ep027.『奇襲成功?』

 ほとんどの煙が消え、隠れ潜むには意味を成さなくなってしまった灰牧はいまきの恩恵。

 互いを認識できる程度まで薄くなってしまった隠れ蓑越しに、かけるは狩人の苛烈な攻撃をひたすら耐え続けていた。



「おい、おらぁ! お仲間はどこだ!? 奥のちっせぇガレージだよなぁ? そんなら死ぬ気で守らねぇと、まとめてミンチだぞ、あぁ!?」



 ――パパパパパパパパ!



「ちっくしょーが!」



 そうは言われても、濃煙に隠れていた時とは打って変わった雨のような弾幕に、僅かにアクセルを踏みながら押し込まれないように留まる事しかできない。


 もちろん、かけるとて黙って後手に回ったわけじゃない。多少の消費は覚悟して、なけなしの魂を使い短期決戦を仕掛けた。


 相手はかけるの恩恵も動かす為に魂が必要なことも知らない。

 それならば派手に動いて警戒させられれば十分時間が稼げるはずだ。怪我を負わせればなお良し、倒せれば万々歳。


 そんなつもりで、盛大に動き回り落憑狩りの男を撥ね飛ばそうとしたのだが、自動小銃の下についた、凄まじい威力の空気砲に吹き飛ばされてしまったのだ。


 あわや横転してしまうところだったのを運転の技量テクニックで持ち直したのは良いが、すぐさまガレージとの間に割り込むように構えてしまったため、落憑狩りにカレンたちの居場所がバレてしまった。



「いいのか俺ばっか気にしてて? ハイエナ共が奥のちっせぇガレージに向かってるぞ?」



 いいわけがない。だが、どうしようもない。

 残りのガソリンでは、恐らくガレージ手前で燃料切れとなってしまう。そうなれば脆い鉄屑に隠れるだけの男など一瞬で塵と化すだろう。


 幸い、落憑狩りの乱射のお陰でガレージにたどり着いた解魂衆ハイエナは二人まで数を減らした。恐らく既にガレージから離れて逃げているだろうカレン達だが、あの程度の追手であれば問題なく対処できるはずだ。

 一人、図体のでかいヤクザもたどり着いているようだったが、憑代さえ手にしていればこちらをまともに認識できないので気にする必要はない。


 ならば、できることは唯一つ。



「てめぇは行かせねえ!」

「――やるなぁあの女」



 一層意気込んだ矢先だというのに、撃つのを止めてガレージを見ている落憑狩りに足を滑らせたような感覚を味わう。しかし直後に聞こえたのは、聞き逃せない類のものだった。


 全くもって脅威と認識されていないことに思うところはあるものの、こちらに攻撃がこない今の内に、嘘であってくれと半ば祈るようにしてルームミラー越しにガレージの様子を確認すると、



「なっ!? ――グシャッ」



 不意に空から降ってきたバイクに押しつぶされ、解魂衆ハイエナが一匹血の海に沈んだところだった。


 もう一人の解魂衆ハイエナがバイクに狙いを定める。しかし、普通のバイクでは有り得ない初速と加速、地面を撫でるようなカレンの旋回ターンに狙いが定まらない。



「くっ……だが捉、え?」



 距離を取り、移動先を予測した解魂衆ハイエナがカレンを術の照準に捉えたと思ったそのとき、彼女は既に宙に浮いていた。


 前輪を軸に高速でバイクを反転、車体を倒し後輪を地面に引っ掛ける。それはまるで、スキーでエッジを立てた時のような急ブレーキだった。

 だが、重量もスピードも桁違いなバイクそれがそれで止まるはずもない。


 結果、二百キロを超える車体が捻るように回転しながら宙を舞い、その前輪が解魂衆ハイエナの顔面に着地した。



「逃げたんじゃないのかよ!!」



 憑神と呼ぶのもおこがましい欠陥品――落憑。

 その中でもカレンは強いと呼ばれる部類だ。一対一で命の奪い合いをするなら、もしかしたら目の前の落憑狩りといい勝負ができたかもしれない程に。

 戦う気になった彼女が、憑神に劣る解魂衆ハイエナに遅れを取ることなど有り得ないのだ。

 

 問題は燃料には限界があるということ。

 出し惜しみなくアクセルを吹かせば、一度くらいなら憑神と渡り合えるだろうがそれまでだ。

 だからこそ、こうなるまで逃げ隠れしていたのだから。


 そんな彼女が派手に戦っているということは、逃亡を放棄したということ。

 それは、この分の悪い賭けに勝たねば彼女が死ぬということであり、ガレージの中に隠れている特別な移動手段を持たない灰牧はいまきたちも死ぬということだ。


 そうなれば折角の覚悟が水の泡になる。今更いっても仕方がないとわかっていても怒声の一つくらい出るというものだろう。



「私も含めてみんなの意志よ。『あなたが残るなら残る』って、なら私も戦う」



 そう言われてしまっては仕方がない。



「あいつら……ったく、死んじまったら意味ねぇだろうが」



 こんな命を投げ出すような真似、何バカやってるんだと思う。けど彼らは大人で、自らの意志でゲームに参加した落ちても憑神なのだ。それが答えだというなら後はなるようになれだ。



「そんじゃ、二人でやるぞ。死んだら許さねぇ」

「お互いにね」 



 ――バンッッッ!


 無粋にも二人の決意に割り入ったのは、モデルガンの乾いた音ではなく、もっと原始的で暴力的な炸裂音。



「うっ……」



 憑代ハンドルを手放し、地面に倒れ伏すカレン。その様が嫌にゆっくりに見える。


 聞こえてきたのはオモチャではない本物の銃声。それも目に見えない範囲からの狙撃と思われた。

 狙撃の基本は一射一殺ワンショットワンキル。弾の種類によるかもしれないが、即死か良くて致命傷。どちらにしてもカレンの生存が絶望的なことに変わりはない。



「カレンッ!!」



 狙撃銃そんなものを用意、運用できるのは噂に聞くマフィアくらいのものだ。

 落憑狩りと解魂衆ハイエナだけで手一杯なのに、それらを敵に回しても上から潰せるマフィアまでいるとなれば勝ち目はない。


 かけるの思考が受け入れがたい最悪で埋めつくされる。



「大、丈夫……!」



 幸運なことに、聞こえてきたのは最期の言葉ではなく、安否を知らせるものだった。しかも嬉しいことに、声の感じからしてとりあえずは致命傷では無い様子。

 だが胸をなでおろすような感覚に浸る間もなく、不穏な問いが投げかけられる。



「なんだ? てめぇらの仲間なわきゃねぇよな?」



 落憑狩りの男が、無理解の不快感を隠すことなくかけるたちを見ていた。



 ――マズい……!



 今カレンを狙われたら一たまりもない。

 ガレージまでではないにせよ彼女の場所までは距離はある。速度を出して向かわなければ間に合わないことも考えれば、カレンを射線から隠すことができるかどうか、その前に燃料がゼロになる確率の方が高い。

 仮に上手くいったとしても、燃料切れのかけるを処理してから、今度はカレンへと凶弾を打ち込むだろう。



「――!!」

「よそ見すんなや」



 カレンに注意が逸れたかけるの車に、代償と言わんばかりに爆風のような空気砲がお見舞いされ、二トンを超える車が宙を二三転、嘘のように吹き飛ばされる。



「新手が来たんだ、てめぇらに構ってる暇はなくなった。つーわけで、さっさと死ねや」



 モデルガンの銃口が、銃撃の衝撃から立ち上がれないカレンに向けられる。

 運良く彼女に弾が当たらなかったとしても、その後ろにあるバイクに当たれば、死ぬ。

 

 偶然はない。

 奇跡もない。


 男が引き金を引けば、当然の結果が引き起こされるだけだ。



「カレーーーンッ!!」



 横転した車から這い出る事もできないかけるは、そんな現実に懇願するように叫ぶ。




  ――ッッッバァァァンッ!!




 突如轟く強烈な破裂音に鼓膜を殴られ、かけるの思考と行動は空白を強制される。


 今カレンから目を離してしまうのは理性が咎めたが、暴力を超越したような圧倒的な破壊の音に目が奪われた。――否、奪われたのは音にではなく、天に舞う雪華の兎、その美しさに。



「ラビットフット……」



 それを目にしてしまえば、否が応でも目を向けざるをえない。おとぎの国から飛び出たような白い少女の美しさから目が離せない。


 運が良かったのは、ここにいる全ての者が同じ結果になったということだろう。

 終始吠えるようにしていた落憑狩りは、手に持ったモデルガンを構えることもなく、ただ呆然と真上を見上げている。


 立ち尽くす男の上に、すらりと伸びる白磁の脚が近づいて、近づいて、近づいて――ゴンッ!!


 鈍い音を響かせながら、最速の憑神ラビットフットの鉄槌が落憑狩りの脳天へと降り注いだ。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




 ドサリ。と、落憑狩りが倒れ辺りには沈黙が走る。

 後に残るは、驚きと若干の置き去りを喰らいながら兎脚の憑神を見やる二人の落憑。


  

「――――」



 そんな彼らに黙したままの美雪みゆきは取り合わない。

 

 落憑狩りの不自然な行動に裏がないかを考えながら周囲を警戒する彼女には、保護対象の安否以外に気を回している時間などない。 


 決定打となった高所からの踵落とし。気付いた距離にもよるが回避困難な一撃であるのはその手を好んで使う美雪みゆき自身よく理解している。

 だが、漁夫の利を狙う外野に存在を知らしめる必要があった手前、早い段階で衝撃波を発生させ敢えてこちらに注意を向けた。



 ――わからない。



 気付いた距離からなら避けられた可能性があったにも拘らず、回避動作すら見せなかった憑神狩りの男に疑問が拭えない。戦闘の高揚も考慮すれば恐怖で動けなかったというのも考えづらい。



「足りない」



 そう、この程度では全然足りない。

 廃校の時と合わせ、すぐに答えにたどり着けない不甲斐のなさに悔しさが口をついて出る。


 復讐者ルバンシュとの一戦で、罠や絡め手を使われた場合の対応が不足しているとことを痛感した美雪みゆきは、先ずその弱点を克服しようとしていた。

 今後、協力者との連携も増えてくると言うのにこんな体たらくでどうするというのか。

 戦闘後一つ取っても、一人のときは即時離脱すれば新手を警戒する必要もなかったが、今回のように相方を待つ必要だってある。

 だからこそ今のままでは居られない。これまで以上に自分を高めなくてはならない。怠惰や妥協の果てに届くような"願い"などどこにもないのだから。


 一人頭を悩ませる美雪みゆきだったが、恩恵使用時の神秘的な容姿を客観的に捉えていない彼女は、それが戦術的なものではなく、ただ目を奪われていただけなど理解できる筈もなく、



「なんで避けなかったんだろ?」



 と、首を傾げるしかなかったのだが。

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