ep022.『張りぼての協力関係』


 (最悪だ……)



 開戦前の戦場と化した室長室。それを見守ることしかできない弱者たちの一人である片桐かたぎり 颯真そうまは、これしかないという思いを胸中で吐露する。


 彼が知りうる限り最強の武は息を乱し、最高の知は青ざめた泣き出しそうな顔で、歯の根を震わせている。


 憑神ゲーム全体で見てもトップに位置する彼女たちが、足掻くことすら許されないほどの強者。そんな存在が先刻言い放った言葉は――、

 


 『弁明はあるか?』



 である。


 これが最悪な状況でなくなんだというのか。


 震える二人の様子を見るにこの状況は手違いの類だと思われる。だが問題はそこではない。勘違いさせてしまったことが問題なのだ。

 紹介役である少女が誤解を解くのが一番自然な流れに思える。しかしなぜだか少女は固まってしまって、その口から弁明の言葉を述べることはない。


 それはマズい。非常にマズい。


 目の前の陰陽師らしき装いの後ろ姿からは、不思議と強者特有のプレッシャーを感じない。つまり、状況を正しく理解していない者が暴発する可能性が高いということだ。その先に待つ未来は――皆殺し。



 (頼むから何もしないでくれよ……!)



 片桐かたぎりと同じくして、予期せぬこの状況に呑まれ体の動かし方を忘れてしまった探偵社のメンバーたち。その内の一人、クソガキをそのまま成人年齢に引き上げたような男を見やる。


 金髪を短く刈り揃えた男――無等むとう たくみ。何か問題を起こすならコイツ。そんな探偵社きっての問題児が何かをする前に止めなければと、横目で確認した時にはすでに手遅れだった。


 たくみは一歩踏み出して、



 「おい、真っ黒野郎。人様んとこ邪魔して女をビビらせるなんて、ダセぇことしてんじゃねーぞオラ」



 戦場に爆弾を投下した。



 ※※※ ※※※ ※※※




 みゆきに『今から来れる?』と言われ来てみれば、



 ――罠か、



 呼び出した本人と『探偵』を含めた探偵社の数人に囲まれているときた。


 状況の詳細は理解しかねる。しかしそれについて思考を巡らせるには時間が必要だ。そのために先ず、牽制の意味も込めて『探偵』に対する認識疎外を僅かに緩める。

 

 お面を直接見た者――中でもお面と目を合わせたものはアレ・・に見られているのと同義だ。


 アレがどう見ているか。

 アレをどう見るか。

 アレに何を感じるか。


 人によって程度は異なるが、大抵のものは動けなくなるか気を失う。

 今は緩めた程度、それも少しなので精々嫌な予感にも似た嫌悪感に苛まれるくらいだろう。それでも『探偵』のような頭脳派相手ならばそれなりの効果を発揮してくれる。


 次はみゆきだ。正直、この兎の振る舞いが一番判断に困る。


 『神童』がいるなら探偵社側に寝返るのも納得できる。が、『神童』の不在は確認済みで、身内である彼女たちがそれを一番よく理解しているはずだ。

 寝返った可能性は低いが現時点ではどちらの味方かわからない。なので念のため術で作り出した張りぼての尻尾見せ牽制しておく。


 これで少なくとも、しゅうが知る限り強者は動きが鈍るはずだ。そうなれば必然、彼女たちの力を知る取り巻き達の動きも止まる。


 そして予想通りに場を掌握したしゅうは、即座に状況の分析を開始した。



 ――みゆきは、渡った直後『探偵』の方を向いていた。



 待ち伏せするなら相手を自分の正面に構える方がいい。距離にしても事前の念話で隣に出現するのかわかっていたのだから、しゅうの腕が届かず、みゆきの脚が届く間合いに移動する方が合理的だ。


 非合理といえばもう一つ。みゆきが恩恵を発動していないことだ。この距離なら彼女自慢の兎脚を披露するより先にこちらの手が届く。それは共闘したみゆきならば理解していないはずがない。



 渡る直前の動揺。

 渡った後の状況。


 これらから察するに、確認のつもりだった言葉をしゅうが額面通りに受け取ってしまった結果、準備中の札が掛かったオープン前の店の扉を開けてしまったと、そう考えられる。ただそれならばなぜみゆきは怯えているんだという別の疑問が生まれるのだが。



 ――誤解ならお前がそう言えばいいだけだろ。



 至極その通りなのだが、ここでもまた認識がすれ違っていた。

 

 美雪みゆきにとってしゅう恩恵しっぽは天災そのものなのだ。

 廃ビルの時の蒼炎に焼かれる想像は簡単に忘れられるものではないし、不可視の力に至っては想像するのも憚られる。


 それを、恩恵を使う気はないと明言していたしゅうが使ったということは、その時点で虐殺ことが成されるということ。


 ならばせめて、無抵抗を示すことでチャンスが与えられることに賭けるしかない。

 

 その過程でどれほどの血が流れようとも誰も助からないよりはマシだと、諦めにも似た心境の美雪みゆきが動けるはずもなく、故にしゅうの疑問が解消されることはなかった。



 ――探偵は……。



 尻尾を出す直前までみゆきを見ていたことから手違いを正してほしい、もしくは待ち伏せに足る行動を起こしてほしいといった意図が考えられる。お面を認識した今となっては、こちらを見たまま固まり、吐く寸前といった様相を呈している。



 ――取り巻きどもにも……動きはないか。



 状況を理解しているメガネをかけた男が一人。

 理解してない男と女が一人ずつ。

 好戦的な男が一人。

 隣の部屋に中年の男と子供が一人。

 一番遠くの部屋に死体が一つ。 


 この部屋に限れば、理解の追い付いていない男女が多少魂を保持しているものの警戒するレベルではない。あとの二人は戦えるだけの恩恵を持っているにしては少なすぎる。はっきり言って論外だ。


 隣の部屋はというと、子供はままごとと中でおもちゃの食材相手に汗を流している。中年はその相手だ。両者とも憑代は持っているようなので一応は憑神らしい。



 ――おかしい。



 しゅうの力を知るみゆきが手引きしたにしてはお粗末すぎる面子。

 取り囲み方にしてもそうだ。隣でままごとしてる包囲があってたまるか。

 仕掛けてくるわけでも説明をくれるわけでもないみゆきのせいで、ここはしゅうから確認するほかない。



 「弁明はあるか?」



 そう聞いてみたのだが探偵の頬に涙が伝う始末だ。それどころかみゆきまで泣きそうになっている。



 ――言葉を間違ったか……?



 下手に出ればこの後予定している話し合いが不利に進む。そして無礼の度合いでいえば探偵社の方が明らかに問題――ならばと思って多少お気持ち表明してみたが、これは悪い意味で効き過ぎている。

 その証拠に、投げたボールがいつまでも返ってこない。



 ――ん?



 投げたボールが返ってこないので見せかけの恩恵を解除するか悩んでいると、取り巻きの中の一人、好戦的に睨みつけてきていた男が一歩踏み出してきた。



 ――この状況で動けるのは、馬鹿を通り越して脳の機能障害だな。



 「おい、真っ黒野郎。人様んとこ邪魔して女をビビらせるなんて、ダセぇことしてんじゃねーぞオラ」



 言ってやったぜ。そう言わんばかりに得意げな男。



 ――こいつはダメだな。が、丁度"球"が欲しいと思っていたところだ。



 頭の悪すぎる発言は無視して、これを口実に再度『探偵』へとボールを投げる。



 「これが弁明か?」



 相手側の過ぎた態度を咎める意味も込めて、お面の認識阻害をさらに緩めて・・・問いかける。しかし、青を通り越して真っ白になった『探偵』は口をパクパクとさせるだけで何を答えることもない。


 お面に見られている・・・・・・のだから無理もないが、ここまで効くと話が進まない。

 二人の怯えがこちらの油断を誘うための演技という線もなくはないが、今にも気絶しそうな探偵と普通じゃない音で過呼吸に陥ってるみゆきを見る限りその可能性は無いに等しい。



 ――臓器の動きからしても、演技の線はない。



 今程度の認識阻害であれば、後ろめたさを掻き消すほどの強い敵意があれば多少なりとも言葉を発せる。にもかかわらず未だに何の弁明もなされないのは、状況に非を感じていたところにお面の恐怖が重ねられ挙句、敵意という殻も纏っていなかったから。そう考えれば、恐怖に口が噤むのも致し方なしということだ。



 ――牽制を止める理由が欲しいところだな……そのためにもまずは、互いの誤解を解くのが先決、か。



 こちらから問いを投げれば話を合わせられる危険があるものの、このままでは埒が明かない。仕方ないから直接ウサギ《みゆき》に状況を確認しようとした矢先、



 「無視してんじゃねぇぞ? 真っ黒野郎――」



 先ほどの男に肩をつかまれ状況が一変する。


 憑代は隠し持つのが当たり前。恩恵にしても何がトリガーになるかわからない。

 それを踏まえたうえで手を出すという事は、牽制の域を出た明確な攻撃。

 ならばだ――、



 「――お前が居ても話の邪魔だ」

 「ぐアッ!?」



 先ずは何に使うかわからない付属品みたいな頭をぶら下げた男の首を掴み上げ、そのまま力任せに放り投げる。

 しゅうとしては今すぐにでも殺してしまいたいが、こんなのでも一応は探偵社のメンバーなわけで、少なくとも話がつくまでは生きていてもらわなければ困る。癪ではあるが殺さない程度に加減する。

 

 ――ッガン!


 とはいえ成人男性が宙を舞うほどの力。その衝撃を受けた本棚が大破し、動かなくなった男の頭にバラバラと本が落ちる。



 「制御できないのなら手元に置くな。次はない」



 今ので場の雰囲気がより一層殺伐としてしまったが気にしない。

 チンピラが手を出してきた時点で利害の一致ではなく、武力を背景に協力関係を構築するしかないのだから。



 「美雪みゆき

 「――!」



 闖入者の排除というイベントに紛れ、すかさずみゆきへの状況確認を試みる。この機を逃せばいよいよ警戒を解くタイミングがなくなってしまう。その後に待つのは望まない形での協力関係か、殲滅だ。しかし、黒髪の少女はビクンッと体を震わせただけで名前を呼ばれたことに対する返事の一つも返してこない。



 ――お前はなんでそんなに怯えているんだ……まぁいい。



 「この状況はお前、そして探偵社が意図したものじゃない、そうだな?」


 

 小刻みに小さく、何度もうなずいているみゆきのそれを肯定と受け取る。

 ならばと、尻尾はそのままで探偵に対する認識阻害だけ調整する。でなければお面の恐怖で話しどころではない。



 「穏便に済ませるつもりだったが止めだ、手短に話を進めさせてもらうぞ」

 「は、はい」



 顔の血色が戻り――白から青に変わったのが戻ったと言えるならだが――簡単な受け答えができるくらいには持ち直した『探偵』。

 


 「協力はしてやる。ただし、そこで伸びてるやつ同様、邪魔になるものは排除する」



 血を流して伸びてる頭の悪そうな男を顎でしゃくり、邪魔者の末路がどうなるかを示唆しておく。



 「それと、今回を含め、保護対象にはできる限り餌になってもらう」

 「餌?」

 「憑神と解魂衆を釣るための餌だ」

 「なぜ、それが必要なんでしょうか……」



 美雪みゆきの"願い"を叶えるためには『異形』と呼ばれる憑神を倒さなければならない。しかし『異形』は結界で隔離されているので手出しができない。

 ゆえにその結界を維持している代行者の排除が必須になるのだが、並みの憑神では相手にならないうえに、表に出てくることが少ない彼らを普通に処理していたのでは何年かかるか見当もつかない。当然、何年も待つ時間などしゅうにも美雪みゆきにも残されてはいない。


 そこで役立つのが探偵社や落憑だ。彼等には中々出てこない大物を釣りだすための餌になってもらう。とはいえ、協力関係を理性的に処理できない連中に「お前たちには危険な代行者を釣り出すための生餌になってもらう」と事実をそのまま伝えたところで、要らぬトラブルを引き起こすだけだなのは目に見えている。



 「一から十まで説明してやる気はない。お前らは低リスクで慈善活動ができる。保護対象は体のいい宿主に寄生できる。こちらも目的を達成できる。これ以上に何が必要だ? 時間は有限だ。お前らの好奇心を満たしてやってる暇はない。憑神なら願いを叶えるために最善を尽くせ、違うか?」



 仮に生餌が必要な理由を知ったところでどうにもならない話だ。

 彼らは連戦はもちろん代行者の撃破や『異形』との戦闘など、しゅうたちが望むことの何一つもまともに関われない。


 イレギュラーが発生しようものなら尚更足を引っ張る結果になる。時間というコストを払ってリスクを高めるだけなど、愚行にもほどがあるというものだ。



 「それは、仰る通りかと思います。ですが、みんなで協力するには信頼がなけれ――」

 「必要ない」

 「必要、ないですか……」

 「ない。俺の望む"協力"についてこられるのは美雪と『探偵おまえ』だけだ。"みんな"とやらは荷物でしかない。故に俺と『探偵おまえ』の中で話がつけばいい。協力で得られた利益を弱者に施すかどうかは好きにしろ」



 後ろの男が『誰がお前なんかに頼るか』とこぼしているが触れないでおいてやる。先のチンピラのように、物理的に手を出したわけでも、会話を止めたわけでもないからだ。この程度にいちいち構っていては、それこそ時間がいくらあっても足りない。



 「無駄な説明より落憑の話だ。本来この手の話があるなら先ず身内で対処を検討するはずだ」



 探偵社には最強と名高い『神童』がいるのだからそちらに頼るのが筋だ。しかし、彼女らは信頼厚きお抱えの憑神ではなく、得体のしれない憑神に協力を持ちかけた。

 つまり『神童』の帰りを待てないくらいに事態は動いているということだろう。


 噂に名高い『探偵』のことだ、先手を取って動いているのは間違いない。が、先んじるにしても限度がある。



 ――事が決っされてから実行されるまでの間。



 それがタイムリミットであり、既にわずかしか残されていない猶予だ。

 そしてそれは、少なくとも外部の強者しゅうの手を借りなければならないところまで迫っている。



 「にもかかわらずお前は協力リスクを選んだ。《探偵社》には余裕がない、違うか?」



 ――ラビットフットより強い野良憑神との協力……そんなものは次善策や保険で取るような手札じゃないからな。



 「……わかりました。協力をお願いします」

 「了解だ」



 これで当初の目的は達成できた。それなりの条件で話を進められたのも収穫だ。

 同じ条件ならこうもいかなかっただろうが、馬鹿の暴発や神童の不在などのお陰で、ほとんど一方的に条件を押し付けることができた。



 「一つだけ、いいでしょうか……」



 心の内で満足感の浸っていたしゅうに一つ、言葉が投げかけられる。

 張りぼてでも脅迫でも協力は協力だ。話は付いたのだから協力者として発言をする権利くらいはあるはずだと、恐怖に震える『探偵』の目からはそんな意志が伺える。



 「なんだ」

 「あなたは、最凶と噂される黒狐でしょうか」

 「なんだって……?」

 「ですから、出遭えば必ず不幸が訪れる、最たる凶いと言われているあの黒狐ですよね?」



 てっきり"徒人を殺してはならない"など譲れない信条か何かが表明されるものだと思っていたのだが、突きつけられたのはまさかの痛ましい通り名の主認定だった。



 ――なんだその拗らせたような通り名は……。



 そういえば前に、みゆきもそんなことを口走っていた気がする。あの時は隠密重視のしゅうに通り名などできるはずもないと、どうでもいい無駄話の類として切り捨てたのだが。



 ――まさか俺の通り名だったとはな……。



 しゅうを認識したものは、必要な場合を除いてすべて殺している。

 しかし、最凶はともかくとしてしゅう以上に黒狐という特徴が当てはまる憑神はいない。

 

 では誰がそんな通り名を広めたのか?



 ――あいつか。



 唯一思い当たる人物。その顔に、常に余裕と不敵な笑みを浮かべる情報屋イレギュラーを思い浮かべる。


 もし彼がしたことなら触れない方がいい。触れはしないがこんな痛い通り名で呼ばれるのは遠慮させてもらう。



 「知らん」

 「え……?」



 "なんの否定もなしにそれは流石に無理があるのでは?"

 

 そう書いていると言えるほどの疑念溢れる顔で首を傾げ、やたらと瞬きする『探偵』。

 

 最早意味のない否定だがそこは昨今の政治家と同じだ。認めたら負けなのだ。ここは断固として白を切らせてもらう。



 「知らん」

 「でも、」

 「知らん」

 「いや、」

 「知らん」



 知らないと押し通す狐と、いやいや嘘つかないでくださいという『探偵』の奇妙な空間が生まれてしまったのは望むところではなかったが、こうしてここに、ツキガミゲーム始まって以来最も強大な協力関係が成立した。

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