第24話 怨嗟の王笏

 ユスティーナと約束してから随分と時間が経ってしまった。

 ようやく訪れた王立図書館で、リュリュはひとり上階の隠し部屋を目指していた。体をすっぽりと覆うマントを翻し、長く続く階段を息を切らして上っていく。

 護衛兼家庭教師のクラウスは、なんだかんだ理由をつけて置いて来た。今日リュリュは隠し部屋から禁書を持ち出すつもりでいる。それを見咎められては面倒だ。


 まだ早い時間だからか目的のフロアに人影はなかった。目印の本を引き出して、扉の解呪の術式を早口で唱える。

 もう一度辺りを見回してから、リュリュは慎重に隠し部屋の暗がりへと入り込んだ。

 オーブに光を宿すと、あの日と同じく埃っぽい小部屋が映し出される。迷わず奥の棚に歩み寄り、置かれた厚めの古書を手に取った。


「ユスティーナ様が言ってたのはこの禁書だな」


 最後に見ていた図入りの魔術書だ。文字は読み解けないが、古代の術式と思える絵柄が美しい模様のように描かれている。


「ここか……」


 本の半ばで破り取られた個所を見つけた。ユスティーナが持っていたのはこの部分なのだろう。

 続きのページを見てみると数行だけが記述されていた。そのあとは別の術式の解説に移ってしまっているようだった。


(たったこの数行に、魔力封印の禁呪を解く方法が載ってるとは思えないな……)


 しかし古語を読み解いてみないと分からない。やはり本ごと持ち帰って、書いてあることすべて訳してみるしかないだろう。


「絶対に解呪の方法を見つけてみせる」


 その決意が強く湧き上がってくる。

 ユスティーナは自分に禁呪がかけられたなど、勘違いだったと言っていた。だが解呪の方法を試すことなく、どうして諦めることができるだろうか。


 このまま行くと、リュリュにはマリカを妻に迎える未来が待っている。

 国王の命令でマリカとの婚姻が決まったら、リュリュは黙って受け入れるしか道はない。サロ公爵家の跡取りとして、今まではそれも仕方のないことだと思っていた。


(でも本当にユスティーナ様に魔力があったとしたら?)


 何者かが封印を企むほどの驚異的な魔力という可能性もある。

 もしそれが事実なら、リュリュはユスティーナを伴侶とすることもできるはずだ。

 むしろ将来有望なリュリュには、第一王女であるユスティーナの方が相応しい。

 ユスティーナを手に入れられるのだと思うと、リュリュはいても立ってもいられなくなった。

 早く禁書を読み解いて、ユスティーナの封印を解く魔術を試してみなくては。


 静寂の中コトリと音がしてリュリュは身を震わせた。見やると奥のガラスケースの中にスロ王の王笏おうしゃくが飾られている。

 処刑された者たちの怨嗟の念がたまりにたまった王笏だ。頑丈に魔術で封印されてはいるが、見ていて気持ちのいいものではない。


(とにかくひとまず、禁書を手に入れたことをユスティーナ様に報告して来よう)


 会う口実ができて、リュリュの口元が自然と綻んだ。

 禁書をマントの中にしまい込む。持ち出し禁止の古書のため、見つからないよう出なくては。


「リュリュ、ここで何をしているの?」

「マリカ王女!?」


 そこにいたのは不思議顔のマリカだった。きょろきょろと部屋を見回しながら、リュリュのそばに寄ってくる。


「どうしてここに……」

「リュリュを見かけたから追いかけて来たのよ。この部屋は何? 図書館にこんな場所があったなんて」

「こ、この部屋は隠し部屋なんです」

「隠し部屋?」

「とにかく俺は先に失礼します」


 入れ違いで出て行こうとすると、マリカに腕を掴まれた。


「どこに行こうって言うの? せっかくわたくしが来てあげたのよ?」

「離してください。これから俺、ユスティーナ様の元にいかなきゃならないんです」

「お姉様の所へ?」


 とたんにマリカの声が低くなる。

 握られた手に痛いくらい力を込められて、思わずリュリュはマリカを振り払った。


「待ちなさい!」

「すみません、本当に急いでいるので」

「駄目よ、ユスティーナお姉様の所になんか行かせるものですか」

「マリカ王女、いい加減にしてください!」


 立ちふさがるマリカを押しのけ、無理やりにでも出て行こうとする。

 そのリュリュの背中にマリカは悪鬼のような表情を向けた。


「なによ! リュリュもあの無礼な魔術師もみんなしてユスティーナユスティーナって! あんな役立たずのどこがいいって言うのっ」


 狭い部屋に耳障りな金切り声が響く。

 そのときミシリと何かがひび割れる音がした。同時に広がった禍々しい気配に、リュリュの持つオーブが警告の赤光を放つ。


 ――その憎しみに満ちた心……気に入ったぞ、娘


「誰だ!?」


 とっさにリュリュはマリカを庇うように立った。

 腹の底に響くようなおどろおどろしいその声は、部屋の奥から聞こえてくる。


「王笏が光っている……?」


 亀裂の入ったケースから、不気味な妖光が放たれていた。

 本能が直視することを拒んでくる。吐き気をもよおすほどの不穏な光に、リュリュは自身の顔を腕で覆った。

 そのリュリュの脇をすり抜け、マリカはふらりと王笏のケースに近づいていく。

 魅入られたように王笏を見つめ、マリカはうっとりと呟いた。


「なんて綺麗な光……」


 瞬間、悪しき輝きが増す。


 ――娘よ、我を手に取れ。そして存分に我を振るうがいい……さすればなんじの願い、すべてが叶えられようぞ


 ガラスケースが砕け散り、倒れることもなく王笏は真っすぐとその場で浮き上がった。

 促されるまま、マリカの手が伸ばされていく。


「いけないっ! マリカ王女、それは暴君スロ王の……!」


 リュリュが叫ぶと同時に、耳をつんざく爆音に部屋全体が包まれた。

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