ep011.『捕食準備-Hiding-』
◇夜の町の一画◇
――ラビットフットはまだ、か。
高いビルの先端に立つ狐面を着けた少年。
航空障害灯の上から辺りを見渡し、ウサギのショーに遅れていないことを確認しほっとする。
報復ウサギの知らせが届くや否や、大喰らいの恥的生命体が癇癪を起したせいで少々時間をロスした。
ちなみにショーを観覧する以上、恩恵は発動しなければならない。なので、喧しいアレはついでに
――あれがルバンシュの集会場か。彼女の記憶通りだな。
姉のためにすべてを賭けた報われない女性。その誠意に感謝する。
集魂したときに流れてきた記憶。思い出でもない最近の記憶であるはずのこの場所が残っていたということは、そういうことだ。
――できる限りのことはしてやる。
置き土産の礼にできるだけのことはすると彼女の魂に約束し、目的に意識を切り替える。
逃げ足の速い獲物なだけに盤石を期した。払った代償を考えると失敗したでは済まされない。
しかしだ、この監視網があれば狙った獲物は必ず補足できる。
しかも、宗には物理的な恩恵以外通用しない。
例え未来予知や索敵に特化した恩恵を持っていたとしても宗が映ることはない。幻術等の類も、良くも悪くも宗には見えない。
これだけの条件で逃げるなど、五感を封じた鬼ごっこで逃げる方がまだ簡単というものだ。
そのはずなのだが、あのウサギは逃げ続けているどころかその姿を拝んだことは一度もない。
――そう考えると勘が鋭いなんて話じゃ済まない。最早、人知を超えた第六感だな。
彼女のでたらめさに感心してふと思う。
そういえば知らないな、と。
後はラビットフットが現れるのを待つだけなのだが、肝心の見た目がわからない。女子高校生であることはわかっているがそれだけだ。
一応、容姿が優れているという情報もある。しかし、主観に頼った話は当てにならないことが大抵だ。誰かにとって美人に映っても、別の誰かにとっては醜悪に映ることもある。
まぁ、彼女の戦果を考えると保持している魂は多いはずなので、
それに、この時間にこんな場所に来る女子高生などラビットフットくらいなものだとも思う。それでも写真で確認するくらいはするべきだっただろうが。
――緩み過ぎだな。
ここ最近うまくいき過ぎて、少し視野が狭くなっていた。
目撃地点に急行し、監視網で索敵しても既にエリア外。
出現予想を元に待ち構えるも現れず。
挙句に戦闘開始直後でも、こちらが向かう前に戦闘を切り上げて撤退する始末だ。
それがあの不可解な情報屋を使ってから一気に進展した。
言付けさえ守れば目的を達成できると言われる情報屋。
その言付けは裏路地のことだけ。
つまり、後はどうしようとも目的を達成できるということになる。
信じ過ぎなのかもしれないが、あの会話を聞くと信じざるを得ない。
――どの道、これで無理なら時間切れだ。
自分の"願い"だ。他人に頼ってばかりでもいられまい。
出来ることに手を抜いて叶えられるほど現実は優しくない。
――先ずは敵情視察だな。
ラビットフットが現れるまでの間、ルヴァンシュのメンバーがどこに潜伏しているか確認する。
とはいっても、集会場と思しき場所には建設途中の建物がポツンとあるだけの開けた土地だ。人影はあるが組織と呼べるだけの人数ではない。少し離れた場所に窓の割れた廃ビルも見えるが、割れた窓から中を確認する限りは誰もいない。
鉄骨で仮組みされた建物。そこに見える四つの人影を観察する。
女性が一、男性が三、女性を囲むようにして建物の中心にいる。
一見、真ん中の一人を守るように三人が取り囲んでいるように見えるが、後ろ手で拘束され、目隠しに口枷、首には爆発でもしそうな金属製の首輪が嵌められているのを見るに人質だろう。
周辺の街灯に加えて鉄骨にも明かりが取り付けられているので、夜でも彼らを見落とすことはない。
まるで見落とされる方が困るというくらいの目立ちっぷりだ。
詰まる所、ラビットフットを誘き出すための餌だろう。
――三人はルヴァンシュの憑神。女性は一般人か。
二人以上の憑神が集まって殺し合いが始まらないなら、大抵何かしらの組織に所属している憑神だ。
ここが彼らの集会所だということを考慮すると、ルヴァンシュの構成員であることは間違いない。
それぞれ、ナックル、蜘蛛の標本、カメラから青白い光が見える。
――憑代はあれらか。魂の総量が多くないということは非戦闘系の恩恵……ラビットフットを捕らえることが目的か? たった三人で? それとも、
「暇だなー」
金髪の五分刈りが人質の女性の正面に移動した。
「ウグッ! オェ、ゲホッ、ゲホッ」
視界をふさがれ、何もわからない無防備な腹にナックルを着けた拳がめり込む。
「なーんか納得できねえよな。俺らが使いっ走りなのはわかっけどよ、孝明さんは幹部だろ? あのラビットフットが来るかもしれないのに、危険だろ?」
その光景は気にも留めず、話を始めるロン毛のチンピラ。その間も五分刈りは女性を殴り続けていた。
「俺のことはいい。それよりやり過ぎるなよ、人質の価値がなくなる」
孝明と呼ばれた男性がチンピラ二人の保護者のようだ。
持っている憑代はカメラで、プロが持つようなタイプには見えない。建物の中心にいることから、こいつが決定打になるような恩恵なのだろう。
「壊さないのは得意なんで、ダイジョブすよ。いやー、パンピーは哀れだねぇ、憑神のことなんも分かんねえんだから、なっ!」
言い切ると同時に、女性の顔面にナックルを付けた正拳が突き刺さる。
殴られた勢いで倒れた女性は、短く呻いた後そのまま動かなくなった。
「おい? それ死んでねぇよな?」
「だぁーいジョブだってぇ。ちっと鼻整形したくらいで死なねぇよ。気絶してっかもだけど。てかお前、ひと殴ったことねぇだろ?」
「いやねぇよ。やり返されたら怖ぇし」
「ダッセェなぁおい。憑代持ってるだけで勝てるって。パンピーなんて何されたか分かんなくなるんだからよ」
「それもそっか。 認識阻害、便利だよなぁ。それだけがゲームに参加してる意味。ヤッたらバレっけど、盗みとかのぞきならやりたい放題!」
「ぶっちゃけ恩恵はいらん」
「わかる! 呪いがきちぃ」
「私語は控えろ。ラビットフットの地獄耳は数キロ先、屋内の小言すら聞き取れるらしいからな」
暇つぶしが気絶してしまったこの状況で、無駄話以外にやることがないチンピラ共が話をやめるはずもなく、まとめ役の言葉を無視して五分刈りが会話を続ける。
「強ぇ恩恵だよな。俺なんて多少遠くでもぶん殴れるってだけだからな。そのくせ呪いは、殴った距離に応じて反動が増える。5メートル先の空き缶殴っただけで指の骨に罅入るんだぜ? どんなクソ仕様だよ? 結局ほとんどゼロ距離じゃねえと使えねーハズレ恩恵」
「なのにあっちは馬鹿みたいに早くて、アホみたいに高くジャンプして、蹴りで何でも粉砕! 終いには建物吹っ飛ばすレベルの衝撃波出すんだろ? アメコミの主人公かよ?」
「ゲームの運営もカワイ子ちゃん推しなんかねー」
「お前の憑代センスは負けてないけどな!」
「だろ~?」
手にはめている、血濡れのナックルを自慢するように見せつける。その緊張感のなさに保護者も呆れているようだった。
「その辺にしないか。役割に集中しろ。涼太、恩恵は発動しているのか?」
「いや、まだっす。俺の呪い恩恵発動してる最中ずっとヤバイんでギリギリまで使いたくないんすよ」
「おい」
保護者の語気が強くなり表情が険しくなる。
当然だ。先ほどから集中しろと言っているのに一向にその気配が見られない。まとめ役として実力行使も止むをえない状況だろう。
「いやいや! でもだからこんな開けた場所なんすよ! ここなら見てから恩恵使うまで余裕で間に合いますって!」
「心配しすぎですて。人質見捨てられないマジメちゃんだから、この鉄骨の中なら衝撃波も撃ってこんでしょ」
「いい加減にしろ!」
案の定、保護者の怒りが爆発した。
「はい……」
「うす……」
「ラビットフットと思しきものが見えたら、涼太は恩恵を発動しろ。後は事前の作戦通りだ。いい加減集中しろ」
「あい~っす」
「了かーい」
ようやく集中モードに切り替わったのか、私語をやめて周囲を警戒してるチンピラども。
ラビットフットの呪いについて話しが出なかったのは残念だが、ルヴァンシュであることは確定した。
問題は人数も少なければリーダーらしき男の姿がないことだ。
――残りは……そこか。
恩恵を強めて周りを見渡す。
先ほどの窓の割れた廃ビル、その地下に青白い揺らめきが複数見える。
ザッと見る限り、二十人以上はいるだろう。魂の総量から、戦闘向けの恩恵持ちは六人。一番魂が多い奴は――、
――魂が一番多いのは男。憑代はネイルガン。僅差でもう一人、同じく男で憑代は……人形か。どちららかが、ん? この速度、
誰がリーダーか目星を付けようとしたその時、急激に強まった霊力が矢を超える速さで広場に近づいてくる。
「ラビットフット」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます