第25話 嘘と裏切りと真実と

 時間通りに訪れた勉強部屋の前で、シルヴェステルはいつものようにドアをノックした。

 しかし待てども返事がない。仕方なしに許可なく中へ入った。


「ユス? いないのですか?」


 明かりはついているものの、やはりユスティーナの姿は見受けられない。

 普段は律儀に教本を広げて待っているのだが、今は愛用のガラスペンと共に無造作に置かれているだけだった。

 書棚がある奥の小部屋を覗くもそこにもいない。

 ユスティーナに身の危険が迫ったときは、チョーカーに仕込んだ魔術ですぐに探知できるようになっている。

 幸いそんな様子もなくて、どうしたものかと思案した。

 ふと机の上にあった紙きれに目を留める。くしゃくしゃになったそれは、わざわざ延ばされたような形跡が見て取れた。


「これは……」


 その切れ端はどう見ても本を破り取ったとしか思えない。

 そこに並ぶ古代文字にざっと目を通すと、シルヴェステルは小さく鼻で笑った。


「驚きですね、まさか古書から魔力封印の禁呪に辿り着いていたとは……まぁこれを見たらユスが疑うのも仕方ありませんが」

「……やっぱり何かを隠しているのね、シルヴェステル」

「おや、そんなところにいたのですか、ユス」


 厚手のカーテンの影から現れたユスティーナは、表情硬くぎゅっと唇を引き結んでいる。

 わざと見つかる場所にこの切れ端を置いて、こちらの反応を伺っていたのだろう。

 それが分かってなおシルヴェステルは、口元に余裕の笑みをいた。


「わたくしもう騙されないわ。本当のことを言って」

「本当のこととは?」

「とぼけないで! わたくしの魔力は封印されている。そうなんでしょう?」


 真剣なユスティーナと見つめ合う。どうやら今回ばかりは、子供だましの方法で言いくるめるのは難しそうだ。


「ユスの魔力が封印されたとして、それがどうしたと言うのです?」

「どうしたって……そんなの決まってるでしょう! わたくしは魔力を取り戻したいのよっ」

「禁呪を解くことは不可能なのですよ。大人しく諦めなさい」

「諦められるわけないじゃない! どうしてそんな酷いことをシルヴェステルが言うの!? わたくしが今までどんなに苦しい思いをしてきたか知ってるくせに……!」


 シルヴェステルが冷静になればなるほど、ユスティーナは平静を欠いていく。

 だが中途半端に期待を持たせるなどできるはずもない。


「シルヴェステルがわたくしを呪ったの? どうして……? 信じてたのに」

「言ったでしょう? わたしに魔力封印の禁呪をかけることはできません。そしてそれを解呪することも」


 事務的なシルヴェステルを前に、ユスティーナの瞳から絶望の涙が滑り落ちた。


「もういい! シルヴェステルなんて大っ嫌いっ」


 部屋を飛びだしたユスティーナを、シルヴェステルは黙って見送った。

 今は何を言っても逆効果になるだけだろう。


(万が一があったときはチョーカーの輝石がユスを守りますし)


 生半可な術は込めていない。ユスティーナを襲う人間は、死をもってその代償を支払うことになるはずだ。


「それよりもユスに口止めをするのを忘れましたね」


 しかし誰かに魔術封印の話をしたところで、ただの戯言と片付けられるのがおちだろう。

 あの魔術師長でさえ見破ることができなかったのだ。それほどまでにあの封印の禁呪は完璧かつ見事なものだった。


「仕方がありません。頃合いを見て迎えに行くことにしますか」


 数時間もすれば、ユスティーナの頭も幾分か冷えていることだろう。

 どうせユスティーナが戻って来られるのは、シルヴェステルの腕の中しかないのだから。



 *†*



 気づいたらユスティーナは城の敷地の外れまで来ていた。

 息も限界で、今にも心臓が破裂しそうだ。


(シルヴェステルは否定をしなかった――)


 ユスティーナの魔術が封印されたということに関しては。

 もしかしたら笑ってそんなことはないと言われたかったのかもしれない。何よりもシルヴェステルに欺かれていたことに、ユスティーナは大きな衝撃を受けていた。


 禁呪をかけたのが別の誰かだったとしても、その事実を包み隠さず教えてほしかった。

 無理でもいいから、一緒に解呪の方法を探そうと言ってほしかった。

 そしてユスティーナの気持ちに、もっともっと寄り添ってほしかった。


(シルヴェステルなら分かってくれてるって思ってたのに……!)


 どうしようもなく悔し涙が溢れ出る。

 そのとき遠くで爆発音が響き渡った。空気を震わす衝撃波がここにまで伝わってくる。


「一体何ごと?」


 いきなりの惨事に、ユスティーナも泣いている場合ではなくなってしまった。

 見上げると高い円柱状の建物の壁に穴が開き、そこから黒煙が立ち昇っている。

 再び爆音が轟いて、崩れたレンガが周囲に降り注いだ。


「あの建物は王立図書館だわ」


 上部に開いた穴から、今度は蛇の舌のように火柱が顔をのぞかせ始める。図書館は火気厳禁だ。それなのになぜ。

 そう思う間もなく、その壁穴から水平に何かが勢いよく飛び出して来た。


「リュリュ!?」


 遠目でも彼だと分かった。

 風魔法で空中に浮いたまま、大きめのマントをはためかせたリュリュは壁の炎と対峙している。


「リュリュ、どうして逃げないの!」


 炎は威力を増し、リュリュにも迫る勢いだ。

 大声で叫びながら、ユスティーナは建物に向かって走り出した。それに気づいたのか、遥か上空にいるリュリュがはっと地上を見やってきた。


「ユスティーナ様! こちらに来ては駄目だ……!」


 リュリュが叫ぶと同時に、図書館の壁が火柱と共にさらに派手に吹き飛んだ。

 その黒煙の奥から、悠然と誰かの影が現れる。


「マリカ……?」


 現れたのは紛れもなく、立派な錫杖しゃくじょうを手にした妹マリカだった。

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