第拾壱話 安子の愚行
正直にいえば、ついに……という感じはある。
その侍女たちも
彼女たちが泰家の屋敷を出て行く直前、琳瑶に教えたことがある。
若く経験の浅い侍女には気をつけるように
もちろん安子を意識してのことである。
蘭花の侍女から一人を琳瑶につけるから出ていくように言われた彼女たちは、自分たちの少ない荷物を片付ける振りをして、幾つか琳瑶に言い聞かせていったことがある。
そのうちの一つがこれである。
侍女として大きな屋敷で働くようになって高価な品物を見ると、どうしても欲しいと思ってしまう者がいる。
特に歳若く初めて働きだした者は……というのは彼女たちの経験談だろう。
幾つになってもそう思う気持ちは止められないだろうし、中には窃盗を繰り返して働き先を転々とする者もいるという。
だから彼女たちは、持ち物は自分で管理するようにと琳瑶に教えたのである。
でもまだ十二歳の琳瑶には難しかったから、特に大切にしている髪飾りと母からの手紙が詰まった文箱、この二つだけは安子に触らせないようにした。
もちろん箪笥の中の衣装や身の回りの小物など、出来る範囲で管理してきたわけだが、蘭花の入宮支度で屋敷内が慌ただしくなったある日、気がつくと数少ない衣装が数着なくなっていたのである。
少し古くなって最近は着なくなっていた衣装だったから、なくなっても琳瑶は気がつかないと思って安子は持ち出したのかもしれない。
だが運悪く、少し前に薔薇から新しい衣装が届いて箪笥の整理をしたばかりである。
それで気がついたのである。
これは……と思って他の物も調べてみる。
もちろん安子が不在の時にである。
本当に蘭花の部屋を手伝っているのか、安子は以前以上に琳瑶の部屋を不在にする時間が増え、おかげでゆっくりと確認することが出来た。
もともと琳瑶はほとんど宝飾類を持っていない。
せいぜい髪飾り程度だが、それだって数が少なく、その中でも特に大事にしている髪飾りは肌身離さず持っている。
薔薇の意匠でもある 『バラ』 を
もうずいぶん古くなっているがいい素材を使っているらしく、今も琳瑶が小まめに磨いている甲斐もあって綺麗な状態を保てている。
これは絶対安子に壊されたくなかったから、髪に飾らない時も紙に包んで懐にしまって持ち歩いている。
それにもう一つ。
つい先日薔薇から贈られた新しい櫛も、衣装のあいだに隠されていた時のまま、紙に包んで大事に持ち歩いている。
だが安子が雑に扱って歯が欠けてしまった、以前に使っていた櫛はなくなっていた。
結局安子がくすねたのは、最近は着なくなっていた古い衣装が三着と歯の欠けた櫛だけ。
この程度なら……と琳瑶が見逃すことにしたのは、彼女なりに思うところがあったからである。
今回、入宮に伴い、衣装を含めた身の回りの物を新調することにした蘭花は、古い物は全て自分の侍女に分けてやることにした。
その話を聞いた安子が、自分も欲しがる気持ちは琳瑶もわからないでもない。
だがあの蘭花が、自分の部屋を追い出した安子に情けを掛けてやるとは思えない。
今まで以上に琳瑶の部屋を空け、蘭花の部屋にゴマをすりに行っても……である。
むしろ疎ましがられ、余計に嫌われるだろう。
だからと言って、父の
それこそ歯の欠けた古い櫛くらいである。
譲るとくすねるとでは全く違うけれど、結果として安子の手に渡ったのならそれでもいいと思い、見逃すことにしたのである。
それに安子を黎家に連れて行くつもりはなかったから、餞別として歯の欠けた櫛と古着の三枚を譲る。
そう考えて見逃すことにしたのである。
本当は歯の欠けた櫛も、とてもシンプルなデザインだがいい素材を使っており、高価な物である。
安子がそのことに気づいているとは思わないが、見逃すと決めた以上なにも言わないほうがいいだろう。
余計なことを言って計画に気付かれても困る。
(敵を欺くには味方からっていうもんね)
そんなことを心の中で考えて得意気になる琳瑶だが、そもそも安子が琳瑶の味方であったことは一度もない。
安子に知られたことは全て蘭花たちに筒抜けになると言っても過言ではないから、正体がばればれの密通者と言ったほうがいいかもしれない。
いや、密通者ですらないかもしれない。
安子が琳瑶の侍女になって一年以上になるが、彼女は今も蘭花の侍女のつもりなのかもしれない。
「そろそろ蘭花お嬢様のお部屋に戻してくれたっていいじゃないですかっ?」
そう考えれば以前にしていたこの発言も理解出来る。
安子のこの発言に対して琳瑶が 「それも絶対無理」 と返した理由を彼女が理解出来なかったのもわかる。
だからただの意地悪と思ったのだろうことも。
琳瑶が泰家の屋敷を出たあと、安子がどうなるかはわからない。
当初の予定どおり
お気に入りを揃えて人数も足りているから可能性は低いけれど、後宮に入る蘭花の侍女に戻してもらえる可能性よりは高いだろう。
なにしろ琳瑶が計画を実行するのは蘭花が入宮する日だから。
宮中から来る遣いの出迎えや挨拶、そして出立の見送りなどで屋敷内がごたついている隙にこっそり抜け出そうというのである。
どうせ昌子は、蘭花の入宮の日は朝から忙しくしていて、琳瑶のことなど気に掛ける余裕はないはず。
おそらく前日のうちに、また部屋でおとなしくしているようにとでも言うのだろう。
そうして蘭花の見送りが終わってホッと一息吐いたら琳瑶もいなくなっていた……というのが琳瑶の計画である。
そのために黎家の迎えも断っている。
狡猾な父を欺くには、慎重に慎重を期す必要があると思ったからである。
そうして全てが終わったあと、一人残された安子は十中八九暇を出されるだろうけれど、琳瑶は安子に気にをけてやるほどの情がない。
情というなら一年ほど前、蘭花の嫌がらせで、安子と入れ替わりに追い出された前の侍女二人のほうが気がかりだった。
黎家に行けばまた会えるだろうか?
そんなことを考えるくらいには琳瑶も二人に懐いていた。
会えるかもしれないと思うと嬉しくなってしまうくらいには二人の侍女が好きだった。
もちろん一番好きなのは母親だが……。
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