第23話 疑惑、再び

「ユス? 書く手が止まっていますよ?」

「このわたくしが魔術の勉強をしたからって、なんの意味があるっていうのよ」


 頬杖をついた姿勢で投げやりに返す。ユスティーナはぼんやりと空中を見やった。


(リュリュはああ言ってくれたけど……)


 禁呪を解く方法が見つかったところで、また空振りに終わってしまうかもしれない。期待しては駄目だと何度も自分に言い聞かせた。

 どうせユスティーナは無能な王女なのだ。そう思っておかないとやり過ごせそうにない。マリカたちに馬鹿にされる日々は、これからも一生続くのだから。


(だけどわたくしだって、好きでこんなふうに生まれてきたんじゃない……!)


 言いようのない悔しさがこみ上げてきた。

 考えないようにと思っても、虚しさと憤りの高波が繰り返し繰り返し押し寄せる。


「ぅ……ふ……っく」


 ガラスペンを握りしめたまま瞼を覆う。

 嗚咽をこらえても、溢れ出る涙は止めることができなかった。


「ユス」

「シル……ヴェステル……」


 差し伸べられた手のひらに、迷わずその腕へ飛び込んだ。

 膝に乗せられ、大きな手がやさしく髪を梳いてくる。胸板に頬を預け、ユスティーナは甘えるようにシルヴェステルにしがみついた。


「シルヴェステルはどこにも行かない……?」

「もちろんですよ、ユス」

「本当に? わたくしを独りにしない?」

「このわたしがそんなことをするはずないでしょう?」

「絶対に?」

「ええ、絶対に」


 まるで寂しがりの子供のようだ。自分でもそう思ったが、ユスティーナは何度も確かめずにはいられなかった。

 家庭教師に使用人、そして貴族に至るまで、ユスティーナに魔力がないことが分かった途端、多くの者があっという間に離れていった。

 唯一ユスティーナの元に残ってくれたのはシルヴェステルだけだ。

 そのシルヴェステルまで失ってしまったら、これ以上生きていくことなどできないかもしれない。


「何も心配はいりません。これまで通りユスはわたしが守ります」


 耳に心地よい囁きに、安心感から自然と瞼が閉じていく。

 思い悩む毎日に、夜はほとんど眠れていない。温かな腕の中で、ユスティーナはまどろみに沈んでいった。

 夢うつつに、抱き上げられて運ばれているのが分かった。

 幼い時分、マリカたちの嫌がらせで泣き疲れるたびに、シルヴェステルはこんなふうにユスティーナを何度も運んでくれた。


(信じられるのはシルヴェステルだけ……今も、昔も)


 もう部屋に着いたのだろう。そっと寝台に降ろされる。

 その手つきはまるで宝物を扱うようで、ユスティーナはまどろみながらも微笑んだ。


「寝顔だけ見ると、まだまだ子供ですね……」


 ふと聞こえた呟きに、そんなことはないと不満が湧いた。なのに眠気が勝って言い返せない。

 涙の痕を拭うように、シルヴェステルの指が目元を辿っていった。その動きを感じながら、ユスティーナの意識は本格的に夢の世界に沈み込む。


「可哀そうなユス……」


 その間際、たのしげな声が聞こえた。どこか遠くに。でも確実に。


「ですがこれでいいのですよ」


 手のひらがやさしく頬を這っていく。その熱はとても心地よくて。

 それでもシルヴェステルの呟きに、ユスティーナは耳を疑った。


「永遠に忘れてしまいなさい。ユスティーナ、あなたの魔力が封印された事実など――」


 静かにドアが閉められて、シルヴェステルの気配が遠のいた。

 ひとり残された寝室で、横たえていた身をゆっくり起こす。


「……一体どういうことなの?」


 ユスティーナは震える声で呟いた。

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