ep023.『三強寄れば―①』

「どうして、頑なに認めようとしないんですか?」

「お前こそ何なんだ……いつまでその話を擦る」 



 分単位で続く黒狐の認否合戦。しゅうとしては全くありがたくないが、冤罪で死刑宣告されかけた周囲からすれば心を落ち着ける貴重な時間になった。



「埒が明かん。仲良しごっこじゃないんだ、話を進めるぞ」

「わかりました。では美雪みゆきさんからは何処まで聞いていますか?」

「概要程度だ」

「では――」

「――話を進める前に後ろの奴らは下がらせろ。今回は必要ない」



 話を遮り、後ろで立ち惚けている連中を顎でしゃくる。

 仲間という概念がほとんど意味をなさない憑神遊戯において、不必要な情報を与える必要はない。そうでなくてもそれらを暴く恩恵だってあるのだから、たとえ味方だったとしても一応や念のため程度の理由で情報を持つのは避けるべきだ。



「……わかりました。皆さんは帰宅して大丈夫です。この後予定がある人は応接室で待っていてください」

「それは……」



 メガネをかけた男がこぼした不満が”後ろの奴ら”の総意だったのだろう。それぞれの面持ちで『探偵』を見つめるメンバーたちの顔には、今しがた悪い印象を植え付けられた相手に対する不安と疑念が表れていた。



「言う通りにしてください。彼がその気になれば恩恵も呪いも関係ありません。ここにいるみんなで何をしたって最悪の結果になるだけです」


「「……」」



 そんな彼らに告げられる美雪みゆきからの無条件降伏。

 おつむの出来が悪い身内が半殺しになる前なら、砂粒くらいの可能性だったとしてもこの無情な命令を受け入れられた未来があったかもしれない。

 しかし、散らばる本棚に埋もれた血まみれの男を視界の端に残したままでは、今ここで命を絶った方がまだ優しい未来が待っているのではと、問われている者たちはそう思わずにはいられない。


 強者が弱者を生かすメリットは基本ない。用済みになったら殺されるか、消耗品のように死地に送られるかのどちらか。憑神遊戯このゲームをある程度生き抜いてきた者たちなら誰でもわかることだ。



「ヨミちゃんの話を聞くのは――」



 ――ヨミ。この場にいないかつ、俺相手に切れる手札……『神童』の名か。



「今はいません。それに現状なら私はヨミさんを逃がすことに全てをかけます。こっちのミスなのに、見て見ぬふりしてツケを押し付ける真似なんてしたら許さない」

「うぅっ……」



 鋭い視線で失言を咎められたギャルが言葉を詰まらせる。

 このままではみゆきまで敵に回しかねないと悟ったメガネの男が割り込むようにして話を変わる。



月野つきのがいても、交渉にすらならないのか?」

「無理です」



 探偵社のメンバーたちが本人シュウを目の前にその取り扱いについて議論を始め、その彼らに今は話を進めるしかないと諭すみゆき

 話し合っている面子の中で恐らく最年少であるみゆきに、命に係わる判断宗の対処を任せるのはどうなんだと思わなくもないが、命が関われば綺麗事は言ってられないということだ。



「俺は残らせてもらう。その人は『探偵社』の頭だ。お前を信用するしない以前に、こっちも不義理は働けない。安心しろよ、口を挟むつもりはない」



 今度は別の男が口を開いた。この室長室で美雪みゆきの次に魂を保有する男。室長室にいるメンバー四人の内の最後の一人。


 背は男性の平均身長よりやや高い。

 整った顔立ちと僅かにタレた目。

 落ち着いた声音で淡々と話すせいもあって、ドライな印象を抱かせる。


 多くの魂を保有するということはそれだけ奪ってきたということだ。

 だからこそ彼は、ラビットフット以上の化け物相手に何にもなしでは話にならないと感情ではなく理性で理解できる。


 男は思う。例えば美雪みゆきの場合は手綱がある。神童に心を許していることもそうだが、弟と友達という明確な弱点が存在する。

 その手の弱点は『探偵』と相性が悪い。仮に探偵社を壊滅させても『探偵』なら死後に表と裏、両方の人間を動かすように仕組むのも容易だからだ。いくらラビットフットと言えども表と裏を相手にしながらゲームを続けることはできない。


 だが、得体の知れないこの憑神には手綱がない。そんなのを相手に直接的な戦闘手段を持たない『探偵』を一人残すなど、とてもじゃないがまともな精神ではいられなかった。



「その次元だったらね。彼には私を含めて小物を相手にしている暇はないの。むしろ大抵の憑神は”警戒する必要もない”で終わるはず。だから不確定要素になる方が危険。そうなれば何かの拍子に纏めて消されることになりかねないから」



 みゆきの言い分は正しい。しゅうとしても事実そう思っている。だからこそ小物たちには時間を奪うなと警告している。まぁ、一つ訂正があるとするなら、



 ――お前は小物じゃないだろ。



 確かに、恩恵を十全に使った戦闘であればしゅうが負けることはない。問題は十全どころか使うこと自体がそもそも負けだということだ。その点、逃げ回ることに関して他の追従を許さないラビットフットは、相性上、小物と呼ぶのは難しい。



 「いいだろう。お前の能力を教えろ。それが条件だ」



 しゅうは陰陽術と恩恵の副産物で憑代が何かを見破ることができる。かといってその情報を探偵社に与えるメリットはないので、憑代についても確認するフリをしておく。



 「憑代は指輪、恩恵は敵意の具象化だ。抱いた敵意を実体を持った物理的なエネルギーとして操れる。呪いは……言っちまえば敵意を抱き難くなる」



 ――憑代は左手の薬指・・・・・か。



 呪いの詳細を濁したようだが、その憑代をそこに嵌めている時点で想像がつく。敵意を抱き難くさせているのは、その指輪の片割れを持っていた者だろう。


 想定される呪いと魂の保有量から考えて恩恵を使う必要のない相手。

 男に対し改めて処理が可能と分かったのはいい。が、問題は障害になりえないこと。その程度しか防衛能力がないということは、情報漏洩のリスクも同程度には注意を払わなかればならない。



 ――話す内容を選ぶ必要があるな。



「それで『探偵おまえ』のは?」



 話の流れで『探偵』の能力も確認する。

 正直、探偵社に直接乗り込んだ理由の半分はこれを知るためだ。正確には利用価値があるかどうかだが。



 「憑神ゲーム以外の、ありとあらゆる情報の収集、分析ができます」



 しゅうが欲しいのはもちろんゲームに関する情報だ。

 『探偵』の恩恵は少々期待外れだったものの、少なくともこれでみゆきとの関係をあっさりと看破された理由はわかった。

 『探偵』は路地裏でのハナやホームレス、ルバンシュの拠点周辺で得られる情報から協力者の有無を割り出したのだ。


 周りのピースが揃っていればおおよその画は見えるということなのだろうが、それでも短期間で隠密に特化しているしゅうの尻尾を掴める精度は恩恵の力だけではない。

 協力者の有無しかわかっていないだろうと思うかもしれないが、そこまでたどり着けたのもまた『探偵』だけなのだ。現に大抵のものは美雪みゆきが想定以上に強かったからルバンシュを潰せたと誤認している。


 "憑神遊戯の情報を集められない"



 ――問題ない。



 恩恵と彼女あやか自身の推理力を持ってすれば、ほぼすべての情報にアクセスできると言っても過言ではない。その分時間はかかるだろうが、得られる情報の対価として破格であることに変わりはない。



 「流石は最重要人物キープレーヤーだな。で、その強力な恩恵に伴う呪いはなんだ?」



 強い恩恵にも呪いにもすべて理由がある。これほどの恩恵ならば、如何に想いが詰まった憑代だったとしても、かなり強力な呪いがあると予想される。



 「私は――この部屋から出ることができません」



 彼女が呪いの詳細をするその瞬間、その苦しむような表情から複雑な感情が見て取れた。辛いけど後悔はしていない。そんな感じだろうか。


 彼女にもそれなりの願いがある。だがしゅうはあくまでも『探偵』と手を組みにここまで来たのだ。故に、二階堂にかいどう 綾香あやかという女性についてここでは言及しない。彼女の"呪いがどの程度のものか"しゅうはそれさえ確認できれば良かった。



「出たらどうなる」

「――消えます」



 呪いの中で最も強い部類に属するものがある。それは己の命に関するものだ。

 自分の意志に関わらず、部屋から出れば即座に死ぬともなればかなり強い方だ。挙句、常に活動エリアを制限されるのだから最上級といっても差支えがない呪い。



 ――中々にキツイ呪いだが、これも問題ない。



 情報系の憑神は飼われるか狩られるのが基本。

 つまり早期に詰むのが運命なのだが『探偵』は運よくまともな憑神と協力関係を築くことができた。しかもそれが最強の一角と言われる『神童』だったお陰で、最上級の呪いも不便程度のデメリットでしかない。



「最後に『神童』の情報を教えろ」

「申し訳ありませんがお答えできません」



 ――ん?



 強い呪いすら不便程度に変えてしまえる存在。協力関係を築く上で当然開示しなければならない戦力のはずだが、まさか思わぬ答えが返ってきた。この期に及んで、話したくないというわけではなさそうだが、



「誤解しないでいただきたいのですが、情報の開示を拒否しているわけではありません」

「理由は?」

「誰も詳細を知らないんです。不老が関係しているのはわかるんですけど」



 探偵社の用心棒である『神童』の情報をトップであり情報収集に特化した『探偵』が何も知らない。そんなことがあるのだろうか。

 

 一応、みゆきの方を向いて反応を確認してみるが、



「私も詳しく知らない」



 ということらしい。


 

「頭は切れるのか?」

「多分としか……私たちも、よくわからないけどすごい人という認識しかなくて……」



 ――これ以上は無駄だな。



 そもそも情報を引き出したところで本当かどうか判断する術もない。大した情報が得られずともここは残念だったと流すべきだ。



「了解した。探偵社についての確認はもうない。俺のことは後で美雪みゆきから聞け」

「わかりました。その話は後日お願いしますね、美雪みゆきさん」

「はい」



 ある程度の情報を確認し終えて満足したしゅうは、この後に待ち受ける厄介事を放って休息を取りたい気分だったが、まだ本題の話すら出ていないのでそういう訳にもいかない。


 戦闘であれば問題ない。護衛でもまぁ許せる。ただ少なからず落憑と絡まなければならないと考えると正直気が進まない。



 ――落憑共のお守りか……面倒な絡みは兎だけで十分だ……



 そんなこと思いながら、慈善活動について話を進めることにした。

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