ep006.『友達』


 

 ――だらしない顔で眠っている恥的生命体。


 コレの確認とは言ったが、実を言うと既に必要最低限の情報は手に入れている。


 名前、学校、学年。

 すべて持ち物の学生証に記載されていた。


 後必要な情報は、


 お目当てに関する新たな情報。

 お目当てと彼女の具体的な関係。


 この二つだが、前者は協力関係になれそうな人物か多少分かればいい程度、後者はそもそも期待してない。


 憑神遊戯の参加者にとって優先すべきは"願い"であり、強者ほどその傾向が強い。

 お目当ての女子高生は通名持ちの中で最も有名な一人だ。

 つまり、この馬鹿が"願い"に関係していない限り交渉は望み薄といえる。 


 「断絶の術を解く。俺は聞き役に徹するからナズが話を進めてくれ。基本的なことはすべて話してもいい」


 この一瞬、それだけの言葉で話す内容の取捨選択を終えた妹が、了承の意として首を縦に振る。


 妹の肯首と共に術を解く。


 「ぅん、寒……!?」


 ローズピンクの瞳が丸々と見開き、説明の必要な状況にそのまま固まっている。 


 起きたら見知らぬ誰かが、なんていうのは、昨今の日本では飲んだくれ以外にはありえない光景。健全な未成年の少女がそんな経験をしているはずもなく、目覚めてすぐに目に入る物が見知ったものでないのなら、この反応になるのも致し方なしだ。


 と同時に、そうしていても何も解決しないのだから、さっさと何かアクションしろとも思わなくもない。が、最初の掴みは妹に任せているので、ここは空気に徹して状況が動くまで我慢するしかない。


 「安心してください。あなたに危害は加えません。私は御神みかみ なずなと申します。お名前をお伺いしても?」


 「え、あ、小松コマツ ハナです。よろしくなずちゃん。え、めっちゃ可愛い……中学生?」


 「え、あの、今年で高校生で、ちょっと! 触り過ぎです! や、やめ、ダメです!」


 「えぇ! 見えなぁ~い」


 「――」


 馬鹿とはなぜこうも距離感が近いのだろうか。まぁ、借りてきた猫みたいになられるよりはマシなのかもしれない。猫の方が知能は低いはずだが、きっと危機察知に関する本能は親の腹に忘れてきたのだろう。


 それから、連れてきた経緯を説明した。保護の必要性を説明するうえで必要だったので、憑神についてもやんわり説明した。


 憑神のことを話したといっても、超能力を使う特殊な集団で、彼らには色々な制限がある。くらいのことしか話してはいないのだが、案の定、混乱と警戒で話が進まなかった。


 忘れてきたと思った本能だったが、どうやら妹の容姿が一時的に警戒心を麻痺させていただけらしい。

 

 妹が説明している間、時間切れを察したので食料を調達した。

 残ったところで不信感と恐怖しか抱かせないだろうし、丁度いい役回りだったのだが、如何せん要望が多いのは状況が分かっているのかと心配になるほどだった。だがまぁ、この後の会話のハードルが下がったので良しとする。


 宗が戻ってきた後も話は続いており、ひと段落する頃には時間切れで、妹は実家の関係者に顔を出すといって帰ってしまった。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 「はぁ~美味しぃ~~~~」

 

 二人きりになった寮で恥的生命体に餌を与える、もとい餌付けをする。


 「好きなだけ食え」


 ――どれだけ食べるんだ……ハーフサイズのピザ、寿司、ステーキ、ドーナツ。すでにナズの三倍以上は食べている気がする。


 「なずちゃんのお兄さんは食べないんですか?」


 最後に残ったサラダを食べながら尋ねてくる新種の豚が一匹。

 

 「宗だ。俺に食べ物は必要ない」


 ――この豚は人語を話しているのか? 第一何を食べろというんだ? 現在進行形でお前が貪っている二人前のサラダで食料は最後だ。 そして二人前をさも一人前かのような勢いで食べるな。


 やはりバカ相手だと突っ込まずには入れられない。最近は、気付いてないだけで呪いの一部なんじゃないかと思えてきた。


 「おらかふかないんれふか?お腹空かないんですか


 最後の一口をモシャリと頬張った人型ハムスターが一匹。

 普段なら食べないのだが、妹も極稀にこういった出来合いのものを食べる。なので、念のため妹基準で各食品を二人分用意したのだが、すべてこの駄肉の権化に食い尽くされてしまった。


 ――ナズが来たら謝っておこう。


 そもそもなぜ食べさせようとするのだろうか。 

 路地裏の時から今までお面を外していないのだから、少なくとも人がいる前では食わないと思い至らないのか。それか御馳走してもらった立場で、自分だけ食べているのが申し訳ないと思っているからだとしたら、そう思うべき場所はとうに過ぎている。一駅乗り過ごしたなんてレベルじゃない。ぶっちぎりで終点だ。何なら車庫に入庫する寸前だ。


 「憑神だからですか?」


 最後の一口をモシャリと食べ終えた駄肉の権化が満足そうに問うてくる。


 「そうとも言えるが、そういった呪いの憑神が多い訳でもない。どちらかと言えば俺が特殊だからだ」


 宗の肉体はおおよそ常人とはかけ離れている。例を挙げれば食事も睡眠も必要ない。いや、必要ないというのは不適切かもしれない。正しくは、寝ることも食べることもできないだろうか。


 「へぇ~そうなんですね。で、呪いって何ですか?」

 「呪いは……いや」

 「――?」


 この流れで話しても要領を得ない。本当は明日、妹から説明してもらうつもりだったのだがここで話してしまおう。それに明日の朝まで黙っているのも、時間を浪費している感じでもどかしいと感じていたところだ。


 「月野 美雪を知っているか?」

 「えとぉ、はい」


 やはり知り合いだったようだ。


 「月野 美雪は憑神だ」

 「えっ……?」


 自分がなぜ宗に助けられたのか、その一端を知り唖然とする少女。

 知り合いが憑神であることを聞かされ、理解が追い付いていない様子だが、ここからの話は少女にとって理解できることの方が少ない。この手の反応を一々待っているわけにも行かないので構わず話を続ける。


 ――どうせ忘れるしな。


 「憑神は皆とあるゲームの参加者だ。そのゲームは簡単に言えば、自分以外を殺し回るゲームだ。そんなゲームが明るみに出たら世間では大問題になる。だから知りすぎた一般人や、ゲームを露呈するような行動をする憑神は管理者に抹消される。お前は前者だ。何もしなければ消される」


 憑神遊戯は表沙汰にできない性質上、痕跡を隠ぺいする仕組みが設けられている。だが、ゲーム仕様による隠ぺい工作も万能ではない。

 死体や多少の破壊なら何とかなる。大きな破壊でも廃墟など、一般人の認識が薄い場所とかならば何とか誤魔化せるだろう。しかし、往来の激しいビルが一夜にして忽然と姿を消した、みたいなものは隠しようがない。

 同じく、非参加者がゲームについて吹聴するような状況も、隠し通すことは難しい。

 そういった場合は事が起きる前に消されることになり、憑神の場合は絶望的な相手に勝てれば生き残れるが、徒人の場合どうしようもない。


 「殺し……そんな、」

 「月野 美雪が気がかりか? が、先ずはお前のことだ。知りたいことには後で答えてやる」


 この少女は見過ぎた。このまま行けば間違いなく消される。

 ここで貴重な情報源、もしかしたら交渉材料金のニンジンかもしれない少女を失う訳にはいかない。


 「あ、え? はい……」


 「お前のゲームに関する記憶を妹に消してもらう。準備には数日かかる。その間俺たち兄妹以外との接触は禁止だ。何が理由で管理者が動くかわからないからな。つまり、しばらくここにいてもらう。記憶を消した後のことはこちらでうまくやる。聞きたいことはあるか?」


 「ゆきちゃんも、そのゲームに?」


 「……そうだ」


 拉致監禁の理由が記憶を弄ることと言われれば普通は取り乱しそうなものだが、目の前の少女は他人の心配をしている。


 この少女がバカだからなのか、実感がない、もしくは信じていないのか、それとも自分より大切な相手なのか、理由はわからない。

 話が難航すると予想していただけに、返って宗の方が面を食らってしまった。

 

 「なんで憑神は人を、殺すんですか?」

 「必要な数の魂を集めればどんな願いでも叶うからだ。例え不老不死でもな」


 月野つきの 美雪みゆきの動向を調べるに、彼女はかなりの魂を保有していると思われる。人によって必要な魂の量は変わってくるものの、概ね"願い"の高さによって決まっている。であるならだ、彼の憑神の"願い"とはいかなるものか。


 「……そっか、だからあんなこと」


 "あんなこと"ということは、本人に関する何かを直接見聞きしたのだろう。

 ただ仮に何かを見聞きしていたとしても、それが憑神遊戯や"願い"に関することだとは限らない。


 「作り話だとは思わないのか?」


 「ゆきちゃん、嘘が下手だから……何か危ないことしてるのは何となくわかってたんです。ゆきちゃんなら、そのゲームが本物だって思えるなら、多分、やるんだろうなって……」


 どうやら何かを知っているらしい。


 「参加理由に心当たりがあるのか?」

 「――ゆきちゃんのこと、どうする気ですか?」


 少女が姿勢を正し、真っすぐにこちら見つめる。

 恐らくこれは、彼女にとって譲れない質問ということだ。

 場合によっては殺す――などと言おうものなら話が終わるのは目に見えている。


 「協力したいだけだ。詳細は言えないが、とある伝手から月野 美雪とは協力関係を築ける可能性があると聞いた。一応、何度か接触を図ってみたんだが空振りだった」


 「……わかりました。ゆきちゃんのこと教えてもいいです。その代わり一つ条件があります!」


 「なんだ?」


 内容によっては反故にさせてもらうだろう。が、一旦は聞かなければ話が進まなさそうだ。


 「その……記憶を消すのは待ってくれないですか? あと憑神のこととか、ゲームのこととか色々教えてほしいです!」


 ――どう解釈しても一つじゃないが……この手の輩に指摘しても上げ足を取られたと思われるだけか。


 幸いどちらも大した障害にはならない。ならば一応、理由くらいは聞いておいた方がいいだろう。

 

 「それは何故だ?」


 「ゆきちゃんと話したいんです。何も知らないくせに、何があっても味方だよじゃなくて。知ったとしてもずっと友達だからって」


 ――理解者ともだち、か。お前は恵まれているな。お前の人徳なのか、こいつが底抜けのお人よしなのか……根拠はないが多分後者だろう。


 「わかった」

 「おっけー! じゃあ今から友達! しばらくここにいないとダメなら、コレ欲しい!」


 ――切り替えの早いやつというか、図太いやつというか……図々しいやつだな。


 やたらと丸っこい字でノートに生活必需品の類を書きなぐり、さも当然のように渡してくる。

 

 ――食わせてやったことで金持ちと勘違いしたか? まぁ、入手すること自体は可能なんだが、そこまで時間をかけてもいられない。ここはある程度我慢してもらうか。


 「おい」


 何でも我儘を通せる食客待遇ではないんだぞ。と、くぎを刺そうとしたのだが、

 

 「パピーとマミーにLainしたいんだけど、え? 圏外!? 嘘!? fiwiは? ないの!? ネトプリも観れない……ぴえん」


 ――うるさい……止めだ。ナズに任せよう


 手に負えない恥的生命体とのコミュニケーションは早々に放棄し、後のことは専門家のNAZUが到着するのを待つことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る