ep021.『狐神来航』
――こんなところか。
まだまだ余裕はあるし手隙になったという訳でもない。ここで切り上げたのは単にこの後、
ではその彼女はというと、『
幸い、
取り急ぎ確認すべきは狩りやすそうな憑神の洗い出しと、代行者の動向、時点で組織立った憑神の警戒。
――めぼしい相手は三人。
『オカダ シンタロウ』
憑代は人形の類。女性しか狙わない性質で、穴倉から出てくるまで待つ時間がなかったので後回しにしていた。が、今回は
『ハリヤ タクト』
憑代は銃弾のペンダント。特殊な弾丸を生成し指から放つことができる。効果の程は不明だが、正直一人でも問題ない。
『パペッター』
憑代はぬいぐるみ。ぬいぐるみに実態を持たせる恩恵。その人形を飛ばすことができるようになるおまけ付きだ。
例えばナイフを持つ人形であれば切り付けることが出来るようになり、銃を持つ人形なら実際に弾が飛んでくる。極めつけはクマのぬいぐるみだ。空を飛ぶクマのぬいぐるみが、文字通り熊並みの質量とパワーで襲ってくる。
ぬいぐるみが常に本体を守っているせいで手を出しかねていたが、ラビットフットが注意を引いてくれれば倒せないこともないはずだ。
――あとは代行者だな。
代行者とは、名の通った憑神と渡り合えるほどの力を持った、解魂衆きっての武闘派たちだ。彼らだけが突出して強い理由は、それは彼らもまた憑神だからだ。
代行者の中でも突出した強さを持つものは二名――『解放者』と『執行者』。彼らが動いているか否かで今回の
解放者は基本、廃教会に付きっきりで動くことはない。
何を封じているのかは分からないが、解放者は廃教会の特殊な封印結界を維持している。規模こそ小さいが、強度でいえば『異形』のものよりも強力な結界が張られており、それだけで重大な役割を担っているのは明らかだ。
解放者が動くくらいなら、他の代行者が動くと考える方が合理的だろう。
次に執行者だが、こちらも動くことはないはずだ。
解魂衆は名の通った憑神に対し独自に設けた討伐ランクを設定しており、執行者は高ランク指定の憑神討伐がメインだ。
今は『ロックダウン』と呼ばれる憑神と我慢比べをしている真っ最中のはずで、あれは短期間でどうにかなるものじゃない。
強者はそれぞれ手が離せない状況にある。なので、今回動いている代行者はそれ以外の可能性が高い。が、念のため状況に変わりがないか確認しておくべきだろう。
「行け」
袂から取り出した札に位置情報を指定して廃協会へと飛ばす。
解放者が結界を維持していたなら札は塵になるし、そうでなければ周囲の霊力情報を届けてくれる。
これが
(――今大丈夫?――)
執行者の状況を確認しに行こうとしたタイミングで
(――ちょうど一区切りついたところだ――)
(――そう。今から探偵社にこれそうだったりする?――)
(――左に俺が立つスペースはあるか?――)
(――あるけど? まさか!?――)
「――コン」
※※※ ※※※ ※※※
「それで、協力は得られそうでしたか……?」
室長室――大仰なプレートのかけられたビルの一室。
世界中の要人にとって、致命傷となりえる情報がいくつも集まるその一室で、いつかと同じ様に向き合うラビ
あの時との唯一の違いといえば空気感だろうか。殺伐としたものではなく、焦れるようなもどかしさと、緊張感が室長室の空気を重厚なものにしていた。
――どんな答えが返ってくるのか?
このビルのオーナーであり、部屋の主である
何せ場合によっては敵対もあり得る。
通常の憑神なら探偵社の――正確には『神童』の名を恐れて迂闊に敵対しないはずだが、ラビットフットを下す彼の憑神の強さは計り知れない。
返答次第ではこの場にいる全員――延いては、未来で探偵社に保護されるはずだった一般人や
(やりづらい……)
とはいえだ、年上の同性に上目遣いでびくびく怯えられても、内容如何にかかわらず話しづらくなるだけなので止めてほしい限りだが。
「とりあえず、悪い方向には行ってないと思いますので、普通にしてもらえませんか」
「そ、そう! よかったわぁ」
机の上で組んでいた指をほどき、そのままズルズルと滑って机に突っ伏すその姿は、とてもこのゲームのキーマンといわれるような威厳は感じられない。
緊張の糸が目に見えていたならプツンと音がしたに違いない。そんな感想を抱けるくらいには場の空気も和みを取り戻していた。
「なぁよ?
「それ以上はダメよ?」
「わぁったよ」
(またあんたか……ほんとに空気の読めないやつ。あと名前で、しかも呼び捨てで呼ぶな気持ち悪い)
そんな思いを込めて睨みつけてやったのだが、
「そんな見つめて何だよ?」
(見つめてねぇよ)
これだ。これだけ睨んで、探偵社に来てから一度も口を利いていないのにも関わらず、嫌われているということが汲み取れないドブネズミ神経。
これ以上見たら何かの感染症に罹りそうなので、騒いでる外野は無視して交渉の段取りを進める。
「あの、話の続きなんですけど、『探偵』と直接話しがしたいって言ってます」
「それはいつかしら?」
「日程の調整は私に任されてます。直近だとどうですか?」
「みんなも来てるし、直近ならそれこそ今からでも大丈夫だけど……」
それならばと、
念話は無事繋がった。しかしてこの時、それぞれの認識に小さなすれ違いが生まれるのだった。
であれば早めに話を出しておくほうが良いだろうと考えての念話だったのだが、
そして
かくして室長室の空気に異物が混じる。
「「「――!!」」」
誰も声を出せない。弱者はもちろん、
なにせ意図していなかったとしても、これから来るという交渉相手に対し、仲間を連れて囲んでいるというのが現状なのだから。
例え誤解を解くための弁明であっても、あらゆる言動が敵対行為と受け取られかねない。今、
(雪ちゃんお願い早く……!)
不思議と強者独特の
弱者はあくまで、二人の強者の反応を見て押し黙っているに過ぎない。
現れた人物に対する恐怖や危険性から判断したのではなく、何が起きているかわからない無理解というあやふやなものが彼らを押し留めているのだ。
そしてそれは好奇心という名の時限爆弾に他ならない。理解できない状況を理解したいという焦燥は、この不可解な緊張の中であまりに不安定で、いつ言動という形で爆発してもおかしくない。
だからこそ、唯一の関係者であり
彼女は一瞬、協力者に何かを伝えようとしたかに見えた。しかし、突然生えてきた狐の尻尾のようなものを見た途端、顔を青くして固まってしまったのだ。
探偵社最強の物理戦力である少女が、歯の根が合わずにカチカチと怯えている。その気になれば『神童』以外のすべてのメンバーを相手にしても、子供の手を捻るように殺しつくせるあの『
(最悪と決まったわけじゃないわ)
今はただ状況の好転に務めるのだと、
「弁明はあるか?」
真っ黒な狐のお面を付けた禍々しい化物が、最悪な口上で沈黙を破るのだった。
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