ep025.『Let’s start』
――高層ビルの屋上。普段は施錠され、立ち入ることのできない地上60階の頂き。
「探偵社のことだけど……ごめんなさい」
そんな場所にいるというのに頭上から降り注ぐ悲哀溢れる少女の謝罪。
「それなら気にするな。アレはすれ違いの類だ」
「でも――」
「いいから先を急げ。それと念話にしろ」
多少の問題を残し、探偵社を後にした
今しがた足を止めたが、ヤクザが動いているとなれば既に接敵していることも考えられる。探偵社の目的を成すならば止まっている暇などない。
(――ごめん――)
頭の中に謝罪の言葉が響くと同時に、
――現状はこれが最善とは言え、乗り心地は最悪だな……。
そして今、
もちろん小狐の小さな体でこの高速移動に抵抗できるはずもなく、
(――もう少し飛ぶ回数を減らせないのか? このままじゃお前の着替えに締め殺される――)
バッグの中はさながら洗濯機の中にでもいる気分だったが、一応は警戒と移動をこなす
「ちょっ!? デリカシー! こっちだって女の子的な色々を呑み込んでるんだから少しは気を使いなさいよね!?」
だがどうやら偏狭兎にとってはこの程度、気遣いのうちには入らないらしい。
(――生憎だか、
向こうがその気ならこちらとてわざわざ労力はかけていられない。
細やかな気遣いならまだしも、相手が満足するまでとなるとそんなのはもはや介護だ。
――やめだ。
女の子的な色々とやらが何なのかはわからないが、ろくでもないことは確かだと匙を投げる。
(――あ、ごめん――)
謝罪だけはやけに素直な兎だが、そもそも謝罪が必要な状況を減らせという話だ。
とは言えだ、思えば環境や境遇、憑代のことを考慮したとしても、戦闘センス以外は蓋を開ければ必死に背伸びしている女子高生でしかないのだ。憑神遊戯のために生まれたわけでも育てられたわけでもない。
であればだ。
慣れないことに関して即時に順応するのは、普通はそれ相応の経験が必要になるというもの。決して高校生に求めるべきハードルではない。
付け加えるなら、
――……。
――必要経費と割り切るしかない、か……面倒だな……。
とりあえず、投げた匙を拾う事にした。
(――慣れないだろうが頑張れ。念話が使えればあらゆる戦略の幅が広がる――)
(――意識してるつもりだけど、慣れないの……――)
何か良い手はないものかと考えてみても、
スマホがあるのだからイメージできないまではないにしても、考えながら会話できる電話と違い考えたことが伝わる念話ではやはり勝手が違う。
――陰陽師でもない一般人に念話の短期習得は無理、か
それこそ恩恵でもない限りは。
(――ねぇ。念話に慣れるために協力してってお願いしたら、聞いてくれる?――)
狭量兎のお願いなど通常ならば「ごめん被る」と一蹴しているところだが、ゲームに有用な技能の鍛錬かつふざけたお願いでなければ邪険にする理由もない。
(――可能な範囲でならいいだろう。何をする?――)
(――いっぱいお話しする――)
「はっ?」
呆れて声も出ないと人は言うが、それが突拍子もないものだと声が出るときもあるらしい。
(――ほらほら念話にしないと――)
意趣返しできて嬉しいのか機嫌よく返してくるお調子兎。
癪ではあるが念話にしろと言った手前言い返す言葉もない。ここは何の捻りもない力技習得宣言に呆れて声が出てしまった自分を未熟と窘めるほかあるまい。
(――俺にホストの真似事をさせる気なら断るぞ――)
(――そんなつもりはないけど、慣れるには数をこなすしかないと思うの――)
(――好きにしろ……――)
匙を拾ったことを若干後悔した
(――じゃあえっと、飛ぶ回数なんだけど我慢して。バッグが耐えられないっていうのもあるけど、落憑の皆さんと合流したとき直ぐに戦闘になる可能性もあるでしょ? だからあまり呪いを強めたくないの――)
(――了解した……――)
そもそもなぜ格安航空以下の兎便を利用してまで急いでいるのかと言う話だが、別段、落憑共を助けたいからこの最悪な乗り心地を我慢しているわけじゃない。
今件が失敗したとしても餌になる落憑供は他にいくらでもいる。多少の取りこぼし程度では大きな影響はない。
強いて言えば、探偵社側――主にタレ目の男――に小言を言われる可能性はあるが、『最速』とも名高いラビットフットが「可能な限り最善を尽くしたが間に合わなかった」とでも言えば向こうもそれ以上の追及は難しい。
それに
探偵社を訪れる際は『渡り』を使ったのだから、
その上で、帰りは己の足でとなればだ、瞬間移動に何か条件が必要だと思うのが普通の思考回路だろう。
この乗り心地の悪い兎を利用した移動手段を知らないとなれば、
結局、なぜ急いでいるのかだが、これも至極単純な話だ。
得られる魂があるなら可能な限り収穫し、時間を短縮できるなら同じくそうする。ただそれだけの事だ。
そういう趣向の強いゲームなのだ。避けようとしても予期せぬ事態は起こり得る。そのための細かな積み重ねを大差がないと切って捨てるのは愚かというも。
なので今回の場合、一番避けなければならないのは保護対象にも敵にもありつけないことだ。そうなってしまえば悪戯に時間を捨てた事になってしまう。だからこそ急ぎ、この乗り心地にも甘んじていると言う訳なのだが――
――グッ……!
――冗談で言ったつもりだったんだが止むを得ない……! コンッ!
(――ねぇ! 今バッグから青い光が見えた気がしたんだけど!? 何したの!?――)
(――お前の着替えに殺されそうになったからやむを得ず燃やした。何が燃えたかは……――)
(――確認しなくていいから!! て言うかあんまりジロジロ見たらナズナちゃんに言いつけるから!――)
(――わかった。後で自分で確認し、!!――)
言い終える前にバックが開かれ持ち上げられた子狐はそのまま
(――おい、後でにしろ――)
(――じゃなくて、ここが合流地点の廃校――)
――流石に早かったか。
周囲を確認し、周りに敵も監視もないことを確認。
簡易的な結界を作り、子狐から人の姿へと戻る。
「すまん。勘違いした。それと結界を張った。もう声を出して問題ない」
赤い瞳を見開き、驚いた表情でこちらを見つめて固まる
「そう。ふーん。素直に謝ることもできるんだ」
「こちらに否があり、なおかつ必要そうだと思えば謝る」
「そっか」
「そんなことより気付いてるか?」
問題に気付いているか怪しい、満足げな兎に合流地点の異常性を確認する。
「き、気付いてるわよ。びっくりしただけだから」
どこに驚く要素があったのか不明だが、戦闘以外にはポンコツと定評のある兎でも、ここまで派手なら流石にわかったらしい。
校庭に広がる血の海と刻まれた幾つもの巨大な爪跡。
爪跡の刻まれた深さとその大きさからして熊や虎では不可能。十中八九恩恵によるものといえる。
「――これ、遅かったのかな?」
辺りを見渡した
一見すると、全てて遅れで落憑たちは無残にも皆殺しにされたかのように見えるが、
「そうとも限らん。落憑どもの情報をもう一度思い出してみろ」
「えっと、人数は五人、そのうち女性が二人。リーダーは男性で憑代は車、女性も一人バイクの憑代があるって――」
「そこまででいい」
遮られた時点で出た情報で答えにたどり着けなかった
戦闘に関連することとはいえ、今回に限っては彼女が答えに辿り着けないのも致し方ない。
なぜなら彼女が状況を読み解くには相性が悪い。というのも今回の場合、経験に裏打ちされた知識が必要とされる。要は同じような状況をじっくりと観察したことがあるかどうかが重要で、戦闘のセンスはあまり関係ない。
「これはどう考えても五人の血の量じゃない」
「そう、なんだ」
そう。一撃必殺、即時離脱、短期決戦。それらが基本だった彼女が、いちいち一人当たりの人体血液量なんて覚えてるわけもなく、まして飛び散った血がどう見えるかなど気にもしないだろう。
「爪跡と血痕を見る限り、数十人が凄まじい力で薙ぎ払われている。憑神、それも相当強力な恩恵を持っている奴の仕業だ」
「落憑狩りがまとめて殺したってこと? 代行者の可能性は?」
確かに代行者ならできる。が、やる意味がない。
奴らの目的は憑代の中にある魂であって、抜殻でしかない肉体に用はない。
それに事後処理がお粗末過ぎる。代行者は憑神でもあるのだからゲームが露呈して粛清されるのは奴らも同じである以上、放置などあり得ない。粛清に何が来るか知っている奴らなら尚更だ。
では落憑狩りの仕業なのか?
そう断定するには疑問が残る。
周囲を彩る大量の血。その匂いの広がり方と乾き方から、待ち合わせの予定を台無しにした憑神はラビットフット並の速さでこの惨状を作り出したことになる。
落憑を狙わなければならない程度の小物にこんな芸当ができるか?
否。強い恩恵には強い呪いが付きまとう。これほどならば自滅覚悟か、割に合わない量の魂を消費することになるはずで、どちらも憑神遊戯の在り方から外れている。単純な損得勘定など論外だ。
「代行者の線は捨てて良い。奴らならこの惨状を野放しにはしない」
「ヤクザ……はないか。一般人じゃ憑代の認識阻害を看破できないし、ハイエナと手を組んだにしても、ここまでで一人も見かけないのは変よね。音も拾えてないし」
じゃあ落憑狩り?
こんなに強い恩恵があるのに?
と、呟きながら得心行かぬといった様子で小首を傾げる兎。しかしその着眼点は悪くない。
「お前の疑念で間違いない。死体も落憑の憑代と思われる車両もない。落憑狩りがやったにしては不自然だ」
「一応だけど、校舎の中は――」
「確認済みだ。人影も死体も、もちろん車両が隠されてるなんてこともなかった。ヤクザの仕業なら死体の処分も妥当だろうが、憑神が手間をかけてまでやることじゃない。呪いと関係している線も考えられるが、だとしても車両が見当たらないのが不自然だ」
「野良の憑神と他が争ってる間に落憑たちは逃げた?」
「恐らくな。お前の耳で探せるか?」
「やってみる」
フードについたウサ耳に手を当てて恩恵を強め、収音に指向性を与える。
さらには目を瞑り、音以外の情報を遮断することで精度と集中力を上げる。
こうしなければ出来ないと言うわけではないが、これが一番呪いを強めずに済むからだ。
「いない……こっちも違う……」
目を瞑り、あちらへこちらへと向きを変えて索音するラビットフット。その間に
彼女を狙うならここしかないという絶好のタイミングだが、それをさせないための協力関係だ。と同時に、護送対象発見後すぐさま状況を確認できるよう遠視に集中することも忘れない。
「いた! 戦ってる!」
「距離は」
「ここから5キロくらい先の倉庫」
即座にピントを合わせ状況を確認する。
――野良の憑神が一人、ヤクザが八人、解魂衆が六人、代行者は来ていない。後は……マフィア連中か。
「どう、する?」
その声を僅かにだが緊張に震わせながら問いかけてくるラビットフット。それは今の状況正しく認識しているからこその反応だった。
代行者でも落憑狩りでもないならこの状況で導き出せる答えは一つしかない。
考えうる限りで最悪の想定。つまりは名の知れた強者がこの場にいたということ。
それも『ラビットフット』と同等、あるいはそれ以上の存在である可能性が高い。
「先に行け。お前を害せるような奴はいない。派手に登場すれば外野は撤退するはずだ。残ったハイエナとヤクザを殺せ」
「……! ……」
口を開きかけ、閉じる
「どうした?」
煮え切らない様子のラビットフットを委縮させないよう、事務的で平坦な声を心がけて問いかける。こういった場合、優しすぎれば不要な情報が混じり、キツ過ぎれば彼女の言葉を消してしまう。
「えっと、少しだけど、嫌な予感がするの。こういう時いつもなら標的を変えてるから、もしもの時は……」
「六分稼げ。逃げても構わない」
「オーケー!」
今度は淀みなく受答えする
なんてことはない。
「先行ってるから、今度は遅刻しないでよね――!」
「ッチ! 少しは配慮しろ……」
暴風を残し戦地へと飛び去った兎に舌打ちしながら、狐もまた人ならざる速度で戦地へと駆け出すのだった。
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