ep007.『捕食準備-Setting-』



 「それで、呪いってなんですか?」


 一通り騒ぎ終えて満足したのか、唐突に本題に戻り始めたチンパンジー。


 女子高生がこうなのか、頭が弱いからこうなのかわからないが、NAZUの到着を待たずに済んだ今回に限っては都合がいい。


 リビングにある妹チョイスのテーブルに座り話を始める。


 「憑神は恩恵という超能力が使える代わりに、呪いという言わばデメリットがある。俺の知る呪いだと、強いものは感情や感覚の喪失、寿命が縮まるとかだな。基本、強い恩恵には強い呪いが付きまとう。あとは願いや目的と相反することが多いくらいか」


 「ゆきちゃんはどんな恩恵と呪いなんですか?」


 「俺も噂しか知らないが、強靭かつ強力な脚力と地獄耳が有名だ。『ビルを飛び越え空を駆ける。その蹴りは巨岩すら容易く蹴り砕く』らしい。あと恐らくだが勘が良い。彼女は『ラビットフット』と呼ばれている有名な憑神の一人だ。噂の信憑性は高いだろう。そして残念だが呪いについてはわからない。ただ、戦闘のほとんどが短期決戦らしい。憶測になるが恩恵を使用する時間や、使用後に何らかの影響が出るタイプなんだろう」


 「へぇー、なんで有名なの? 可愛いから?」


 容姿だけで有名になるなんてありえない。その前に狩られるだけだ。容姿目的か魂目的かは関係ない。何にせよ最後にはまとめて強者の腹の中だ。


 「強いからだ」

 「寿命とか縮んじゃうの!?」


 ガバッと身を乗り出してくるバカ女。サイズの合わない妹の服でそんなことしようものなら――、


 「あっ」


 身の丈に合わない強大なものを辛うじて封じ込めていたボタンがはじけ飛んだ。


 パシっとキャッチし何事もなかったようにボタンをテーブルの端に置く。


 「落ち着け。だとしたらもっとなりふり構っていないはずだ。ラビットフットは犯罪者や御霊狩りをしている憑神を狙っている。しかも基本的に一対一の奇襲だ。その手の呪いなら多少リスクをとっても一度に多くを狙うはずだ。詳しくはわからないがな」


 「あはは……ごみん。ん? 御霊狩り?」


 こんな馬鹿にも羞恥心があるのか、一応胸元を掴んで隠している。

 

 洗浄作業や透視などを考えると色々な意味で手遅れで、それでいて透視の前では隠す行為も全くもって無意味だが、わざわざ小指の先ほども無い張りぼての自尊心を潰してやる必要もないので黙っておく。


 「一般人を殺して魂を集める方法だ。良心が残っている憑神達から制裁されることがあるくらいには嫌悪されている。やりすぎれば管理者に消されることもある。まぁ、バットマナーのような認識だが、実際には一般人に一切手を出していない憑神などほとんどいない」


 「ふーん。宗の恩恵と呪いは?」


 ――少しは興味を持ったらどうだ? 御霊狩りがあるからお前は今みたいな状況になっているんだぞ? お前とラビットフットからしたら迷惑以外の何物でもないだろう。


 哀れなラビットフット。共闘するなら友達は選べと忠告してやろう。 


 「――呪いは弱点だ。だから言えない。が、恩恵はコレだ」


 指に蒼い炎を灯す。


 「ぷっ! え? ライター? なんかしょぼいね」


 小馬鹿にしたように笑う馬鹿。

 馬鹿に笑われるとなんかこう、くるものがある。


 こいつはウサギの人参だ。殺しちゃまずい。いっそ焼き人参にしてやろうかという感情を押し殺し、話を合わせる。


 「まぁな。燃やしたいものだけを燃やす便利な能力だ。一応、家を燃やすくらいの大きさには出来るが呪いがきつくてな。だから協力者を探してる」


 「じゃあ触っても平気?」


 「あぁ」


 人差し指をさしながら触りたそうに聞いてくるので触らせてやる。


 「ほんとだ、何も感じない! 何これぇ! 見せかけかにゃぁ~? あっつーぃ!!」


 によによと挑発してくるので、ついでにお灸もすえてやる。


 「見せかけじゃなかったな」


 「宗、性格悪いね」


 火傷の後とか残ったらどうすんのさ。などとブツブツ言いながらこちらを睨んでくる。悪ふざけが過ぎたとも思うが、最後には忘れるのだからこれくらいの距離間の方が良いだろう。


 「俺の話はいい。他になければ月野美雪について教えろ」


 「変なことは教えられないよ?」


 「お前が――」


 「ハナ! お前じゃなくてハ・ナ!」


 いちいち面倒な。最後には忘れるのに呼び方ぐらいどうだっていいだろう。


 「スゥゥゥ……ハァナが思う――」

 「ちょおっと! 人の名前を溜息ついでに吐き出さない!」


 「……ッチ、注文の多い奴だ」 

 「え!! 今舌打ちした!? 教えてあげる先生は今はこっちなんですけど!?」


 「いいからさっさと、月野 美雪の願いについて教えろ」


 そんなんじゃ、彼女も友達もできないんだから。などとぼやきながら話始める。


 「多分だけど、弟くんのことだと思う。お父さんとお母さんが、事故で行方不明になっちゃって、その時に弟君も病気になっちゃったの。何か、黒い痣がどんどん伸びて、首までいっちゃうと助からない病気なんだって、海外にはない病気で、治療法もないって……弱ったゆきちゃんを見たのは初めてだったから、よく覚えてるし、それしかないと思う」


 「――黒い痣が首まで伸びたら死ぬ病気か……それをどうにかする願いなら、交渉の余地があるな」

 「治せるの!?」


 またしてもガバッと詰め寄ってくるバカ女。張りぼて羞恥心は一歩も歩かないうちに忘れ去ったようだ。

 これでハナが鶏未満の鳥頭であることが証明された。


 「治せるわけじゃないがなんとかできる可能性はある。俺の知っている病気ならだが」

 「お願い治してあげて! わたし何でもする!」


 「気軽に何でもするなんて思うのはやめろ。例え一時でもそのタイミングでゲームの招待が来たら必ず手を伸ばす。一度憑神になれば後戻りはできない。大抵の奴は狩られて終わりだ」


 思わず険のある声になってしまう。


 「ご、ごめん……」

 

 ちょっと威圧しすぎたか。

 だがそんな中途半端な"願い"じゃ自分も友達も苦しめるだけだ。一時の思いで憑神になった紛い物の末路は悲惨だ。呪いに蝕まれながら、狩られる側として生きていくしかない。それだけじゃなく、対憑神の国家組織『解魂衆』からも狙われる。いくらラビットフットでも、そのすべてからこいつを守ることはできない。


 「それより、おま」

 「ムッ!?」


 表情で不服なお気持ちをこれでもかとアピールしてくる。何と言うか、切り替えの早い奴だ。コレも馬鹿だからだろう。うらやましい限りだ。

 

 「ハナと月野の関係は?」

 「家族! ……ってくらいの友達! 中学も一緒だし今もたまにだけど一緒に帰るよ! 私が野良猫追っかけて、危ない場所入っちゃ時も、ゆきちゃんが怖い男を倒してくれたの!」


 「ハナ以外の友達は?」


 「多分、友達って言えるくらいの人はいないかも……事故の後から、ドライになっちゃって、みんなを避けてるみたいだったから」


 花は月野 美雪にとって唯一心を許せる存在という事実。

 もともと"願い"を軸に交渉しようと考えていたが、このニンジンもまた手札になりうるのはうれしい誤算だ。


 「他には? 事故の後で変わったことはないか?」


 「ん~……ないかなぁ」


 「そうか」


 どこかのタイミングで事故に遭遇、親を失い家族は弟だけ。

 その弟も不治の病で死にかけており、病を治す為に憑神遊戯に参加。

 他とは関係を断っているにも関わらず、今なお花とは関係がある。

 

 これだけ分かれば十分だ。


 「変わってると言えば、バイトで探偵の助手してるって、」

 「探偵社か!?」


 これ以上ないと思っていたら最後にとんでもない情報が飛び出してきた。

 最高峰の情報組織とラビットフットが手を組んでいる。

 協力者――それも探偵社が絡んでいるとなると手を組むのは難しいかもしれない。

 いや、まだ手がないわけじゃない。


 「うわ! びっくりしたぁ!」


 それもそうだ。いきなり『探偵社』かと迫っても、憑神遊戯で最も中心的な勢力を指しているなど徒人の少女にわかるわけもない。


 「悪かった」


 「男の人に急に大声出されると女の子は怖い思いをするんだから! 気を付けてね!」


 何やら苦言を呈している馬鹿は無視して考えをまとめる。


 傍観者はなぜラビットフットを囲う方法ではなく路地裏の情報を話したのか。ラビットフットと探偵社に繋がりがあったのなら納得だ。


 俺の介入で探偵社はこの馬鹿を見失なった。『探偵』が一般時を見失うなんてありえない。

 当然、同じくして消息を絶ったルヴァンシュを怪しむ。探偵社なら本拠地の場所くらい見当をつけているだろう。何せ奴らは本拠地の場所を隠そうともしてないしな。

 

 聞く限りのラビットフットの性格とこの馬鹿との関係を考えるに確実に本拠地に現れる。そのうえで件の友人を助けた人物となもなれば話くらいは聞く気になるだろう。


 傍観者が『お眼鏡にかなう』といっていた。ないとは思うが、万が一ダメでもこのゲームトップクラスの魂保有量を誇るラビットフットを狩ることもできる。


 「ねぇー宗~聞いてるぅ?」 


 正直、傍観者については気になることが多い、だが、狐との会話を聞く限り深追いするべきじゃないだろう。


 それよりこの後だ。

 が、こちらからとれるアクションがない以上、相手の出方を待つしかないか。


 「明日は早い。今日のところはこれくらいでいいだろう。少し早いが寝ておけ」


 「まだ8前時だよ? 流石に早くない?」


 待つと言っても、同じ空間にいるだけで疲れを誘発してくる知的生命体をシャットアウトするのが先だろう。いざと言うときに無駄な疲弊を背負いたくはない。


 「俺も疲れたしな……色々無くなった体だが、疲労する機能は残ってる。リフレッシュに何かを口にする、なんてこともできない身でな、気を使ってくれるとありがたい」


 「あたしがマッサージしてあげようか?」


 「止めておけ。万が一でもこの面に触れれば呪い殺されるぞ」


 「怖……。冗談だょ」


 怖すぎて最後の言葉が窄んでいる。


 「死因が冗談なんて笑えないだろ。いいから寝……いや待て、ナズからだ…………ラビットフットが、ルヴァンシュに殴り込みに行った?」


 慌ただしい一日。ようやく腰を落ち着けられると思ったが、ウサギは俺を休ませてはくれないらしい。だが、

 


 ――尻尾は掴んだ。



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