丈夫なのよね?」
「――」
「大丈夫よ。麻酔銃みたいなので毒を撃たれた私のことも青い炎で治してくれたから、ほら」
救助される側でありながら、時をわきまえない
駆たちの話が途切れないように気を使ってか、横腹辺りにある銃創を見せ、女の意識を自分へと向けさせたカレン。
そこまでは素晴らしいアドリブなのだが、ダートが刺さっていた傷口から滲む、少なくない量の血を見せつけるの好手とは言い。
案の定、
「そうなの……ねぇ、あなたの恩恵は異物を焼く炎とかなの?」
(――気にせず話を続けろ――)
(――ん。コンがやろうとしてる事は伝える?――)
(――……――)
度々出てきていた気がするのだが、コンとは宗のことだろうか?
念話している相手が他にいるわけでもなし、この内容で宗の知らない第三者が出てくる余地などないのだからそれしかないのだが、
――名前を教えてないとはいえ、コンはどうなんだ。
狐の鳴き声の擬音から取ってコンなのだろうが、安直すぎだろう。そもそも念話ができて、その相手は宗しかいないのだから一々呼び名など無くても二人称で事足りるだろうに。
(――どうしたの?――)
(――いや、餌にすることはまだ言うな。タイミングは伝える――)
(――ん――)
呼び名のことを深く考えても、そこからは無駄に呼び名にこだわる兎以上の答えは出てこなさそうなので、気にしないことにする。そう、この手のことは気にしたら負けなのだ。
「――ってな感じだ」
宗と美雪が念話をしている間に、駆の説明がひと段落した。
話を纏めると、それまでは自分たちだけで狩りに対処していたが、十日程前に代行者らしき者が現れ仲間の一人が死亡。状況を維持できなくなり探偵社への避難を計画するも、すでに解魂衆の手が回っていた。
手に負えないと判断した彼らは、一か八かで探偵社に救援を要請。運よく話が通り、廃校で待っていたら襲われたという。
ここまでの救援要請の経緯は寸分違わず探偵社の資料で見た通りだったが、問題はその後だった。
「それで、そのハイエナたちを追い払ったのはどなたですか? 」
「多分……『憑姫』だ」
――運が悪いな。
いや、助けられた事も含め、見逃された落憑たちは運がいい。運が悪いのは宗たちの方だ。
廃校の状況から強者の影があることは分かっていた。その数少ない実力者の中で外れを引いたのだから、これを不運と呼ばずして何と呼ぶのか。
『憑姫』――それは『ラビットフット』、探偵社の『神童』と格を同じくする憑神遊戯で最も有名な三人の内の一人。
その中でも、魂奪戦――憑神同士の直接戦闘――に限った話で言えば『憑姫』以上に強い者も中々いない。と、宗は彼女のことをそう評価している。
それほど有名な相手を見間違うだろうか?
ラビットフットを見たことがない彼らでも、美雪がラビットフットであることは見るなり察していた。
会えば殺し合う憑神遊戯において、見間違う程度の容姿や恩恵で名が広まるということは基本ない。
以前、情報収集の為に憑姫に近づいた宗も、一度も見たことがなかったにも関わらず、一目見ただけでソレだと分かった。
少なくとも『憑姫』と推測できる何かを見たはずで、前提が崩れていなければ多分などという不確定要素が入る余地など考えられない。
「多分って、どういうことですか?」
同じ結論に至ったのか、タイミングよく宗の疑念を質問する美雪。
もしかしてだが、
――最近の子は空気を読む力に長けていると、ナズも言っていたしな。
「俺は『憑姫』の実物をを見たことがなくてな、そこで寝てる灰牧のおっさんが見たことがあったらしくてよ、一言『憑姫』って呟いたんだ」
「容姿とか恩恵とか、特徴で分からなかったんですか?」
「特徴っていうなら今の美雪ちゃん程じゃないが、噂通りの背も高くてスタイル抜群の超絶美人だったぜ? あとは暗くて分かりづらかったんだけどー、綺麗な紫の長髪だったな。俺が見えたのはそれだけで、ハイエナの動きが止まった隙に一目散だ。恩恵はもちろん、事の顛末なんて見ちゃいない」
目の前で他の女性をこれでもかと褒める男にじりじりと焼けつくような視線を送る女がいたが、当の本人は気付かず、少女の方は気にしない。
その後は廃校を離れてどのくらい時間がたっているか、荷物は少し離れた倉庫にあるなど、話はつつがなく進行した。
さて、廃校のに現れた強者が彼女と分かった今、救援を含めた目的の中止について一考する必要が出てきた。しかし、それを決めるには一度、状況を整理する必要がある。
まず、『憑姫』がここに現れた目的についてだ。
有名な憑神というのは
憑神遊戯で特に有名な三人の内の一人ともなれば、最早戦いを挑まれる事など無いに等しい。
最も考えられる線は、獲物を探して徘徊していたところを偶然、と言ったところだが、だとしたら落憑共を逃がしたことに合点がいかない。
――目的が別にある、か。考えられるのは代行者もしくは……美雪か?
どの憑神にせよ一定の行動パターンや行動原理がある。そして有名な憑神ともなればその内容は噂を通じて広まっている。
例えば『ラビットフット』なら、一般人を狙うことは殆どない、悪人と思しき者しか狙わない、夜に短時間だけ現れることが殆どなどだ。
では『憑姫』の場合だが、実は分からない――彼女相手の情報収集はリスクが高く断念した――ことが多い。
分かっている事と言えば、魂奪戦の激しい区域にばかり足を運んでいることだ。なので、こんな辺鄙なところに来たというのは彼女の行動パターンから外れている。
外れているということは外した要因があるということ。
直近で起きた大事、その中でも情報として拾える範囲のものは二つ。
ラビットフットのルバンシュ襲撃。
代行者による落憑狩り。
解魂衆という組織の性質上、僅かな魂しか持ち歩かない代行者の排除に、彼女がわざわざ動くというのは考えにくい。代行者が動いたのは今回だけではないのだから、リスク排除が目的ならもっと早くに動いていたはずだ。
だからこその美雪なのだが、様々な意味で逃げ足の速い兎脚の憑神を狙うのは現実的ではない。
――美雪が目的という方が確率は高いが、それ以上の判断はできないか……。
目的は分からない。ならば遭遇した際に対処可能かどうかで判断するしかない。
宗が恩恵を解放すれば負けることはない。だが、そのせいで"願い"に届かなくなっては死より無意味だ。つまり、勝ち目はない。
宗が恩恵を使わない前提だとするなら、美雪と二人でも戦えば先ず確実に負けるだろう。
――が、諦めさせる方法はある。
これも一種の賭けではあるが、宗ならば一時休戦に持ち込める可能性は高い。美雪が単独で遭遇した場合も、宗が到着するまでの間ならば十分に防戦することは可能だ。
そもそも『憑姫』が来ない可能性もある。少なくとも宗が見た範囲には『憑姫』と思しき者はいなかった。
リスクはある。が、高くはない。なおかつそのリスクがあっても対処は可能。
――……。
暫しの間考えた宗は、
(――こいつらに
憑神遊戯の伝説――『異形』討伐の歩を進めるのであった。
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