第22話 リュリュの提案

 定例の貴族たちとのお茶会の席で、ユスティーナはひとりぽつりと座っていた。

 マリカはまだ来ていなかった。どうせまた朝寝坊でもしたに違いない。

 取り巻き貴族たちは、マリカが来るまでの間思い思いに談笑している。ユスティーナには挨拶すらせず、まるでここにいないかのような扱いだ。


(同じ王女でも、魔力を持たないだけでここまで違うだなんて……)


 彼らの目には、ユスティーナは無口で陰気な、敬うに値しない王女に映っているのだろう。それもマリカの言葉に何も反論できない、哀れで無能な国のお荷物王女だ。

 ひと知れずため息を落とし、ユスティーナはそっと立ち上がった。

 このまま抜け出してしまおう。どうせ自分がいなくなったところで誰も気づきはしないのだから。

 裏口から出てそのまま庭へ向かおうとした。少し歩くことになるが、誰にも会わずに部屋まで戻れるはずだ。


「ユスティーナ様! よかった間に合って」

「リュリュ……」


 ユスティーナは思わず周りを見渡した。リュリュといるところをほかの貴族に見られては厄介だ。

 マリカの婚約者候補である彼に、ユスティーナがちょっかいをかけていたと告げ口をされても面倒だった。

 今マリカに当たり散らされたりでもしたら、メンタルどん底のユスティーナに耐えられる自信はあまりない。


「わたくし今日はもう戻るから、リュリュはゆっくりして行って」


 そのとき貴族たちがざわつき始めた。どうやらマリカが登場したようだ。

 慌てて出て行こうとするも、リュリュに腕を掴まれた。


「ユスティーナ様、こちらへ」


 行こうと思っていた庭に連れていかれ、リュリュは茂みの奥で足を止めた。

 マリカがリュリュの名を呼びながら探しまわっている。見つからないようにとユスティーナは身を縮みこまらせた。


「大丈夫、今目くらましの魔術を使いましたから」

「目くらましの?」

「はい、これでしばらくの間、向こうからは俺たちことは見えません」


 マリカの声が遠のいて、ユスティーナはほっと息をつく。

 しかしこのまま隠れていると、リュリュの立場も悪くならないだろうか?


「リュリュ、わたくしのことなら気にしなくていいのよ?」

「でもユスティーナ様、この前から元気がなさそうだったから俺心配で……」


 ユスティーナは癖のようにチョーカーの輝石を指でいじった。

 不安が募るとき、無意識にシルヴェステルに頼ろうとしてしまう。魔術師長の話を聞いてから、その症状が悪化していた。


「そのチョーカー、前にもしてましたよね。ユスティーナ様にとてもお似合いです」


 うれしそうに言ったリュリュに、ユスティーナは少しだけ笑みをこぼした。


「ありがとう、シルヴェステルにもらったの。いざというとき防御の魔術が発動するらしくって」

「シルヴェステルに……そうですか」


 途端にリュリュは不機嫌顔になった。先ほどの笑顔が嘘のようだ。

 シルヴェステルの過保護ぶりにリュリュも呆れているのだろう。そう思ったユスティーナに、リュリュが今度は真剣な表情を向けてきた。


「ユスティーナ様、俺じゃユスティーナ様の力にはなれませんか?」

「え……?」


 ぎゅっと手を握られる。その慣れない熱に、ユスティーナの不安定な心が予期せず揺さぶられた。

 気づけば瞳に涙が浮かび、そのまま堰を切ったようにあふれ出す。


「リュリュ、わたくし……」


 忍ばせておいた紙切れを取り出した。

 くしゃくしゃになったそれは禁書の一ページだ。儚い夢の名残のように、あの日どうしても捨ててしまうことができなかった。

 図書館の隠し部屋でこのページを破り取ってきたこと。

 ここに書かれている魔力封印の幾何学模様。

 それが夢で囲ってくる光と同じであることを、ユスティーナは涙交じりに話していった。

 ただシルヴェステルが創る空間魔術のことだけは話さずにいた。あれはシルヴェステルとユスティーナ、ふたりだけの秘め事だから。


「すごいな、ユスティーナ様はこれをご自分で訳したんですか?」

「ええ、大体な感じだけれど」

「ではユスティーナ様の魔力は封印されているかもしれないんですね?」


 リュリュの言葉に力なく首を振る。

 そのことはシルヴェステルと魔術師長に否定されてしまった。


「まだ分からないじゃないですか。この禁呪はシルヴェステルにすら扱えないほどの魔術なんでしょう? もしかしたら魔術がかけられていることすら分からないように、巧妙に仕掛けられているのかも」

「巧妙に……」


 また一縷の望みを抱き始めている自分に対して、警鐘を鳴らすユスティーナがいた。

 中途半端にぬか喜びをして、再びどん底に叩き落とされでもしたら。そのことに言いようのない恐怖を感じてしまう。


「いいえ、そんなはずない。初めからわたくしに大した魔力なんてなかったのよ」

「ユスティーナ様、この禁書のページの先に掛けられた呪いを解く方法が載っているかもしれません。諦めるのはそれを試してみてからでもいいのでは?」

「禁呪を解く方法が?」


 頷いたリュリュが強く手を握ってくる。


「俺、もう一度隠し部屋に行ってきます。最後に見ていた禁書ですよね? ユスティーナ様のために、書かれた内容もすべて解読しますから」

「でもこれ以上禁書をあそこから持ち出すだなんて……」

「大丈夫、全部この俺に任せてください」


 不安と期待に揺れるユスティーナに、リュリュは頼もしい笑顔を返した。

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