第陸話 家族の団欒
結局
そこに、この日は珍しく
皆が揃うまですることもなく、ぼんやりと自分の椅子にすわって待っていた琳瑶を見て、はしゃいだ様子で話し掛けてくる。
「今日は早いのね」
琳瑶が夕食の卓に着くのはだいたいいつも同じ時間である。
むしろ今日は蘭花が早かったのだが、はしゃいでいる彼女は椅子に掛けながら話し続ける。
「そういえば、黎家から遣いが来たんですって?」
蘭花も
今まですっかり忘れていたことを、急に思い出したように尋ねてくる。
貴族の屋敷では、客があればまずは主人に取り次がれる。
不在であれば
問題がなく屋敷に通された客は、まず主人に挨拶をして、それから目的の人物に会う。
これが普通の手順だから、黎家の遣いも琳瑶と会う前に父親の
だが今日
だから昌子が使う応接間ではなく、今はほとんど使われていない粗末な部屋に黎家の遣いは通されていたし、そこに昌子の姿はなかったのである。
しかもこれは琳瑶が
元々昌子は、琳瑶が黎家の人間と接触することを嫌っており、以前は遣いとも琳瑶を会わせなかったほどである。
届けられた物は全て昌子が一度預かるというやり方をしていたから、ひょっとしたら艶麗と蘭花は、昌子の前で荷物を漁っていたのかもしれない。
もしそうならとんでもない話である。
そんなわけで今は黎家の遣いが来ても対面しない昌子だが、訪問者があれば昌子に知らせるのが当たり前だから、今日も琳瑶に客があったことを知っているはず。
昌子が知っているのだから艶麗や蘭花が知っていてもおかしくはない。
しかも
あるいは今もどこにいるかわからない安子が喋ったのかもしれない。
いずれにしても蘭花が知っていてもおかしくはないし、いまさら珍しくもないはず。
だがはしゃぐ蘭花が、わざわざそのことを持ち出してきたのには理由があった。
それは昌子、艶麗と続いて食卓に揃ってすぐに艶麗が言い出す。
「ねぇ琳瑶、黎家から遣いが来たと聞いたんだけど」
箸に手を伸ばしながら、なんでもないことのように切り出す艶麗の話し方がいつもの嫌味を言う時とは違っていて、却って琳瑶は警戒してしまう。
「……来ましたけど」
琳瑶も艶麗を真似てなんでもない風を装ってみたのだが、どうしても身構えてしまい不自然になる。
だが艶麗にはたいした問題ではないらしく、食事に箸をつけながら話し続ける。
「蘭花の入宮祝いじゃなかったのかい?」
「お姉様のお祝い?」
なんのことかわからない琳瑶に、艶麗は少しわざとらしく溜息を吐いてみせる。
「入宮のお祝いだよ。
なさぬ仲とはいえ、蘭花だって
琳瑶には 「なさぬ仲」 の意味がわからなかったけれど、艶麗の話に思わずムッとしてしまう。
琳瑶にとって蘭花の母親は艶麗で、薔薇は自分だけの母親なのである。
たとえそれが言葉だけであったとしても、大好きな母親まで蘭花にとられるのは絶対に許せなかった。
けれど艶麗も蘭花も琳瑶の様子にはまるで気がつく様子はなく、蘭花は食事を摂りながらも 「そうよ、そうよ」 などと口を尖らせる。
「あたしは泰家の長女なのよ、
しかも後宮に入るんだから一族郎党でお祝いするものよ」
皇帝の妃として後宮に入ることはとても光栄だが、十二歳の琳瑶にはピンとこない。
だが薔薇ではなく、親戚として黎家から祝いを贈る必要があるのではないか……と気づく。
(どうなんだろう?)
琳瑶には判断がつかないが、ここで艶麗の話を無視をして黎家に恥をかかせるわけにはいかない。
かといって言われるままにして騙されるのも癪である。
どうするのが正しいのかと食べる手を止めて考え込む琳瑶を、父の昌子が横目に見ながら言う。
「まだ黎家は知らないのかもしれないな。
あるいは知っているが、宣下があるまで遠慮しているのかもしれない」
「じゃあ使者様が到着したらお祝いも届くかしら?」
「宣下があるまでは内々の話だからな」
内々の話とはいえ決定は間違いない。
そこに蘭花はすっかり安心しているらしく昌子の話を聞いて嬉しそうに声を弾ませるが、考え込んでいる様子の琳瑶を見て今度は艶麗が言う。
「どうせまた行李を引き取りに来るんだろう?
その時に手紙を書きなさい。
ちゃんとお祝いを贈るように、薔薇さんに言うんだよ」
黎家の遣いが行李を引き取りに来るのは三日後。
いつものように母親宛にお礼の手紙を書こうと思っていた琳瑶だが、今回はそれ以外にも書こうと思っていることがあった。
後宮についてである。
いずれは琳瑶もどこかに嫁ぐことになるがまだ十二歳。
嫁ぐとか結婚とか言われても全くピンとこない年齢である。
しかも皇帝の妃として後宮に入るというのは普通の結婚ではない。
姉としての蘭花は嫌いだが、何十人といる妃の一人として後宮に入った蘭花がどういう生活を送るのか……ということには少し興味があった。
もちろん自分が後宮に入りたいとは思わない。
母親と暮らしたい琳瑶にとって結婚は二の次、三の次……いや、今は全く考えていないと言っても過言ではない。
だが後宮がどういうところか、少なからず興味を持ったのである。
以前なら、後宮についてだけでなく、疑問に思ったことはなんでも家庭教師に訊くことが出来た。
この家庭教師というのは黎家が手配して琳瑶につけてくれたのだが、一年ほど前に突然辞めてしまったのである。
もともと官吏として出仕することを目指している三十代の男で、
次の試験に臨むため故郷を出て都で生活をしていたのだが、勉強をしながら生計を立てるために家庭教師をしていたらしい。
三十代で挙人というのは珍しいらしく、将来有望株として黎家の目に止まり、琳瑶の家庭教師を勤めることになったのである。
貴族の子女に家庭教師がつけられることは珍しくないが、昌子は琳瑶に興味がない。
艶麗は文字の読み書きが出来ず、娘の蘭花にも習わせるつもりがなかったらしい。
そのため黎家が琳瑶の家庭教師を派遣したのだが、そういった事情のため、通常は住み込みのところ、この家庭教師は通いだった。
それがある日突然来なくなり、黎家から辞めたことを知らされたのである。
理由は次の試験が一年後に迫っており、そろそろ試験勉強に本腰を入れたいからというものだった。
(そういえば先生、試験どうだったんだろう?)
家庭教師が辞めてからそろそろ一年である。
試験もそろそろ行なわれたはずである。
夕食後、自分の部屋に引き取った琳瑶はそんなことを考えながら筆を握っていた。
だが母への手紙では元家庭教師の消息については一切触れず、衣装のお礼と後宮がどんな場所か知りたいこと。
そして近況代わりに蘭花の入宮のことを知らせ、祝いについて尋ねてみた。
予定どおり三日後に黎家から遣いが来たが、いつものように若い男だった。
でもやはり前回とは違う男である。
そして安子はいつものようにどこかに行ってしまい、仕方なく行李を一つ一つ遣いの待つ部屋に運ぼうとした琳瑶だったが、一つ目を持って現われた琳瑶を見て、待っていた遣いは従者とともに琳瑶の部屋まで行李を引き取りに来てくれた。
「薔薇様へのお手紙、確かにお預かりいたしました。
なにか足りない物はございませんでしたか?」
黎家の遣いが気遣ってくれることは嬉しかったし、本当は手鏡が欲しかったけれどここは我慢である。
あまり頻繁に物が新しくなると、さすがに安子に気づかれてしまうだろう。
そうすると必然的に蘭花の耳に入り、そこから艶麗、昌子にも知られてしまい、面倒というだけでは済まない事態になるので、琳瑶もそれは避けたかったのである。
だが琳瑶が書いた手紙は薔薇を激怒させ、早々に届いた薔薇からの返信に、今度は艶麗と蘭花が激怒することになった。
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