第伍話 側室の挨拶
詐称した年齢15歳に少しでも近づこうと色々考えてみた
余計なことはしないほうがいい
却って目立つからとも言われ、当初の予定どおり、なるべく他の下女たちの陰に隠れるように後宮での日々をやり過ごすことにした。
それが功を奏したのかどうかはわからないけれど、年齢についてなにか言われることはなかった。
不思議そうな目や憐れみの目を向けられることはあったし、ヒソヒソされることもあった。
しかも琳瑶が背伸びをしようとして 「胸を分けて」 なんて戯言を言ったことが
それでも琳瑶の存在が目立たなかったのは、久々に入宮した新しい側室という話題があったからだろう。
しかもほぼ同時期に二人というのも珍しい。
さらにはこの二人がとにかく話題に事欠かなかったのである。
特に
言わずとしれた琳瑶の異母姉
最初のやらかしは、皇后の予定が立て込んでいたこともあり、
尚宮としても身分の違う 「
よって尚宮は皇后の都合を優先させたのだろう。
当然である
少しでも皇后の予定を詰めるため、あるいは余裕を持たせるために二人を一緒に挨拶させようとしたのだが、これを蘭花が断ったのである。
尚宮の記録では過去にもそういったことがあったらしく、だから大丈夫と判断したらしい。
だが蘭花はこれを拒否したのである。
下女や官女たちの噂は、主に食堂や浴場で広がるもの。
他ではゆっくり話す時間はなく、よその下女や官女と接触する機会もあまりないからである。
ある日の食堂で尚宮の下女が、驚きのあまりだろうか。
知り合いとおぼしき下女とやや声高に話しているのを、同じ食堂にいた琳瑶は他の下女たちと一緒に耳をそばだてて聞いてしまう。
(さすがお姉様。
怖い物知らずというか、馬鹿というか……)
せめて予定を伝えに来た尚宮の官女には、蘭花付きのバリキャリ侍女が言葉を選んで断わりを伝えてくれていればいいのだが、腹が立つものは腹が立つ、それが蘭花である。
案内や伝言などの使いをする官女はだいたい一人だから、取り巻きの侍女たちと取り囲み、一緒になって声高に責め立てたに違いない。
困った尚宮だが結局は折れ、二人の挨拶を別々の日程に組み直したという。
もちろん 「嬪」 である蘭花の挨拶が先である。
ここで 「貴人」 が優先されるのは許されないのだが、皇后が忙しいこともあり、入宮してすぐに挨拶が出来た蘭花とは違い、辛貴人は待たされることを余儀なくされてしまった。
おかげで皇后も余計な時間を取られることになったのだが、そもそも過去の記録にあったからといって二人を一緒にというのはよろしくない。
しかもその記録だって二人の側室は同じ位で、双方の同意が得られて実現出来たことと記されていたという。
明らかに同列に配してはいけない 「嬪」 と 「貴人」 を一緒にしようとした尚宮が悪いと、皇后は尚宮を二人の側室のところへ謝罪に遣ったという。
だが一部では、蘭花が 「
もしそうなら琳瑶が思っている以上に
ついつい蘭花がらみの噂には耳をそばだててしまう琳瑶だが、これは上級妃どころか皇后がらみの噂である。
先日先輩下女が話していた 「耳にしても絶対口にはしないように」 という教えに従うことにした。
敵を作りたくなかったから
あえて琳瑶の年齢を指摘する者がいないとは言っても、皆が皆好意的に琳瑶を見ているわけではない。
だいたいが面倒になった時を考えて関わることを避けているが、中にはあえて関わってくる者もある。
ごく少数ではあるが、琳瑶が見るからに子どもであるのをいいことに意地悪をしてくるのである。
なるべく先輩下女たちの陰に隠れるようにしている琳瑶は一人にならないようにもしているのだが、どうしても仕事中は他の下女たちと離れてしまうことがある。
そういう時に限って意地の悪い下女や官女、侍女が来合わせるのである。
まるでどこかで見ていたのではないかと思えるほどのタイミングで。
この日も運悪く、ふとした拍子に他の下女たちと少し離れたところで琳瑶が一人になってしまったタイミングで、どこからともなく意地の悪い女が現われた。
蘭花より少し歳上に見えるからおそらく20歳前後の女で、着ているのは下女の仕事着でもなければ官女のお仕着せでもない。
わりと綺麗な衣装だったから、どこかの側室の侍女だろう。
声を掛けてきて嫌なことを言うのなら、琳瑶もいつものように泰家で鍛えた辛抱強さで堪えるのだが、物理的な意地悪には対抗手段がない。
無言で、だがニヤニヤと笑いながら琳瑶に近づいてきたその侍女は、いきなり琳瑶の手から箒を取り上げると、近くに生えていた木の高い枝に引っ掛けたのである。
いきなりのことに琳瑶は驚いたが、侍女は着ている上品な衣装とは裏腹に 「へっ」 と下品にせせら笑いながら離れてゆく。
特に背の高い女ではなかったけれど、わざわざ自分の背より少し高いところの枝に向けて箒を投げて引っ掛けていった。
しかもご丁寧に、背の低い琳瑶が慌てて箒を取ろうとして手が届かないのを見届けてから立ち去ったのである。
呼び止めても無駄だとわかっていたから黙って見送った琳瑶だが、なにもしないわけにはいかない。
何度かぴょんぴょんと跳びはねて手を伸ばしたけれど届かない。
琳瑶の背では指先すら掠らない高さである。
たかが箒一本、されど箒一本である。
使った道具は元の場所に戻すように言われているし、毎日終業のあとに担当の官女が本数を数えて管理している。
なにより庭の木の枝に箒を引っ掛けたままにはしておけない。
やむなく人生初の木登りに挑戦する覚悟を決めた琳瑶が、仕事着の
「そんなところでなにをしているの?」
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