ep024.『三強寄れば―②』

「それで……本題だが、落憑どもの保護は具体的にどうする」

「気乗りしてないご様子ですね?」



 困ったような顔で問うてくる『探偵』。ここで「面倒だから帰らせてもらう」とでも言えればどれだけ楽だろうか。

 とは言えここで拗ねていても休息までの時間が早まるわけではないので、不本意だが話を進める。



「協力は協力だ。感情がどうであろうと成すべきことは成す」

「ありがとうございます。保護要請のあった落憑の皆さんは、美雪みゆきさんと彼――秋山あきやまくんに探偵社まで護送してもらう予定でした」



 室長室の扉の傍。約束通り置物に徹している男に手を向ける『探偵』。



「でも、あなたの協力が得られるなら、あなたと美雪みゆきさんにお願いしたいと思っています」



 この時点では判断をくださない。判断を下すのは、お願いの範囲が明確化されてからだ。

 顎をしゃくり、話の先を促す。



「無事に護送が完了した後は、保護対象の皆さんには一時的に探偵社の従業員として働いてもらう予定です。頃合いを見て失踪事件が一番少ない地域に移動してもらいます」



 憑神が関与している事件は徒人には認識できない。殺人に関しても、変死、病死、自殺、失踪、理由は様々だがまともに取り合われる事はない。確実とは言えないが、その手の事件が少ない地域ほど安全という事になる。



「呪いの対価に魂が必要な奴や手遅れな奴はどうする?」



 未だ意識の戻らない男のように、不和を持ち込むぐらいなら我慢できる者もいるかもしれない。が、呪いによっては人情で許容できる範囲を越えるほど相容れない者もいるのが憑神だ。



「『神童』に任せます」



 どうやら最終決定権は『探偵』ではなく『神童』にあるらしいと言うことがわかった。



「構わないが、結果的に処分するなら俺か美雪みゆきがやる。『神童』はいつ戻る?」

「一週間ほどかかると連絡がありました」



 危険な憑神に協力を願い出た理由。それは当初の想定通りで間違いないようだ。



 ――となれば『神童』の意志次第で、協力が白紙に戻る可能性もあるか……



 何かしらの対策は必要になるだろう。だが少なくとも今すべきこは保護についての話し合いだと割り切る。


 

「状況は理解した。予想される脅威とその対策をどう考えてる」

解魂衆ハイエナは私たちだけでも対処できるものと推測されます。並みの憑神も、美雪みゆきさんなら同じく対処可能と判断しています。問題は三つです。解魂衆ハイエナが心願會の一般構成員を雇い、すでに落憑たちとの合流地点へ移動を開始していること。ガンモーレファミリーの幹部が動いていること。最後に、恐らくですが代行者が動いていること。です」

綾香あやかさん。その情報はヤクザから手に入れたんですか?」



 しゅうも情報の出所がどこなのかは気になっていた。それはみゆきも同じようで、ベストなタイミングで確認をしてくれた。



 ――この兎は……日常会話以外は言うことないんだがな。



「ええ、彼らの通信記録からよ。後は警視庁とその関連施設から。彼らは徒人だから、私の恩恵でいくらでも情報を盗めるわ。解魂衆ハイエナは国家機関だし、二つの情報源から集めたものだから情報の確度は高いと思うんだけど……代行者は表向には公表されていないし、独自に行動しているみたいだから、そっちの方は噂程度の情報しか拾えなかったわ」



 話しながら、引き出しから資料を取り出す『探偵』。

 資料を受け取ったみゆきしゅうの分も持ってくるが、実は既に透視で確認済みなので、ここでも読んでいるフリをしておく。


 資料の内容は先の組織と保護対象に関する情報だ。

 まず敵対組織に関する情報だが、どちらも憑神を擁する反社会的組織である。


 ――『心願會』


 組織的な憑神の中では最多の人員。名の知れた強者は二人。二人は頭目の護衛をしているので、単独で表に出てくることはないそうだ。徒人の構成員を使って年中無休、昼夜を問わず粘着してくるうっとうしい羽虫集団。



「構成員に手を出して死傷者が出たら報復とかしてこないですか?」

「その心配はないわ。彼らもゲーム参加者である以上、探偵社と同じく他の憑神から狙われていることに変わりはない。そして本業、この場合は裏稼業になるけど、そちらからの暗殺も警戒しないといけないから、組織が根本から崩れかねないことにでもならない限り二人が動く事はないはずよ」

「じゃあ、このガンモーレってマフィアも似たようなものだったりしますか?」



 ――『ガンモーレファミリー』


 強力な恩恵を持つ幹部が多数。心願會と違い徒人の構成員は――あくまで日本国内の話ではあるが――少ない。四代目のジョセフ・ガンモーレの代からゲームに参加。詳細は不明だがボスが一番強いらしい。行動エリアが広く、今回も遥々出張ってくる可能性が高い。



「そちらは違います。当代のドン『ジョセフ・ガンモーレ』は裏の人間からは"Warmoger"と呼ばれ、非常に好戦的な人物として恐れられています」

「あまり聞かない単語ですけど、どう言う意味ですか?」

「”戦争屋”です」

「聞くだけでうんざりしますね」



 次に保護対象の情報を確認する。

 保護対象は五人。見る限り役に立ちそうな奴はいない。



「裏の連中はどう対策してる」

「各組織の表の接触はこちらで防げます。探偵社の影響力は大きいですから。裏についても『神童』がいる時点で避けていたので、美雪みゆきさんがいる今なら、報復でも直接狙ってくることはまず無いと思います」

「でも遭遇戦になる可能性はあるって事ですよね」



 みゆきの質問に首を縦に振る『探偵』。


 

「そうなった時、手練れを相手にできるのは現状、美雪みゆきさんと……」



 こちらを見つめる『探偵』との間に『あなたは?』そう言わんばかりの間が生まれる。



「アラヤだ」



 ハナの時には用意していなかったが、今後のために一応考えておいた偽名を名乗ることにする。


 因みにアラヤとは、とある陰陽師の名家の家名である。

 この名であれば、多少広まったとしても目眩しにはなるだろう。



「――!??」



 今度はみゆきが「嘘でしょ?」と言わんばかりの顔でしゅうを見る。



 ――この名前に聞き覚えがあるのか? 



「え? なんで? 私には名前教えてくれなかったのに?」



 一瞬、詳しく話を聞く必要があるかと思ったが、どうやらしょうもない理由だったらしい。



「偽名だ」

「ふーん……そっか」



 とりあえず納得した様子のウサギは置いておく。



「えーと……美雪みゆきさんとアラヤさんくらいです」

「俺抜きで考えるなら、相当無理がある作戦に聞こえるが、不測の事態はどう対処するつもりだった」

美雪みゆきさんの判断に任せて、作戦の続行が難しければ保護を中止し、撤退します」



 憑神遊戯は公にはできない。

 表立って動くこともできない。

 必然、実行できる人材は絞られる。

 そうなれば、いくら『探偵』でも折角の情報も持て余してしまうわけだ。



「代行者についての情報が書いてないみたいですけど、」

「彼らの正確な情報はほとんど掴めてません。解魂衆ハイエナたちの『代行者が一人お戻りになられている』といった会話を盗聴器経由で拾っただけです」



 ごめんなさいと頭を下げる『探偵』。



「それだけ、ですか……何とも言えない情報ですね」



 確かに、それだけでは不確定に過ぎる情報かもしれない。だが代行者というリスクの大きさを考慮するならそれしきの情報だとしても最悪を考慮して然るべきだ。

 彼らは並みの憑神では歯が立たない強さとその職業柄もあって、本来動かない連中を刺激しかねない。



 ――そういう意味では、協力関係に踏み切った『探偵』の判断は流石だな。


「代行者は問題ない。少なくとも解放者と執行者は戻ってきていない」



 探偵社に渡る前に飛ばしておいたナズ手製の札だが、実は渡って来た少し後に結界に阻まれ消滅していた。つまり結界を維持している解放者は変わらず廃協会に入り浸っていると言うことになる。



「ですが、その他の誰が来るか――」

「問題ない。他であれば対処は可能だ。撤退に限れば美雪みゆきが遅れを取ることもないはずだ」

「そうですか……」



 綾香あやかにはそれ以上の言葉を返せない。

 称号で呼ばれるような強者たちでも戦うことを避ける代行者を相手に、ここまで強く「問題ない」と明言できるものがどれほどいるだろうか。

 綾香あやかが知る限り、そんな存在は『神童』しかいない。

 自分の感性が間違っているのかとその隣に立つ少女を見れば、さも当然であるかのように無反応だった。



「呆けている暇はないぞ『探偵』。ヤクザは既に動いている。ならこちらもすぐに動いた方がいい。違うか?」

「え? えぇ、そうですね。こちらの書面が作戦の詳細になります。元々はアラヤさん抜きの作戦になりますが、幾つか使えそうな避難ルートもあるので参考にしてください」


 

 例のごとく、透視を使って既に内容を確認しているので、そのことを念話でみゆきに伝えて移動を開始する。



コンは連絡先ないので、何かあれば私に連絡先してください」

「わかりました。それで保護の件、よろしくお願いいたします」

「了解した――」

「はい――?」



 それぞれの言葉で『探偵』に了承の意を伝えるしゅう美雪みゆき

 てっきり、この後『渡る』ものだと思っていた美雪みゆきは、見られないように室長室から退室するでもなく、本棚の前で倒れ伏す男の前へと向かったしゅうの意図が分からず首を傾げる。



「なにを……」

「――」



 同様に、男の前でしゃがむしゅうの意図を図りかねた『探偵』は、より直接的に疑問を投げかけるが、しゅうはそれに答えない。



「おい!!」



 最初からしゅうを危険視していた男だけがその意図に気付いていた。


 ――バキン



「「――!」」



 驚愕に固まる二人の目線の先にあるのは、粉々になった手榴弾型のキーホルダー。

 そしてそれは、倒れている男の憑代・・だった。

 それが壊れたということは「無等むとう たくみ」が死んだということであり、それを壊したということは、「無等むとう たくみ」を殺したということだ。



「――やりやがったなキツネ野郎」

「会話には入って来ない。そのはずだが?」

「あんたこそ、次は・・じゃなかったのかよ。言い直せよ、次すら・・・ないってな」



 確かにしゅうは言った。「次はない」と。でもそれは無等むとう たくみにでない。



秋山あきやまくん。落ち着いて」

「どう落ち着けって言うんですか。綾香あやかさんも見たでしょ? コイツは約束を守る気なんて無かったってことですよ」


コンは間違ったことを言ってない。間違ってたのは私たちの認識」

「は?」



 美雪みゆきに向けられる濃密な敵意。

 目の前で行われた不条理。その凶手が自分や探偵社に向けられる可能性が確定的になった現状で、意味の分からないことを言われれば敵意の一つや二つ抱いても不思議なことはない。



「アラヤさんが次と指定したのは探偵社に対してです」



 そんな秋山あきやまを諭すように『探偵』が説明する。



「それに『伸びてるやつ同様、邪魔になるものは排除する』って言ってたしね」



 そう。しゅうは言っていた。"排除する"と。



「そうかよ……じゃあ、話に割入った俺も殺すか?」

「とちるな。勘違い一つで手を下すほど俺も暇じゃない。行くぞ美雪みゆき

「う、うん」



 あの手の馬鹿は必ず厄介ごとを持ち込む。半殺しにしたことを逆恨みされればそのリスクはさらに高まるだろう。放置するつもりなどさらさらない。



 ――暴発されてから対処するなんてのは御免だからな。



 二人の強者が室長室を出た後、この惨状を探偵社のみんなにどう説明したものかと、綾香あやか秋山あきやまは、二人で頭を悩ませることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る