ep002.『憑神たちの日常』



「さて、部外者には消えてもらったことだし。ここで始めましょうか」



 表の通りからゾロゾロと人が来る。


 15人の男女。ほとんどが10代から20代の男、僅かだが30代と40代、それに女も混じっている。

 

 その内の1人に、手を縛られて布を嚙まされている女子高生がいた。



 ――全員憑神……いや、あの女子高生は一般人か。



 一般人ということは、残念だがお眼鏡には叶わない。会いたい女子高生は普通ではない・・・・・・からだ。

 ただ、制服からして目的の女子高生と同じ高校の生徒ではあるようなので、念のため情報くらいは拾っておくべきだろう。が、そのためには傍らにいるやたらと体格の良い黒人の男をどうにかしなくてはいけない。



「抵抗はやめた方が賢いわよ。後ろにいる彼らも憑神。どう足掻いても詰みよ」



 胸の下で腕を組んだ美女が牽制するように声をかけてきた。

 どうやらこちらの沈黙を計略を考えていると捉えたらしい。


 

「君『ルヴァンシュ』は知ってるわよね? 私たちの狩り場に来るってことは遅かれ早かれこうなるってわかると思うけど?」



 ――ルヴァンシュか。最近耳にする憑神の組織。確かリーダーは男のはずだが。



 憑神は徒党を組まない。

 理由は単純。メリットがないからだ。

 

 強い憑神は様々な意味で強い。

 恩恵、知略、身体能力。

 そういった強さだけに留まらない。

 想いや意志、言うなれば心が強い。


 一応徒党を組む例もある。

 それは圧倒的力で他の憑神を従えている場合、もしくは人格者が弱者を保護している場合だ。

 あるいは互いの願いが奇跡的に重なっている場合もだが、現実にはないに等しい。


 印象としては強者が束ねる組織だと思われるが、予想通りならこの女は十分に強者だ。

 となるとリーダーの男はこの女を含め、憑神たちの意志を力ずくで捻じ曲げて束ねていることになる。



 ――無視するには大きすぎる情報だな。



「あれ? だんまり? えっ? これ見えてるよね? それとも喋れないの?」



 女が血まみれのビール缶を掲げて揺らす。


 いきなりビール缶をこれ見よがしにアピールしているのは、この女が中年と同じ酒好きで、今にも手元のそれで仲間たちと一杯やりたいからというわけではない。


 憑神は憑代よりしろという本人専用の"物"を持っている。

 自分の憑代よりしろに触れてさえいれば恩恵と呼ばれる超能力を使うことができる。

 と同時に、憑代よりしろを破壊されると持ち主の憑神は死ぬという大きなリスクも孕んでいる。


 つまり、憑代よりしろを奪われるという事は他人に心臓を握られるのと同義だ。

 

 女の目線から考えれば、お前の憑代よりしろは奪った。生殺与奪の権はこちらにあるのだから、大人しく言う通りにしろと言ったところか。



 ――狙ったわけではないが、好都合だな。



 彼女はビール缶をこちらの憑代よりしろだと思い込んでいる・・・・・・・。丁度、沈黙を貫いていた奴が急に饒舌に喋り出すのもどうかと思っていたところだ。命乞いなら会話の切っ掛けとして不自然に映らないだろう。



「悪いな。いきなり憑代よりしろを奪われて取り乱した」

「そうは見えないけど?」



 ――やはり向かないな。



 分かっていたことではあったのだが、土壇場で役者をするのは愚策だった。自然どころか返って怪しまれる始末だ。が、この際それはどうでもいい。最低限必要な話の取っ掛かりはできたのだ。それが得られたのならどんなに不格好でも良しとしよう。



「見えないと言われても、こちらにそれを証明する方法はない」

「まぁ……いいわ。あなた、名前は?」

しゅうだ。苗字はない」

「ふーん……宗はどんな恩恵なの?」



 しゅうへの質問を考えながらも、外見から得られる情報がないかと探るような目つきの女。

 そんな慎重かつ狡猾な女が、リスクの即時排除憑代の破壊をせず相手の恩恵を確認する。

 それはつまり、すぐには殺せない理由があるということ。

 この考えが正しければ主導権はこちらにある。



「あんた、『憑神殺し』だろ?」

「質問してるのはこっちなんだけど……まぁいいわ。どうしてそう思ったの?」



 ――思った通り。会話の主導権を譲ってきた。



 この女は普通なら処分する一般人を連れてこの場に来た。

 連れの憑神もただの路地裏を確認するにしては数が多すぎる。それなら、だ。

 


 ――イレギュラーが発生し、こいつらはそれを確認しにきた。

 


 そう考えるのが妥当だろう。

 恐らく、この女はその原因をしゅうだと思っている。

 だから会話の主導権を譲ってきた。

 情報を探りたいのは相手も同じという事だ。



「簡単な話だ。憑神は憑代よりしろである"物"を身に付けてなければ恩恵を使えない。あんたの恩恵は憑神にとって天敵だ」

「――……正解。可愛くないけどそう呼ばれてるわ」



 憑神の世界は殺し殺されの世界だ。

 一角の存在には自然、通り名が付く。


 その数ある通り名の中でも『憑神殺し』は有名だ。

 武闘派の憑神を一方的に殺せるほどの強さにもかかわらず、戦闘の痕跡が皆無であることから、その実態のほとんどが謎に包まれた憑神。

 そして強さに反し、憑神以外を殺すことが殆どなかったためその名で呼ばれた実力者。



「そこまで頭が回るなら、ここがルヴァンシュの狩り場だって知ってて来たってことよね?」

「それは知らなかった」



 憑神殺しが連れの方を見ると、眼鏡をかけた男が頷く。



「噓じゃないみたいね」



 ――嘘を感知できる奴がいるのか。俺には無意味だが折角だ、利用させてもらうとしよう。



「嘘がわかるのか?」

「便利でしょ? それで、ここに来た目的は?」

「あんたを探してた」



 ここに来た目的はとある女子高生に会うためだが、それも含めて最終的な目的という意味でなら『憑神殺し』探していたというのも間違いではない。



「憑神殺しを? なぜ?」

「協力できないかと思ってな」

「利用の間違いじゃないのよね?」

「もちろんだ。対等な関係を築きたいと思ってる」



 憑神殺しがもう一度眼鏡の男を見ると、最初と同じく頷きを一つ返した。



「ンフ」



 男の頷きを見た瞬間、女の雰囲気が一変した。

 それまで厄介事に嫌々対処するような苛立ちと焦りが見て取れたが、協力の話が嘘ではないと知った途端に少女のように高い声に変り、猟奇的な暗い笑みは優し気な笑顔に豹変した。



  ――何故だ? 



 解せない。それが正直な感想だ。

 声音に嘘が含まれないよう真実を挿げ替えて話しをしたが、その内容が相手にとってメリットになるとは限らない。むしろ断られる前提でしゅうは協力を持ち掛けた。必要なのはここに来た目的とこの状況が一致することだけだからだ。

 だというのに、目の前の美女から返ってきたのは相手もそれを望んでいましたと言わんばかりの好印象。



「対等っていったわね? 信用させてほしいわ」



 ――この女の考えてることはわからんが、今は話を合わせるのが無難か。

 


「何が聴きたい」

「話が早くて助かるわ。まず、私がここに来ることはどうやって知ったの?」

「ある人物に『今の時間にこの路地裏に行け』と言われてその通りにした。路地裏のことも含めてその結果だ」

 

「ある人物?」


 

 女の表情がまたも一変する。今度はより暗く、その冷めた表情からは、先ほど見たばかりのあの笑顔を思い返えせないほどだ。

 

 当然だろう。信じさせてほしいと言ったにもかかわらず「ある人」などとあからさまな隠蔽行為をされれば、誰だって不信感を抱くというものだ。だがしゅうはあえてそうした。



「――『傍観者』。そう呼ばれる情報屋を聞いたことはあるか?」


「まさか……あり得ない」



 女子高生を除きすべての者が動揺を露わにする。しゅうがわざと焦らした甲斐あって、その衝撃は相当なものとなっていた。

 無理もない。すべてを知るとまで言われる情報屋だ。だからこそ信憑性がある。


 奴らが気にするイレギュラーの内容はまだわからないが、嘘だと感知できない以上、イレギュラーを起こしたことも含めてすべては傍観者の仕業。

 ここまでできるのなら本物の傍観者だと信じざるを得ない。


 部外者の女子高生だけ何が凄いのかわからずにポカンとしてる。


 

「噓じゃ、ない? 驚いたわ、まさか実在するなんてね……クフ、うそやだぁ! じゃあこれであの引きこもり狸は、正真正銘ただ若作りが趣味のオバサンじゃない!」



 そう言いながら、空いてる手で口元を抑え上機嫌に笑う憑神殺し。



 ――ひきこもり狸。



 恐らくは情報屋として最も有名な憑神である『探偵』のことだろう。

 彼の情報屋に何の恨みがあるのか知らないが、『探偵』を揶揄する彼女の笑いは、笑うことに慣れていないのか感情の滲み過ぎた不気味な笑い声だった。


 

 ――俺が言えた義理ではないか。



「楽しそうなところ悪いが、今度はこちらから確認したいことがある」

「あぁ、ごめんなさい。それにしても宗は賢いわね、すごくやりずらい。良いわよ、何かしら?」



 あくまでも"上機嫌だから質問を許してやる"という体だが会話の主導権は依然こちらにある。


 

 ――憑代よりしろを奪われてなお主導権を握れる。流石は傍観者と言わざるを得ないな。

 


「なぜ『憑神殺し』と言われるほどの存在が、ルヴァンシュに組してる?」

「そうよね。協力を考えていたなら気になるわよね。簡単よ? 負かされて力尽くで従わされてるの――あの男に」


 

 鬱陶しそうにスマホを見ながら、何でもないことのように淡々と答える。

 憑神ならば従わされる――もとい使われることに思うところがあるはずだ。しかしながら、彼女の態度に悔しさや怒りは伺えない。



 ――憑神殺しほどの強者が負けを受け入れるほどの力か……その男は一本・・じゃ厳しいかもしれないな。



「じゃあ――」

「次は私の番。察してもらえると嬉しんだけど?」



 どうすればルバンシュと協力できるか。協力の路線を相手に合わせて変えようと思うも、有無を言わせない口調で憑神殺しが宗の言葉を遮った。



「従わされてる、か。その取り巻き共は仲の良いお友達ってわけじゃないってことか」

「ンフ、もっと早くに会いたかったわ」



 女子高生を抑えてるガタイのいい男を除いたすべての取り巻きたちが一斉に動き出した。


 取り囲むように移動した彼らの中心には――、



「これは?」


「ごめんなさいね。傍観者の情報は何よりも欲しいし、個人的にはあなたが気に入ったけど、『今すぐ原因を排除しろ』って命令が来ちゃったの。逆らえば殺られるのは私」



 憑神殺しが先ほど見ていたスマホを揺らす。



 ――なるほど。何となくだがイレギュラーの理由がわかった。



 しゅうには常に強力な認識阻害が働いている。

 恐らくルヴァンシュのリーダーは何らかの恩恵で憑神殺しを監視していたが、宗の認識阻害の効果範囲に入り監視に問題が発生したのだろう。

 状況を鑑みれば、憑神殺しはその原因の近くにいる可能性が高い。



 ――リーダーの男も馬鹿ではないか……大して情報は得られなかったが、



「だから、残念だけど――」

「仕方ない」



 少年の憑代がグシャリと音を立て握り潰される。

 女の細腕とは思えない力で握られたビール缶は、アルミが裂けるほど変形している。

 すべてが終わったとばかりに少年に背を向け、用済みになったゴミをその辺に放り投げる。



「――さよなら狐さん」



 コツコツとヒールを鳴らし、女が歩き去る音だけが響く。

 その異様に静かな路地裏には、アスファルトを叩く缶の音が不気味に木霊していた。

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